作品タイトル不明
子爵夫妻と初ワイン(3)
明らかにリュシエンヌから、ワインの、酒気の濃い匂いが漂ってきている。
リュシエンヌの体に触れれば、いつもより体温が高い。
体を離そうとするとギュッと抱き着かれる。
「ルルおかえり〜」
どこか声がふわふわしている。
ちゃぷ、と後ろで水音がした。
侍女がサッとリュシエンヌの手から瓶を取り上げる。
「あ!」
リュシエンヌがそれを追うように手を伸ばしたけれど、ルフェーヴルから離れることはなかった。
侍女が瓶の中身を見て、がっくりと肩を落とす。
「リュシエンヌ様、さすがに飲みすぎです……」
それに、やっぱりそうか、と思った。
見下ろせば、リュシエンヌがぽやーっとした様子で見上げてくる。
ひょいと抱えると嬉しそうに「きゃーっ」と小さく声を上げた。
とりあえず、元の椅子へ下ろす。
「リュシー、どれくらい飲んだのぉ?」
テーブルには空になったグラスがある。
リュシエンヌに訊くと「えーっとー……」と普段よりもゆっくりとした口調で返される。
「たくさん?」
ギリギリ呂律は回っているようだ。
ルフェーヴルが侍女を見れば、無言で瓶が差し出された。
持ってみると半分以上なくなっている。
ルフェーヴルはまだ一杯しか飲んでいない。
つまり、減った分の大半はリュシエンヌが飲んだということだ。
「初めての酒なのに、こんなに飲んだら酔って当然だよぉ。気持ち悪くなぁい?」
「ぜーんぜん! ふわふわして楽しい!」
「ああ、酔ってるねぇ」
あはは、と笑いながら抱き着かれて、ルフェーヴルは困ったなと思わず苦笑してしまった。
まさか少し目を離した隙に泥酔してしまうとは。
少しだけ飲ませて、途中で止めようと思っていたのだが、それは失敗に終わってしまった。
最初にワインをブドウジュースで割ったのが悪かったのだろうか。
飲みやすさはあるが、酒入りなので、沢山飲めば当たり前だが酔う。
ワインの瓶を返してジュースの瓶を掴む。
「……?」
空かと思っていたら結構入っている。
「リュシーは割って飲まなかったのぉ?」
侍女へ訊けば、頷き返された。
「はい、飲み慣れれば美味しく感じるかもしれないとおっしゃられて……」
「止めなかったのぉ?」
「お止めしたのですが、瓶を返してくださらなかったのです。私が取ろうとすると抱えてしまわれるので取れなくて」
それはまた典型的な酔っ払いだ。
横を見れば、左腕にリュシエンヌが抱き着いて、ぐいぐいと肩にすり寄っている。
目が合うと、ぼんやりしていた。
酔っ払って目の焦点があっていない。
「リュシー、水飲もう〜?」
侍女が用意したグラスには水が入っている。
リュシエンヌの好きな果実水ではないが、きちんと煮沸されたものなので、そのまま飲んでも大丈夫だろう。
一応ルフェーヴルが先に一口飲んで確かめる。
「やだ〜、もっとワインのむ〜」
やだ、と言いながらルフェーヴルの腕にギュッとくっついてくる。
「リュシー、ね、喉渇かなぁい?」
「かわいた」
「じゃあ水飲もう?」
ルフェーヴルが差し出したグラスを見て、リュシエンヌが顔を背けた。
「や!」
……何それかわいい。
こんなに子供っぽいリュシエンヌを見たのは初めてかもしれない。
子供の頃のリュシエンヌですら、ここまで我が儘ではなかったし、熱を出したり体調を崩したりした時でも、こうはならなかった。
「リュシー」
名前を呼ぶと、ビクッとリュシエンヌの肩が小さく跳ねて、そろりと見上げてくる。
ルフェーヴルと同じ灰色の瞳にじわっと水の膜が張った。
あ、と思った瞬間にはそれがポロリとリュシエンヌの瞳からあふれ出す。
「……ルルが怒ったあ……」
弱々しい声と共に更に涙がこぼれ落ちる。
えぐ、ひっく、と泣き出したリュシエンヌを慌ててルフェーヴルは膝の上へ抱え上げた。
「リュシー、怒ってないよぉ」
よしよしと頭を撫でて、額に口付ける。
「……ほんと?」
「ほんとほんと〜」
ちゅ、ちゅ、と目元や頬にも口付ける。
泣き止んでくれるかと思ったが、リュシエンヌの目から落ちる涙は止まらない。
むしろ更にこぼれ出てくる。
「良かった〜。ルル大好き〜!」
首にギュッと抱き着かれる。
でも、まだ泣いている。
背中を撫でてやっても全く泣き止む気配がない。
