軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

新婚旅行(7)

そんな風に午前中は屋台を回って、あれこれと食べて、午後は少し休むことにした。

屋台の通りから離れて、やや人気のない広場へ移動する。

広場近くでは普通のお店がやっていて、果物や野菜などが売られていた。

ルルと噴水の縁に座り、それを眺める。

元気のいいおばさんに、その子供だろう女の子がお店の手伝いをしていて、恐らく近所の人らしき人間が通りかかると何かを買って行く。

穏やかで平和な光景だ。

「ルル、あそこ見に行ってもいい?」

なんとなくその屋台が気になった。

わたしが訊くとルルが頷く。

「いいよぉ」

立ち上がったルルが差し出してくれる手を借りてわたしも立ち上がり、そうして手を繋いで屋台へと行く。

わたし達が顔を覗かせるとお店のおばさんが声をかけてくる。

「見かけない顔だねえ。観光かい?」

おばさんが人の良い笑みを浮かべた。

それにわたしも微笑み返す。

「はい、新婚旅行で来ました」

おばさんが少し驚いた顔をして「あら、そうなの?」とルルとわたしの顔を見た。

多分、瞳の色が同じだから兄妹だと思われていたのだろう。

でもわたしとルルが腕を組んでいるのを見て、納得したようだ。

「そうかい、美男美女でお似合い夫婦だね。ウィルビリアは良い所でしょう? 観光にはもってこいさ」

「ええ、確かに。ここ数日とても楽しませてもらっています。特に湖の景色が良くて」

「そうね、ウィルビレン湖はあたしら地元の人間でも、時々ハッとするくらい綺麗に感じるよ」

話しているおばさんの横で、その娘だろう女の子が丁寧に果物を布で拭いている。

汚れを落として綺麗にしてから売るようだ。

女の子の歳は七、八歳くらいか。

思い返してみると街の中で見かけた子供は大体、大人の手伝いをしている気がする。

でもそれも十歳前後くらいの子で、それ以下の子は遊んでいることの方が多い。

ちょっと身を屈めて女の子に話しかける。

「お手伝いしてるの? 美味しそうな果物ね」

女の子が嬉しそうに笑った。

「これ、お父さんとおじさんが作ってるの!」

「おじさん?」

「ああ、この子の父親の兄でね、うちの人と 義兄(にい) さんが作って、あたしらが売ってるのさ」

ちなみに他の果物は別で仕入れているらしい。

女の子が丁寧に磨いた果物はツヤツヤしている。

「こうしたらもっとおいしそうに見えるでしょ?」

自慢げに言われて頷いた。

「そうね、凄く美味しそう」

店先を眺めていると、ふと屋台の隅に、箱に雑多に押し込められた野菜があった。

他の売り物と違ってそれは磨かれていない。

「これは?」

と、訊くとおばさんが「ああ、それね」と笑う。

「クズ野菜さ。育ちが悪くて小さいのとか、間引いたものとか、そういうもんさ。結構出来るんだけど、売り物にはならないから、好きに持っていっていいってことにしてるんだよ」

