作品タイトル不明
新婚旅行(8)
昼頃、別荘へ帰り、身支度を整えて馬車に乗る。
午後はクリューガー公爵家へ行くからだ。
いつもより華やかなドレスは少し重くて落ち着かないが、王女の頃はこれを毎日着ていたと思うと、今の生活にもう慣れている自分がいることに気付く。
普段もドレスは着ているものの、これよりもう少し簡素である。
このドレスは王女時代に着ていた一つで、屋敷へ移る際に持ってきた。
これら衣装や宝飾品も全て嫁入り道具に数えられる。
いざとなったら売ってお金にすればいい、というお父様の配慮だろう。
幸い、そのような状態にはなっていないが。
「リュシー、そのドレス苦しくなぁい? 最近はそういうの着てなかったでしょぉ?」
久しぶりに重たいドレスを着ているわたしのことをルルが心配してくれる。
「大丈夫。むしろ、なんか痩せてるみたい。腕とかお腹とか、ちょっと余裕があるの」
メルティさんとヴィエラさんに着せてもらった時に二人も不思議がっていた。
太るならまだしも、痩せていたから。
「え、そうなのぉ?」
ルルがわたしをまじまじと見る。
それから腰回りと二の腕辺りを撫でられて、ちょっとだけくすぐったい。
しばし触った後にルルが首を傾げた。
「確かに前よりちょ〜っと痩せたねぇ」
二人でなんでだろうと目を瞬かせた。
そうして不意にルルが「あ」と言い、それから何やら納得した風に頷く。
「あー、うん、なるほどぉ」
「何か分かった?」
「分かったけどぉ、別に病気とかで痩せたってわけじゃないと思うよぉ。ほらぁ、前より色々 運動(・・) するようになったからさぁ」
……運動なんてしたっけ?
むしろずっと怠惰に過ごしていたような……。
ルルがするりとわたしの頬を撫でて、こっそり耳元で囁いた。
「屋敷では毎日散歩してたしぃ、夜もよく動いてるでしょぉ?」
「!?」
……え、あれって運動になるの?!
確かに息は上がるし、凄く汗もかくけど……。
思い出してぶわっと顔が熱くなる。
「あはは、リュシー顔真っ赤〜」
「かーわい」と頬をつつかれて、つい、恨めしくルルをじっとり見てしまったけど、ルルが嬉しそうに笑っているのを見たら、わたしも笑ってしまった。
痩せた理由は人に話せないけど、病気などで痩せたというのでないならいい。
……太るよりずっといいしね。
* * * * *
クリューガー公爵家のお城に到着する。
約束の時間通りだったからか、到着すると、お 義姉様(ねえさま) だけでなく、ルイジェルノ様とエルネティア様も出迎えてくれた。
ルイジェルノ様はお義姉様の弟で、エルネティア様はお義姉様の母親である。
三人とも華やかな顔立ちなので並ぶと凄い。
馬車を降りたわたし達にお義姉様が近付いて来る。
「いらっしゃいませ、リュシエンヌ様。この二日、お相手が出来ず申し訳ありませんでした」
「いえ、大丈夫です。ルルと過ごしましたので」
「それは残念なような、ホッとしたような、なんとも言えない気持ちになりますわね……」
お義姉様が言葉通り微妙な顔をして、それから、二人で顔を見合わせて小さく笑った。
それから、わたしとルルは改めて礼を執る。
「お久しぶりです、エルネティア様、ルイジェルノ様。ご挨拶が遅くなり、申し訳ございません」
それにエルネティア様とルイジェルノ様も礼を返してくれた。
「いいえ、こちらの都合で今日にしていただいたのですから、リュシエンヌ様が謝罪する理由はありませんわ」
「さあ、中へどうぞ」とエルネティア様に言われ、石造りの堅牢な城の中へ入る。
エルネティア様は執務があるそうで、ティータイムは一緒に過ごせないらしい。
逆に謝られてしまい、わたしの方が慌ててしまった。
元王女と言っても今は子爵夫人なので、公爵家の夫人に頭を下げられるのは非常に落ち着かない。
「ごゆっくりお寛ぎください」
エルネティア様はそう言って執務へ戻っていった。
お義姉様とルイジェルノ様に案内してもらい、応接室の一つに通される。
そこにはティータイムの用意がされていた。
「リュシエンヌ様とのお茶会も久しぶりですわね」
席を勧められ、ルルが椅子を引いてくれたのでそこへ座る。
ルルはわたしの隣に座った。
お義姉様とルイジェルノ様は向かい側だ。
ティータイム用に並べられたお菓子はわたしの好きなものばかりで、そしてチョコレートの使われたものが多かった。
……お義姉様もルルがチョコ好きって気付いてたんだ。
その気遣いが嬉しかった。
