軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幼い二人

ウィルビリアを出発して三日。

わたし達は無事、バウムンド伯爵領に着いた。

伯爵領はなだらかな山地にあり、わたし達が向かっている町は近くに大きな川が流れているそうだ。

紅葉樹が広がり、見渡す限り、美しい景色が広がっている。

カーテンを上げて眺めていたが、外から、コンコンコンと叩かれるとルルがカーテンを下ろした。

「そろそろ町が近いみたいだよぉ」

ルルの言葉に「そうなんだ」と返す。

「今の時期はワイン造りはしてるのかな?」

「ブドウの収穫時期が夏から秋にかけてだからぁ、もしかしたらもう終わる頃かもねぇ」

「ブドウ摘みしてるところ、見たかったなあ」

それにルルが首を傾げた。

「収穫は早朝にやってるって聞いたことあるよぉ。確か昼間はやらないと思ったけどぉ」

……そうなんだ。それは残念。

そんなに早起き出来ないので、早朝に見に行くのは難しそうだ。

「そっか、でもお土産は買えるよね?」

「うん、リュシーももう成人してるしぃ、お土産とは別にオレ達用にワイン買って飲んでみる〜?」

「飲んでみたい!」

よくお父様がバウムンド伯爵領のワインを美味しいと言って飲んでいたので、気になっていた。

ただ、この国では十六歳にならないとお酒は飲めないし、わたしも絶対に飲みたいというわけではなかったから、実はまだ一度もお酒を口にしたことがない。

……前世でも飲んだことないし。

ブドウジュースですら美味しかったので、きっと、ワインはもっと美味しいのかもしれない。

「じゃあジュースとワインと買ってぇ、試してみてぇ、美味しかったら残りは屋敷に送っとこうかぁ」

「うん」

お父様とお兄様の分のお土産も買わないと。

……でも、その前に。

「明日は先に修道院に行ってもいい?」

オーリの様子を見ておきたいから。

手紙では元気にしてると書いてあったけど。

「いいよぉ」

「ありがとう、ルル」

やっぱり気になってしまう。

* * * * *

バウムンド伯爵領の一角にある町・ツェフィル。

町に入る前に、少し小高い場所からこの町を眺めたが、とても綺麗な場所だった。

町の周辺にはブドウ畑が広がっており、大きな川が流れ、やや赤みがかったオレンジ色の屋根を持つ家々が集まって町が形成されている。

町全体でワイン造りが盛んなようだ。

そうして、修道院は町からやや離れた丘というか、山というか、その中間みたいな場所にある。

宿に到着した時に見たが、町からはほんの僅かしか修道院の姿は見えなかった。

「綺麗な町だね」

窓を開けて景色を眺める。

整えられたブドウ畑に、キラキラと水面を輝かせている川、町の人々は誰もが顔見知りらしく、通りでは賑やかな話し声が響いている。

穏やかで、ゆっくりとした時間の流れる町だ。

「ここにはどれくらい滞在するの?」

窓の脇の壁に寄りかかっているルルへ問う。

「今日と明日いてぇ、明後日にオレ達は出るかなぁ」

今日はもう夕方に近いので、自由に過ごせるのは明日の一日だけになるだろう。

明日のうちに修道院の様子を見て、お土産を買って、明後日の朝に出発することになる。

「ここからお師匠様の家まで遠い?」

「そうだねぇ、ちょ〜っと遠いかなぁ。だからこの町を出てぇ、人目のないところまで行ったら転移魔法で飛ぶつもりだよぉ」

「なるほど」

転移魔法を使うのは遠いからってだけでもなさそう。

ルルの師匠も暗殺者だから、正確な居場所を人に教えることはないらしい。

もしかしたら場所がどこか悟らせないために転移魔法で移動するのかもしれない。

……ご挨拶が出来ればそれでいいけどね。

わざわざ無理に教えてもらう必要もない。

それに、多分、師匠の居場所を知っている人って限られているのだろう。

「師匠のところで二、三日過ごしたらぁ、転移魔法で王都の近くまで帰ることになってるよぉ」