箱と言ってもそこそこの大きさがある。

それにいっぱいに詰められていて、わたしは試しに適当な野菜を手に取ってみた。

確かに小さいけれど、でも、野菜としては食べられそうだ。

「なんだか勿体ないですね」

「まあね。でも、そんなクズ野菜じゃあ大したものも作れないからね。大体は捨てちまうのさ。どうせ捨てるなら欲しいっていう人にタダであげても同じだろう?」

「そうですね」

持っていた野菜を箱に戻すと、ルルがハンカチでわたしの手を拭いてくれる。

ルルを見上げれば頷かれたので、おばさんに声をかけた。

「いくつか果物を買ってもいいですか?」

「ああ、もちろん!」

女の子の表情が明るくなる。

「買ってくれるの? お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう!」

「こちらこそ、美味しそうな果物を買えて嬉しい。丁寧に磨いてくれてありがとうね」

それからルルとどの果物を買うか話していると、どこからともなく鐘の音がした。

カラァーン、カラァーンと鳴る。

それにおばさんが「ああ」と眉を下げた。

「これなんの音ぉ?」

何度か鳴った鐘にルルが少しだけ顔を動かした。

音の大きさからして、さほど遠い場所ではない気がした。

おばさんが声を潜めて言った。

「今のは葬列を送り出す時の音だよ」

その声は少し悲しげだった。

「葬列、ですか?」

「ああ、ほら、あれだよ」

訊き返したわたしにおばさんが広場の向こうの通りを指差した。

振り返って見れば、喧騒が次第に弱まっていく。

向こうの通りからゆっくりと、人の列が歩いて来るが、みんな黒っぽい服を着ている。

ゆっくり、ゆっくり、列が進む。

その列の中には木製の長方形の箱を数人で抱えている人もいて、それがいくつか、列になって静かに進んでいる。

列の人達は静かに泣いていた。

葬列ということは、箱は恐らく棺なのだろう。

木製の板で箱を作っただけの簡素なものだった。

その箱はどれも大人用にしては小さすぎる。

「子供のお葬式ですか……」

数えただけでも三つ、棺が運ばれていった。

女の子が悲しそうな顔をして、おばさんが女の子の頭をそっと撫でた。

「そうだよ。でもね、珍しいことじゃない」

その言葉の通り、葬列が過ぎると人々は何事もなかったかのようにまた日常へ戻っていく。

わたしは初めて見た葬列の印象が強くて、思わずおばさんに訊き返す。

「どういうことですか?」

おばさんが苦笑する。

「あんた達、やっぱりお貴族様なんだね。貴族ではどうだか知らないけど、平民じゃあ、子供が死ぬなんてわりとよくあることだよ」

それは衝撃的な言葉だった。

「特にああいう人らはそうさ」

「ああいう人?」

「貧民街の人間だよ。この辺りはまだいいけどね、街の北側にある貧民街じゃあ、その日食べるのにも困る人らがいるんだよ」

王都にも貧民街はあると聞く。

そういう場所には行ったことがないけれど、この街にあるものとそう変わらないのだろう。

貧民、とつくくらいだからかなり貧乏なはずだ。

……日々の食事にも困る……。

「だから、子供が亡くなりやすいんですね……」

大人だって食事に困れば栄養失調などで体調を崩したり、死んだりするのだ。

幼い子供にはもっと大きな問題だろう。

言われてみれば、先ほど見かけた葬列の人達はみんな、古ぼけた服を着ていた気がする。

食べるものに困れば、体の弱い者から死んでいく。

貴族で、子供が死ぬなんて滅多にない。

それは食事に困らず、栄養がきちんと摂れるというのも大きいだろう。

あとは衛生面の問題などもありそうだが、まず何より切迫しているのは『食べること』なのだろう。

食事が満足に出来ないことはとてもつらい。

幼い頃、後宮で過ごした日々を思い出す。

毎日空腹で、お腹が減りすぎて音すらならなくて、残飯を食べてしのいだけれど、満足には食べられない。

時には庭先の花や雑草を口にしたこともあった。

空腹だと体もだるいし、眠れないし、寒い日はどれだけ手足をこすっても全然暖かくならない。

「そこのクズ野菜はね、そういう人が好きに持っていっていいようにって置いてるのもあるんだよ」

「優しいですね」

