作品タイトル不明
彼女と彼と
翌日、ルルと二人で馬車に乗り込んだ。
二台目の馬車にはヴィエラさんも乗っており、外には騎士が六人、ついている。
向かう先は町のやや離れた場所にある修道院だ。
教会と孤児院も併設している場所だ。
まずは教会に行き、寄付をしてから、こっそりルルのスキルを使ってオーリの様子を見ることになった。
その間、ヴィエラさん達には外で待っていてもらうことになるのは少し申し訳ないが。
歩いて行くには離れているが、馬車で向かうと比較的近いという微妙な距離の道のりを進み、教会へ着く。
ルルが先に馬車を降り、それから手を借りて降りる。
ヴィエラさんが教会の扉を開けてくれた。
中では子供達が教会の中を掃除しており、司祭服姿の老齢の男性が振り返った。
「こんにちは」
声をかければ男性も穏やかな笑みを浮かべる。
「ようこそ、お越しくださいました。お祈りをしにお越しになられたのでしょうか?」
「ええ、それと寄付をさせていただきたくて」
「おお、なんと……」
男性が近付いてくると、わたしとルルに向かって両手を組んで祈りを捧げてくれた。
「あなた方の慈悲深き心に感謝いたします」
それを見た子供達も顔を見合わせると、真似をしてわたし達に向かってお祈りをした。
よく分かっていないながらに何か感じたのだろう。
「今は掃除をしておりますので、よろしければ奥へどうぞ。ご案内いたします」
「あ、寄付は金と物と両方あるから広い部屋に通してくれる〜?」
「かしこまりました。ありがとうございます」
男性が一度丁寧にわたし達へ頭を下げた後、教会の奥へと通される。
子供達が興味津々という顔で見ていたので小さく手を振ると、みんな元気に振り返してくれた。
孤児院の状態は子供を見れば分かる。
ここはどうやら子供を大切にしているようだ。
新品ではないけれど、きちんと洗っているのだろう清潔な服、顔色も悪くなく、子供達の表情は明るい。
廊下を抜けて応接室に通された。
やや広いその部屋に入ると、ルルが空間魔法を展開させた。
「面倒だから全部出しちゃうよぉ」
空いている場所にルルが魔法式を動かせば、そこに寄付するために持ってきた荷物が出現した。
大半は毛布や防寒具、布などだ。
これから冬が訪れるのですぐに腐ってしまう食べ物よりも、こういうものの方が使いやすいだろう。
それからルルが袋を出してテーブルに置く。
中身は金貨と銀貨がそれなりに入っている。
男性は頭を下げ、恭しく袋を持つと大事そうに棚へ仕舞った。
「ありがとうございます。これで今年の冬は寒さに困らずに過ごせそうです。もうしばらくしたら雪が降るでしょうから……」
そう言った男性は本当に嬉しそうだった。
勧められてソファーへルルと一緒に座る。
「初めてお見かけしますが、この辺りへはご観光で?」
それに頷き返す。
「はい、新婚旅行でここまで足を伸ばして来ました」
「この辺りはワインが美味しいですからね。町で売られているワインはきっと良いお土産になると思います」
「後ほど購入しようと考えています」
男性が何度か頷いた。
新婚旅行と聞いたからか、その顔は微笑ましげだ。
「ワインを求めて町へ観光に来られる方は多いですが、ここへ来て、寄付をしてくださる方はあまりおりません。改めてお二方の慈悲に感謝申し上げます」
それにわたしは苦笑してしまう。
慈悲の心を持って寄付をしたわけではないから。
「いいえ、お気になさらずに。実は、こちらの修道院にわたしの知り合いがいるのです。その知り合いが困らないように、少しでも手助けになればと思って寄付をしただけですから」
男性が「おや」という顔をする。
「失礼ですが、そのお知り合いの方の名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「オリヴィエです。元はオリヴィエ=セリエールという男爵令嬢でした。もしかしたらここではオーリと名乗っているかもしれません」
言えば、男性はすぐに見当がついた様子で頷く。
「ああ、シスター・オリヴィエですか。あの子は働き者で、人当たりも良くて、子供達にも好かれていて、本当に良い子です」
「そうですか。……ここに馴染めていますか?」
「はい、確かあの子が来て一年になりますが、シスター・オリヴィエは皆と仲良くやっていけておりますよ」
「良かった……」
それを聞いて安心した。
手紙でも、問題なく暮らせていると書いてあったけれど、やはり心配だった。
貴族の令嬢が修道院で暮らすのは楽ではない。
ふと男性が何かに気付いた風にわたしを見た。
「そういえば、シスター・オリヴィエには定期的に手紙と荷物が届いていましたが、もしかしてあなた様が?」
「ええ」
男性が穏やかに微笑む。
「そうでしたか。……人の心を癒せるのも、また人の心です。あなた様の優しさはきっとシスター・オリヴィエにも伝わっているでしょう。いつも、手紙を渡すとシスター・オリヴィエの表情が明るくなりますから」
「そうだと嬉しいです」
それから修道院の生活がどのようなものか教えてもらったり、教会について聞いたりして、一時間ほど男性と話をした。
その後、掃除が終わった祈りの間で、ルルと二人で女神様へお祈りをした。
何かあったら困ると思って二人きりにしてもらったけど、何もなくて良かった。
……女神様の加護があるからね。
お祈りをしたらうっかり祝福されたり、また奇跡みたいなことが起こったりして、それを見られたら大騒ぎになる。
見送りに出てくれた男性と挨拶をして教会を出る。
あえて名前は出さなかった。
代わりにオーリ宛ての手紙を男性に託した。
教会から少し離れた場所で馬車を停める。
ルルと二人で馬車を降りた。
「じゃあ、行こっかぁ」
「うん。ルル、よろしくお願いします」
「あはは、任されましたぁ」
急に敬語になったわたしにルルが笑う。
それから、ルルがひょいとわたしを横向きに抱き上げた。
ヴィエラさんが「行ってらっしゃいませ」と頭を下げ、それにルルが頷き、わたしを見た。
「スキル使うから静かにねぇ」
それに頷き返す。
ルルが詠唱し、足元に魔法式が浮かぶと、ルルが教会へ向かって元来た道を駆け出した。
……うわっ、速い!!