「そうですね。最後にしたのは結婚式の前ですから」
もう半年以上前の話である。
「リュシエンヌ様がお元気そうで何よりです」
ルイジェルノ様の言葉にわたしは微笑んだ。
「ありがとうございます。ルイジェルノ様もお元気そうで良かったです。以前お会いした時よりも、かなり背が伸びましたね」
「はい、父上くらい大きくなるのが目標なんです!」
確かクリューガー公爵は細身だけどそこそこ身長のある人だったはずだ。
エルネティア様も女性にしては背が高い方なので、その二人の子供であるルイジェルノ様も、きっと背が高くなるだろう。
もしかしたらお義姉様より大きくなるかも。
「そうなのですね。では、よく食べて、よく寝て、よく運動して、健康な体でいないといけませんね」
「最近は好き嫌いせず、なんでも食べています」
「それは素晴らしいですね」
……微笑ましいなあ。
お義姉様が横で「勉強もきちんとなさいね」と言い、ルイジェルノ様が「うん……」と微妙な顔をする。
ルイジェルノ様は勉強はあまり好きではないらしい。
「そういえばお兄様も、昔は体を動かす方が好きでした」
「 義兄上(あにうえ) も? 本当ですか?」
「ええ、でも、勉強もきちんとされておりました。苦手なものほど努力して、克服していましたね」
そう言えば、ルイジェルノ様が少し黙った。
「……僕も勉強、頑張ります」
お義姉様と顔を見合わせ、ふっと微笑む。
ルイジェルノ様はお兄様のことも、とても慕ってくれている。
お兄様もきっと、こんな可愛い義理の弟が出来て、喜んでいるだろう。
前回来た時も二人は親しげに話していたし。
「それで、この五日間我が領地でお過ごしになられていかがでしたでしょうか? 新婚旅行を楽しんでいただけましたか?」
お義姉様の問いに大きく頷いた。
「ええ、とっても。お借りした別荘もとても居心地が良くて、街の散策も楽しかったですし、美味しいものも沢山食べられました」
「それは良かったですわ。せっかく来ていただいたのですもの、リュシエンヌ様とニコルソン子爵にとって良い思い出の残る場所となってもらえたら嬉しいですわ」
前回も今回も良い旅行になったと思う。
「ここは過ごしやすいしぃ、別荘に警護もつけてくれたでしょぉ? おかげでその辺のことは気にせず済んだよぉ」
「リュシエンヌ様の警備に過ぎるということはございませんから」
ルルとお義姉様がうんうんと頷き合う。
それに苦笑してしまった。
「わたしはもう子爵夫人ですから、王女の時のような警護は必要ないと思うのですが……」
王位継承権も放棄して、表舞台からは去った。
「まあ、リュシエンヌ様、たとえ子爵家に降嫁したとしてもリュシエンヌ様がファイエット家のご息女であり、王女であることには変わりございませんわ。それに国内にもう旧王家派の貴族がほとんどいないとは言え、あくまでそれは自国内でのこと。クーデターの後に他国に逃れた旧王家派もおりますもの」
「そういえば、そんな話を聞いたことがあります」
お父様がクーデターを起こしたあの頃。
当時、わたしを除いた王家は全員処刑された。
その頃は国も荒れており、その機に乗じて旧王家派の貴族のいくつかは他国に逃れたらしい。
お父様はある程度旧王家派の貴族を排除したけれど、それでも教会に属する家などは手出しが出来なかった。
それで昔は誘拐騒動もあったんだけど。
……まあ、あれは囮捜査みたいなものだったし。
「でも、もう十二年も経っていますし、わたしは王位継承権を放棄していますから」
「そうですわね。ですがリュシエンヌ様の瞳は特別ですから、リュシエンヌ様が無理でも、その御子をと言い出す輩もおりますわ」
「困った方々ですね」
……子供かあ。
今のところ妊娠する予定はない。
ルルはわたしが十八歳になるまではと考えているし、わたしも、子供についてはまだあまりよく分からない。
そもそも子供は授かりものなのだ。
ルルとの子供なら愛せる自信はあるが、まだ自分でもわたしは子供だなと感じることがあるのに、そんなわたしが母親になると思うと少し怖い気もする。
……でも、もし、子供が出来たら、その子は琥珀の瞳じゃないといいな。
そうすれば、きっと、子供は自由に生きていける。
「子供と言えば、今日の午前中に街で葬列を見かけました」
それにお義姉様が眉を下げた。
「そうでしたのね。この街は栄えておりますが、それでも、貧しい家というのは多いんですの」
「貧富の差が大きいみたいですね」