それどころか「好き〜」「ルルあいしてる〜」なんて言いながらルフェーヴルの肩の辺りが湿ってくる。
……涙で濡れるのは別にいいんだけど。
「酔うと泣く種類の酔っ払いだったかぁ」
えぐえぐと泣くリュシエンヌを抱き締める。
「リュシー、もう寝る〜?」
「やだぁ、もっとのむ……!」
「そっかぁ」
チラと侍女を見れば、侍女が察した様子でルフェーヴルの使っていた空いたグラスに赤紫色の液体を注ぎ入れる。
それを受け取り、リュシエンヌへ渡す。
「ほらぁ、ワインだよぉ」
リュシエンヌがグラスを両手で持とうとしたけれど、危なっかしいので、ルフェーヴルが持ったまま中身を飲ませる。
中身を飲んだリュシエンヌがニコッと笑った。
「おいしい!」
「良かったねぇ」
……それ、ただのブドウジュースだけどねぇ。
まだ泣いているけれど、美味しそうに飲んでいる。
「ワイン、おいしいよぉ……」
と、なかなか涙が止まらない。
酒で感情の起伏が激しくなっているからだろう。
侍女から渡されたハンカチで涙を拭ってやるが、すぐにハンカチの方が使い物にならなくなりそうだった。
こういう、泣く種類の酔っ払いは少々面倒だ。
嬉しくても悲しくても泣く。
……まあ、リュシーだから面倒ってことはないけどさぁ。
リュシエンヌの新しい面が見られて面白くはある。
口からグラスを離して、今度は干し肉を食べさせる。
「酒ばっかりだと良くないからねぇ」
ルフェーヴルの手ごと干し肉を持ってかじりつく。
干し肉は硬いので、リュシエンヌはかじりついたまま、集中して食べている。
それでも、まだすんすんと泣いている。
……これだと目が腫れちゃいそうだねぇ。
「濡らした布持ってきてぇ」
「かしこまりました」
侍女が言って、部屋を出た。
リュシエンヌはあぐあぐと干し肉を食べている。
こくん、と飲み込んだのを確認して、リュシエンヌの口から干し肉を離した。
「次は何食べたぁい?」
訊くと「ワイン」と答えが返ってくる。
一口、ブドウジュースを飲ませてやる。
それからナッツとドライフルーツも食べさせる。
ルフェーヴルが与えてくれることが当たり前になっていて、リュシエンヌは食べ物を見せると、ぱかりと口を開けた。
鳥の雛みたいだねぇとルフェーヴルは笑った。
戻ってきた侍女から濡れた布を受け取る。
「リュシー 、これで目元を冷やそっかぁ」
濡らした布をリュシエンヌの目元に当ててやれば、自分で両手で押さえた。
「きもちいい……」
……そりゃあ、あれだけ泣いたからねぇ。
リュシエンヌには治癒魔法が効かないので、明日になって目元が腫れてしまっても治すことは出来ない。
だからこうして冷やす方法しかない。
リュシエンヌの体がくだりと寄りかかってくる。
「リュシー?」
呼べばすぐに「うん」と返ってくる。
寝たわけではないようだ。
「やっぱりおかしいよ……」
リュシエンヌが呟く。
「何がぁ?」
「赤ワイン、なんであんなに甘くないの? だって、ブドウジュースは甘くておいしいのに。おなじブドウから作ってるのに……」
リュシエンヌの中ではワインが甘くなかったことが、まだ引っかかっているらしい。
白ワインの方は甘いが、今は言わない方が良さそうだ。
うっかり言ってしまえば、絶対、今度はその甘い白ワインが飲みたいと言い出すだろうから。
宿の一階へ行けば食堂があるのでそこで飲めるかもしれない。
だが、既に酔っ払ったリュシエンヌにこれ以上酒を飲ませるのは良くないし、酔ってかわいいリュシエンヌを他の人間に見せたくない。
「片付けは明日に回してもう下がっていいよぉ」
侍女へそう言えば、少しリュシエンヌを気にする素振りを見せたものの、一礼して下がっていった。
その際にきちんとワインの瓶を持って下がったところに、ルフェーヴルは少し感心した。
ここにあればリュシエンヌが飲んでしまう。
パタン、と扉が閉まって足音が遠ざかる。
「リュシーはかわいいねぇ」
よしよしと頭を撫でて、目元の布を畳んで冷たい場所を変えてやる。
リュシエンヌはされるがままだ。
口元へグラスをつければ、こくりと一口、ブドウジュースを飲んだ。
しかし、もう大分酔いが回ってきたらしく、グラスを離しても怒らなかった。
ルフェーヴルに体を預けてぼんやりしている。
「ルル、あったかぁい……」