常人が走って出る速度ではない。
ルルにギュッとしがみつくと、しっかりわたしの体をルルが抱え直した。
あっという間に教会に戻って来る。
教会の前でルルがグッと踏み込み、そして飛び上がった。
ぶわっと感じる浮遊感に懐かしさを覚えた。
……初めて後宮の外に出た時みたい。
あの日も、こんな風にルルは高く飛び上がって、まだ小さかったわたしに広い世界を見せてくれた。
ルルは教会の屋根に音もなく降り立った。
少しの間、ルルが首を傾げる。
……何してるんだろう?
ジッと見上げれば、わたしの視線に気付いたルルがわたしの額にキスをする。
「オリヴィエ=セリエールの魔力反応、見つけたよぉ。他にももう一つ近くにあるけどぉ」
囁かれて、今度はわたしが首を傾げる。
……もう一つってなんだろう?
「まあ、見てのお楽しみだねぇ」
もう一度わたしを抱え直すとルルが跳躍する。
屋根から屋根へ飛び移り、下に時折中庭や孤児院の子供達の姿が見えた。
誰もわたし達には気付いていないようだった。
ひょいひょいと屋根を伝ってルルが教会と孤児院を越え、裏手の修道院に辿り着く。
教会、孤児院、修道院は全て石造りだ。
だけど修道院だけは塔になっている。
よく見ると窓に鉄格子が入っていて、どちらかと言うと、大きな牢屋のようだった。
こんなところで過ごすのは精神的にも滅入ってしまいそうだが、元々、問題のある貴族の女性が送られる場所と考えると、窓の鉄格子の意味は安全面もあるのだろう。
修道院の屋上からひょいと降りて、二階建ての建物の屋根に立つ。
そこでそっと降ろされた。
屋根の上だからか、ルルがしっかりとわたしの腰を抱いて支えてくれる。
「あそこだよぉ」
耳元でルルが囁き、下を指差した。
下は裏庭になっているようで、きちんと刈られた芝生が広がり、少し離れた場所では干したシーツが風にはためいている。
芝生のところに二つの人影があった。
…………あ。
影の一つがオーリだった。
一年前よりも穏やかな表情を浮かべている。
原作の乙女ゲームのヒロインちゃんだけあって、シスター服というシンプルな装いでも可愛さがある。
どうやら一緒にいるのは男性のようだ。
何を話しているかは聞き取れないが、楽しげな様子なのはオーリの表情から読み取れた。
ふと男性がオーリを見る。
「!」
うっかり声が出そうになったわたしの口元を、ルルの大きな手がパッと押さえた。
見上げれば、少しだけ呆れた顔のルルと目が合ったので、両手を合わせて無言で謝っておいた。
改めてオーリの横にいる男性を見る。
…………レアンドル=ムーラン。
攻略対象の一人であり、お兄様の側近元候補であり、婚約者との関係を解消した人。
学院卒業後に家を出ると聞いていたはずだが。
まじまじと見てしまう。
オーリとレアンドルは楽しげに笑っている。
ルルが耳元で囁いた。
「アレ聖騎士の制服だねぇ」
顎でレアンドルを示され、改めて見やる。
そういえば見覚えがある。
何故レアンドルがここにいるのかは分からないが、様子を見るに、ここの教会に住んでいるのだろう。
レアンドルのことは予想外だったが、オーリが楽しそうにしていて、良かったと思う。
「……そろそろ戻ろっかぁ」
ルルの言葉に頷いた。
わたしの心配は杞憂だったようだ。
オーリの名前を呼びながら駆け寄って来る他のシスターと数人の子供達を横目に、ルルに抱き上げられる。
そうしてルルは来た時と同じく、跳躍した。
* * * * *
「オーリ、レアンドルさん!」
同僚の若いシスターが駆け寄ってくる。
レアンドルと日向ぼっこをしていたオーリは立ち上がった。
横にいたレアンドルは立ち上がるよりも先に、駆けてきた子供達に飛びかかられて、芝生に転がってしまった。
楽しそうにしているので怪我はないようだ。
「どうしたの?」
今は休憩時間なので仕事はないはず……。
首を傾げたオーリにシスターが嬉しそうに言った。
「今さっき、貴族の方が来て寄付金をくれたんだって。それに毛布とか防寒具とかも!」
「そうなの? それは助かるね」
これから冬が来る。
大人も子供も、きちんと防寒をしなければ冬を越すことは出来ない。