「ええ、せめてもと教会と共に炊き出しや衣類などの支援も行なっているのですけれど、それらもその時だけのことですから……」
クリューガー公爵家は教会と共に支援している。
しかし、貧しい家全てに支援が行き渡るわけではないし、届けられてもほんの一時的なものに過ぎない。
かと言って継続的に行うには金銭的な問題が出る。
前世みたいに生活保護とか給付金とか、そういうものを貧しい家に出せるほど国や各領地の財政にも余裕はないだろう。
そもそもどこにどれだけの人が住んでいるかを正確には把握しきれていないと思う。
この世界には戸籍というものがないから。
貴族は似たようなものがあるけれど、平民にそのようなものはなく、誰が生まれて誰が死んだというのは分からない。
「国としても、子供の死亡数の多さを含めて貧困層への対応をどうするべきか考えあぐねているのですわ」
中途半端なことをしても救えない。
でも、何もしないわけにもいかない。
そんな状況なのだろう。
「まさか炊き出しを毎日行うわけにもいきませんし……」
料理の材料を用意して、作って、配って。
それだけでも人材確保と手間、材料費がかかりすぎる。
しかもそれだと炊き出しに来た人しか恩恵を受けられず、事情があって来られない家はどうしようもない。
魔法がある世界だけど、魔法はなんでも出来るものではないのだと思い知らされる。
「せめて毎日、食べられるものがあるようになれば良いのですが」
「パンを配給するというのはどうですか?」
「現実的ではありませんわね。小麦の用意はともかく、それだけの数のパンを作るには人員が必要ですわ。焼いて、保管する場所も。毎日作って配るとなると、その場所に人々が集中して、欲しい人間同士で奪い合いが起きて混乱も生じるでしょう」
やっぱりただ作って配るだけではダメなようだ。
「どうしようもない、というのが現状ですわ」
教会と協力して炊き出しをしているのも、恐らく、焼け石に水状態であまり効果は出ていないのだろう。
かと言って根本から問題を解決する方法もない。
「この問題についてはアリスティードともよく話しておりますが、わたくし達に出来るのは炊き出しくらいのものですのよ」
そう言ったお義姉様もこの問題に頭を悩ませているらしかった。
「国力を増強するためには民の数が増えることが必要ですわ。でも、貧困の問題でなかなか増えない。増えないから国力も上がらない。この国はまだまだ問題が山積しておりますの」
きっとお父様もお兄様も毎日、国政に苦労しているだろう。
外から見れば、十二年で随分と良くなったように見えるけれど、実際はスタート地点に立ったばかりなのかもしれない。
「それについてはわたくし達でなんとかいたしますわ」
お義姉様が空気を一新するように、ぱちりと手を叩いた。
「さあ、今日は楽しみましょう? わたくし、リュシエンヌ様にお訊きしたいことが山ほどありますのよ?」
「なんでしょう?」
そんなに沢山質問をされるようなことなどあっただろうか、と首を傾げれば、ずいっとお義姉様が身を乗り出した。
「どうしてこの八ヶ月間、手紙の一つも送ってくださらなかったのですか? わたくし待っておりましたのに」
「それは……」
「ええ、もちろん、わたくしも分かっておりましたわ。リュシエンヌ様を手に入れたニコルソン子爵と、ニコルソン子爵と結婚したリュシエンヌ様、どちらもお互いしか見えておりませんもの。せっかく二人きりになったのですから、心ゆくまでお過ごしになられていたのでしょう」
お義姉様がうんうんと頷きながら言う。
全くもってその通りなので反論が出来ない。
ルルはどうでも良さそうな顔をして、自分の手の爪を眺めている。
「でもわたくし、せめてお手紙の一通くらいは欲しかったですわ……」
はあ、と残念そうに溜め息を吐かれる。
「ごめんなさい、お義姉様。わたし達が暮らしている場所が知られると困るので手紙は出せないんです。お兄様やお父様のところには、ルルが持って行ってくれていて……」
「まあ、そうでしたの?」
お義姉様は「それもそうですわね」と納得してくれて、少し機嫌を直してくれたようだ。
その後は引っ越し先でどう過ごしていたか、新婚旅行で来てウィルビリアはどうだったかという話をして過ごした。
ルイジェルノ様は途中で勉強の時間だからと席を立ったため、それからはわたしとお義姉様とであれこれとお喋りをした。
ルルは横にいて、少し暇そうだった。