ぺたりとくっついてくる。
ふと、ドレス姿のままだと気が付いた。
このまま寝るのはさすがに苦しいだろう。
リュシエンヌを抱えてベッドへ移動する。
そっと横たえてやるとリュシエンヌが不思議そうに、布をずらしてこちらを見上げてくる。
「靴脱ごうねぇ」
寝転がっているリュシエンヌのドレスの裾を上げて、ブーツの紐を解いていく。
片方を脱がせ、もう片方も脱がせる。
それから更にドレスの裾を持ち上げる。
履いているショースを脱がせるためだが、膝の上まで持ち上げてもリュシエンヌは抵抗しなかった。
酔って羞恥心が薄いのかもしれない。
留め具のリボンを外してショースも脱がせる。
色白で滑らかなリュシエンヌの足を見て、思わず足先に口付けると、リュシエンヌが小さく笑った。
「くすぐったい……」
クスクスと笑うリュシエンヌの声を聞きながら、屈んでいた体を起こし、今度はドレスに手をかける。
脱がせている間もリュシエンヌは笑っていた。
コルセットの紐を緩めると少しホッとした様子で、やはりドレスは窮屈なのだろう。
脱がせたドレスを椅子にかける。
肌着姿のリュシエンヌがベッドに寝転がっている。
「ルル〜」
甘えるようなふわふわした声に呼ばれる。
「はいはい、ちょ〜っと待ってぇ」
ネッカチーフと上着を脱いで、もう片方の椅子にかける。
カフスボタンも外し、シャツの胸元を開けてラクな格好になる。
また「ねえ、ルル〜」と呼ぶ声に笑った。
「今行くよぉ」
ベッドに腰掛けてリュシエンヌの頬に触れる。
リュシエンヌが嬉しそうにすり寄ってきた。
「ルルだぁ」
ごろりとリュシエンヌの横に寝転がる。
「そ〜、オレだよぉ」
「ルル好き」
ギュッと抱き着いてくる。
薄着になったので風邪を引かないよう、毛布をかけつつ、リュシエンヌを抱き締め返す。
胸元にすり、とリュシエンヌが顔を寄せてきた。
目元を冷やしていた布はベッドの外に落ちていて、もう冷やすのは無理そうだと諦め、ルフェーヴルはリュシエンヌの頭を撫でた。
昔から形の良い、撫で心地のある綺麗な頭部だ。
「ね、ルル、ちゅーしよ?」
「ちゅー?」
「うん、ちゅー」
言いながら、リュシエンヌが腕を伸ばして唇を重ねてきた。
どうやら口付けのことだったようだ。
……ちゅーかぁ。かわいい言い方だねぇ。
確かに唇が触れると、ちゅ、と音がする。
リュシエンヌが何度も触れるだけの口付けをしてくるので、ルフェーヴルもそれに答えて、時々、こちらから唇を重ねてやる。
子供がするような拙い口付けだ。
リュシエンヌの柔らかくて小さな唇の感触を楽しむ。
離れると、ふ、とリュシエンヌが呼吸をする。
少し動けば唇が触れてしまいそうなほど近い距離で、リュシエンヌがルフェーヴルの唇に指先で触れた。
「ルルのくちびる、ちょっとカサカサしてる」
言われて「あー……」と思わず漏れた。
ルフェーヴルは髪や肌の手入れなんてしないので、言われてみれば唇は少し荒れているかもしれない。
ぺろりと唇を舐める。
荒れるというほどではないが、リュシエンヌの言う通り、少しカサついてはいる。
「ごめんねぇ、痛かったぁ?」
リュシエンヌの唇はとても柔らかいから。
しかしリュシエンヌは首を振った。
「ううん、いたくない。……なんか、ドキドキするの」
また、ちゅ、と口付けられる。
リュシエンヌが口付けが好きなのは知っている。
よく頬にされるし、人前は恥ずかしがるけれど唇にすると喜ぶし、夜は全身にしてあげると恥ずかしそうにしつつも反応してくれる。
……無理やりヤる気はないけどぉ。
こうも積極的ならいいだろうか。
口付けを深くし、リュシエンヌに覆い被さる。
嫌がらない様子にルフェーヴルは声をかける。
「リュシー 、今、オレ、すっごくリュシーのことかわいがってあげたいんだよねぇ」
リュシエンヌが見上げてくる。
「うん、いっぱい、かわいがって?」
許可は出た。ルフェーヴルは笑う。
「いーっぱい、かわいがってあげるよぉ」
今日は酔って羞恥心が少なそうだから、言葉通り、めいっぱい可愛がろう。
もう一度口付けつつ、リュシエンヌの肌着に手をかけたのだった。
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