もうすぐ冬なので、それがいい。

帰り道の途中で雪に降られても困る。

「こんなに大勢で行って、迷惑じゃないかな?」

十五人という大所帯である。

「それだけどぉ、泣き虫以外はココに置いてくことにしてるからぁ」

「……それ、いいの?」

「本人達には言ってあるよぉ」

泣き虫というのはヴィエラさんのことだ。

ルルはあまり人の名前を呼ばないのだが、ヴィエラさんのことをそう呼んでいる。

ヴィエラさんはあんまり良い顔はしないのだけれど、昔からそうらしく、ヴィエラさんいわく『もう諦めた』らしい。

それはともかく、つまり、ルルの師匠の家に行くのは、ルルとわたしとヴィエラさんだけになる。

「ルルのお師匠様に会うの、楽しみ」

「ええ〜、話してもあんまり面白くないよぉ?」

「いいの、ルルの子供の頃が知りたいから」

ヴィエラさんからもルルの子供の頃の話を聞いたけど、色々な人の視点を聞いた方が絶対いい。

子供時代のルルは今よりもっと他人に興味がなかったそうだ。

いつ頃からこういう話し方になったのかとか、子供の頃のルルの性格とか、そういうのは多分、師匠の方がずっと知っていると思う。

「子供の頃のオレなんて全っ然可愛くないと思うけどなぁ。自分でもクソガキって思うしぃ」

それに笑ってしまう。

「そうなの?」

「そうだよぉ」

ルルが言うクソガキはそれはそれで気になる。

捻くれていたのか、ツンケンしていたのか、それとも今と似てるのか。

「リュシーの方がかわいい子供だったよぉ」

ルルの手が伸びてきてわたしの頬をつつく。

「でも、わたしはルルの子供の頃は見られないでしょ? 小さいルル、きっとかわいかったんだろうなあ」

今ですら整った顔立ちなのだ。

子供の頃のルルはそれこそ天使みたいにかわいかったと思う。女の子に見えたかもしれない。

ルルが首を傾げた。

「そんなに見たいのぉ?」

「見たい」

ルルが首を元に戻す。

「……見せられなくはないけど」

その言葉に思わず立ち上がった。

「本当?!」

「ほんと〜。見た目だけなら幻影魔法を使えば変えられるでしょぉ? オレ幻影魔法は得意な方だしぃ」

「その手があった!」

ルルが窓を閉めつつ、壁から背中を離す。

……そっか、そうだよ魔法がある!

わたしが使えないから時々、この世界に魔法があることを忘れてしまう。

「ルル、見せてくれる?」

つい期待のこもった眼差しでルルを見上げれば、ルルが笑って頷いた。

「いいよぉ」

ルルがわたしから少し離れると、魔法の詠唱を始め、ルルの長身が搔き消える。

そうして、そこには一人の子供がいた。

身長はわたしのお腹より少し上くらいで、短い柔らかな茶髪はふわふわしており、灰色の大きな瞳はぱっちりとしている。

色白で、細身で、顔立ちは女の子と見間違えてしまいそうな可愛らしさがある。

「どう?」と訊くように首を傾げられた。

その仕草がとても幼くて……。

「かわいい……!!」

口元を両手で覆って声を抑える。

あまり大声を出すと隣室のメルティさんやヴィエラさん達が何事かと来てしまうので、なんとか抑えたが、小さなルルがかわいすぎる。

本当は抱き着きたいくらいだ。

でもこれはあくまで幻影で見た目だけだ。

抱き締めたら本物のルルの感触がするだろう。

「やだ、ほんとかわいい。髪ふわふわ〜、目もぱっちりしてる〜。すっごくかわいい……!」

きっと今、わたしの顔はデレデレしてると思う。

だけど仕方ない。小さなルルがかわいいのだ。

平民のシンプルな服を着た小さなルルがその場でくるりと回り、ニコッと笑った。

……これはもう天使なのでは?

「リュシー、手ぇ出してぇ」

……あ、声は大人のルルだ。それもそうだよね。

言われるがままに手を出すと、その手にルルの手が重なった。

見た目は小さいのに、手に触れた感触は大きいルルの手の感触なのが不思議な感じがする。

小さなルルが詠唱を行った。

ふわっとわたしの体の周りを弱い風が包む。

……なんだろう?