それに寄付金もあるならきっと今年の冬越しの薪には困らなくて済むかもしれない。
「でもここに貴族が来るなんて珍しいね」
ワインが有名なバウムンド伯爵領だし、町に来るのも分かるけれど、ここに貴族はやって来ない。
孤児院と修道院が併設された教会だ。
この修道院は問題のある貴族の女性も多い。
目の前のシスターはここの孤児院で育ち、そのままシスターになったそうだが、ここにいるのは身寄りのない女性ばかりだ。
修道院もあるせいか、貴族からは敬遠されがちだ。
バウムンド伯爵家から定期的に金銭面や物資面で寄付を受けることはあるが、大体は町からの寄付が多く、町に来た貴族からの寄付はそうない。
レアンドルにくっついている子達が言った。
「すっげーキレーな姉ちゃんと兄ちゃんだった!」
「おひめさまとおうじさまみたーい」
「きぞくってみんなあんななの?」
子供達の話にオーリは笑った。
「そうね、貴族はみんな見た目がいいのよ」
近くの子の頭を撫でる。
シスターが「いいなあ」と言った。
「私も見てみたかったなあ。どんな人達だった? 見た目は? ドレス着てた?」
このシスターは貴族を見たことがないらしい。
……オーリもレアンドルも元貴族だが、ここではお互いの出自や事情についてあまり訊かないので、言ったことはない。
「きてた〜。かわいいドレス〜」
「おひめさまみたいにきれーなおねえちゃんと、おうじさまみたいにかっこいいおにいちゃん」
「姉ちゃんはダークブラウンのかみで、兄ちゃんは薄いちゃぱつで、どっちも灰色の目だったぜ」
子供達の話にシスターがまた「いいなあ」と言う。
「兄妹で来たのかな?」
「ううん、ふうふだってさ。しんこんりょこうで来たって言ってた」
「え、もしかして話したの?」
「うん、おれたちがそうじしたから、きもちよくお祈りできたってほめてくれた! 町に来るきぞくよりもやさしかった」
それはまた、貴族らしくない人達だ。
そんな話をしているとシスターが「あ!」と声を上げる。
「そうだ、はいこれ。司祭様からオーリに渡すようにって言われてたんだっけ」
シスターから手紙を差し出される。
受け取って、裏返して、ハッとする。
そこにあったのは見慣れた封蝋があった。
……猟犬にナイフのこれは……。
オーリは慌てて走り出した。
驚くレアンドル達を気にかける余裕はなかった。
ダークブラウンの髪の若い女性。
そして薄い茶髪の若い男性。
夫婦で、灰色の瞳で、新婚旅行の貴族。
……そして、この封蝋。
差出人の名前がなくても分かった。
廊下を、中庭を、教会を走り抜けて、オーリは息を切らしながら教会の外へと続く扉を押し開け、町へ通じる道へ出た。
辺りを見回したけれど、何も見つからない。
「……リュシエンヌ、さま……」
握った手の中にある感触に我へ返る。
少しくしゃくしゃになってしまった手紙の封を開けて、便箋を取り出し、急いで目を通した。
その間にレアンドルが追いついた。
「急に走り出してどうしたんだ?」
レアンドルを見上げたオーリの目から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。
ギョッとするレアンドルを他所に、ぽろぽろと涙が落ちていく。
「……ニコルソン子爵夫妻が……」
オーリの声が震える。
「リュシエンヌ様が、来てたの」
レアンドルが驚いた顔をして、声を落として「まさか、さっきの話の貴族が?」と訊き返す。
オーリは手の中にある手紙を大事に抱き締めた。
「そう、心配して、見に来てくれたみたい……」
寄付金だって、毛布や防寒具だって、安くない。
これまでもずっと手紙のやり取りをしていて、いつも、オーリに必要な物を送ってくれた。
それだけでもありがたいことなのに、こうして寄付金や冬用のものを用意して、様子を見に来てくれた。
もう一度、町への道を見る。
馬車の影は見つからなかったけれど、オーリとレアンドルはしばらく、そこから動かなかった。
手の中にある手紙からはほのかに甘い匂いがした。
それはいつも届く手紙と同じ、優しい匂いだった。
* * * * *