「ほら見てぇ」

手を引かれて、部屋の壁にかかっている姿見の前に行くと、そこには小さな女の子と男の子が映っていた。

男の子は女の子と見間違えそうなくらい可愛いルルで、そして、小さな女の子は幼い頃のわたしだった。

ルルと出会った時くらいだろうか。

鏡の中に小さなわたし達がいる。

「え、どうやったの? わたし、魔法が効かないのに……」

魔力のないわたしは魔法が使えなくて、同時に魔法も効かない体質だった。

「リュシー自身に魔法をかけたんじゃなくてぇ、リュシーを魔力で包んでぇ、そこにオレの記憶の中のリュシーを重ねてるだけなんだぁ。下見てみて〜」

下を見下ろすと、半透明になったわたしの体に重なるように、小さなわたしの頭頂部が見えた。

……なるほど、これが鏡に映ってるんだ。

試しに動くと真下に見えるわたしも同じ動きをする。

「これで写真魔法撮ろうよぉ」

「いいね!」

ルルが詠唱をして、空間魔法を発動させると紙を取り出し、次に別の詠唱を行なって写真魔法を使う。

ルルの持つ紙に白黒だけど小さなわたし達が焼き付けられる。

差し出されたそれを受け取った。

あくまで幻影なので、ルルが差し出した紙が宙に浮いていて面白かった。

同じ背格好で別人になりすますことは出来そうだけど、子供の姿だと声も偽れないし、何より腕の長さが違うので物を持つと宙に浮いているように見えてしまう。

魔法は便利だけど使いどころは難しそうだ。

小さなルルとわたしの写真は可愛かった。

「ふふ、小さいね、わたし達。何歳くらい?」

「リュシーもオレも五歳くらいかなぁ」

「ルルは子供の頃から背が高かったんだね」

わたしより頭一つ分くらい大きい。

手招きされて、二人でベッドに座る。

横にいる小さなルルがかわいい……。

ルルからは小さなわたしが見えているだろう。

「ちっちゃなリュシー、懐かしいねぇ」

十二年も前だから、それはそうだろう。

「小さなルルはかわいい。子供の頃は女の子に間違われること多かった?」

「そうだねぇ、よく間違われたよぉ」

ルルが笑う。

「嫌じゃなかった?」

男の子が女の子に間違われたら良い気分ではないだろう。

だけどルルは緩く首を振った。

「別にぃ。むしろ娼館にいた頃はぁ、女の子って勘違いされてた方が居やすかったしねぇ」

「そうなんだ」

子供と言えども娼館に男がいるのはあまり良くなかったのかもしれない。

色々と事情があったのだろう。

娼婦の子供と言うと、生まれてすぐに孤児院へ捨てられることも珍しくはないから、ルルの母親がいた娼館はそれでもまだいい方だ。

「オレの場合は母親が孤児院に捨てないでくれって頼んだらしいけどぉ、なんでそうしたのか今なら分かるよぉ」

「……どうして孤児院に出さなかったの?」

「孤児院に捨てられてたらぁ、多分オレはオレの父親に殺されてたと思うよぉ」

その言葉に驚いた。

「ルルの父親、そんな人だったの?」

ルルが「あれ?」という顔をした。

「言ってなかったっけぇ? オレの父親ってフェザンディエ前侯爵なんだよぉ」

「フェザンディエって……」

……待って待って、フェザンディエ前侯爵?

攻略対象の一人だったリシャール=フェザンディエの父親が現フェザンディエ侯爵である。

フェザンディエ前侯爵ということは、リシャール=フェザンディエの祖父ということになる。

「そ、リシャール=フェザンディエはオレの甥っ子ってことだねぇ」

あはは、とルルが笑う。

……え、え? 待って?

この様子だとルルは自分の父親を知っていて。

知っていて、わたしが学院に通っている間、普通にリシャールと接してたの?

「全然似てない!」

「リシャールもオレも母親似だったんだよぉ」

それなら確かに似てないだろう。

……あっ、でもそう思って見てみると目元の黒子が同じ位置にある。

右目の下の泣き黒子。

確かリシャールにもあったはずだ。

「リシャール先生は知ってるの……?」

ルルが「うん」と頷いた。

「話は戻るけどぉ、それでフェザンディエ前侯爵はオレの母親に『堕ろせ』って何度も迫ってたんだよねぇ。さすがに孫と同じ歳の、それも娼婦に孕ませた子ってのはまずいと思ったんじゃないのぉ」

「……だからルルのお母さんはルルを娼館に残すよう、お願いしたんだね」

孤児として捨てられたルルが前侯爵に殺されないように、娼館で育てさせたのだ。

「オレのいた高級娼館は貴族のお偉いさん達がよく利用してる店だからねぇ。下手に手を出してぇ、他の客にオレの存在を知られるのはも〜っとまずいだろうしぃ?」

結局、前侯爵は手を出せなかった。

ルルが珍しく困ったような顔をした。

「母親のことなんて覚えてないけどさぁ、オレを産んでくれたこととぉ、孤児院に捨てなかったことは感謝してるんだよねぇ」

小さなルルの困った様子にわたしは、別の意味でルルを抱き締めてあげたくなった。

そっと手を伸ばしてルルに触れる。

大人のルルの姿は見えないので、手探りで確かめて、ギュッとルルに抱き着いた。

「わたしもルルのお母さんに感謝してるよ」

ルルを産んでくれてありがとう。

ルルを捨てないでくれてありがとう。

前侯爵に堕ろせと迫られる中で、娼婦が子供を産む決意をするのは勇気が要っただろう。

子供を生むことだけでも命懸けなのに。

「ルルのお母さんは、ルルのことを愛してくれていたんだね」

そうでなければ産まなかっただろう。

産んでも、ルルを孤児院に捨ててしまっただろう。

そうせずに娼館の人達にルルを捨てないよう頼んだということは、我が子の身の安全を考え、自分に出来ることをしたのだ。

ルルが「そうかなぁ」と緩い声で呟く。

「きっとそうだよ」

ルルはちゃんとお母さんの愛情を受けて生まれてきたのだ。

それ以上は何も言わなかったけど、わたし達はしばらくお互いに抱き締め合って過ごした。

わたし達の愛と形は違うが、ルルは愛されていた。

それが分かって嬉しかった。