「そうでもないさ。貧民街もそうだけど、貧しい家の子供ってのは食べ物欲しさに盗みを働くこともあるからね。店の商品を盗まれないための知恵みたいなもんさ」

……なるほど、そういう意味もあるのか。

ルルが「あー……」と納得した風に呟く。

ルルもそういう子供を見たことがあるのだろう。

「さっきのはそういう子供の葬儀だよ。お金がないから、みんなで少しずつ棺代を出し合って、教会の好意で小さな葬儀を行うんだ」

家族を喪ったのに、満足に葬儀を行うお金もない。

だから合同葬儀で済ませる。

「貧しいってのはそれだけで苦しいことさ」

……それは、分かる。

着るものより、寝る場所より、食べることが出来ないのが一番堪える。

食べられないということは死ぬことと同じだ。

「まあ、七歳まではどこの子供だってそうさ」

おばさんが苦笑して、そこで話は終わった。

買う果物を決めて、ルルが代金を支払い、後ほど別荘に届けてもらうことにした。

屋敷へ送るお土産としても多めに買ったので、おばさんと女の子は喜んでいた。

二人に軽く手を振りながら屋台を後にする。

ルルと歩きながら、訊いてみる。

「ルル、この国ってそんなに貧しいのかな?」

「貧しいってほどではないと思うけどぉ、まだまだ食糧事情は厳しい部分があると思うよぉ」

ルルに手を引かれてベンチに座る。

「旧王家が好き勝手にしてたからぁ、リュシーがオレと出会ったくらいの頃はどこも貧民街みたいな感じだったんだぁ。この十二年、王サマ達が頑張って立て直してかなり良くなったけどねぇ」

それでも貧しく、食べるのに困る家は多い。

王都はまだずっと良い方らしい。

地方ではもっと子供の死亡率が高いそうだ。

元々、子供は死にやすいと考えられているそうだが、旧王家の圧政のせいで、満足に食事が出来ず、生活もままならず、そのせいで子供も大人も多く亡くなっている。

「おばさんが七歳まではみんなそうって言ってたけど、あれはどういう意味?」

「そのまんまだよぉ」

子供は七歳まで生き残れないことが多い。

その理由はやはり、食事が満足に食べられないからで、貧しい家の子供は七歳まで成長出来ずに死んでしまう。

……この世界、子供を産むことだけでも命懸けなところがあるのに。

生まれた子供達の致死率が高いなんて。

たとえ国が豊かになっていっても、子供の死亡率が高いままでは、いずれ人口減少に繋がってしまうだろう。

「貧しい家の食事ってどんな感じか知ってる?」

ルルが頷いた。

「知ってるけどぉ、知りたいの〜?」

「うん、知っておきたい」

ルルが小さく息を吐いた。

仕方ないなあ、という顔をされた。

分かってる。もう王女ではないのだから、こういうことに首を突っ込むのはあまり良くないのだろう。

でも、どうしても放ってはおけないと思ってしまう。

わたしの気持ち的にも、国の政策的にも。

「貧しい家ではねぇ、まずパンが買えないんだよぉ」

「パンって銅貨一枚だよね?」

「そぉ。だけどそういう家では毎日パンを買う余裕もなくてぇ、も〜っと安い食事をするんだよぉ」

貧しい家では小麦の粉を買う。

色々な麦類が混ぜられたもので、雑味が多く、それを使って焼いたパンがいわゆる黒パンと呼ばれるものらしい。

しかしパンにすると粉はすぐになくなってしまう。

だから、大体水で煮て食べるのだという。

……オートミールみたいなものかな?

味は美味しくないそうだ。

雑味が多く、水で薄めていて、味付けは良くても塩を少し入れられるかどうか。

でも基本は水で煮るだけらしい。

「ミルクとかは?」

「買えたらパンも買えるよぉ」

「……それもそっか……」

しかも食事は一日に一度か二度。

運がいいと野菜クズをもらって、入れられる。

だけど粉を水で薄めたものだから腹持ちも悪いし、栄養も少ないし、味も酷い。

それだって沢山は作れない。

そうなれば肉を買うなんて夢のまた夢な話だ。

栄養なんて考える余裕もなくて、ただ、とにかく何かを食べて空腹をしのぐだけ。

「そんな食事だから体も痩せて弱いしぃ、弱いからまともに働けないしぃ、服もそうだけど身綺麗にも出来ないから汚くてそもそも雇うのを嫌がられるんだよねぇ」

それは悪いループにはまっている。

貧乏から抜け出すためには働くしかない。

けれども貧乏だから食事も満足に出来なくて体力もなくて、体も弱くて、装いや衛生面を気にする余裕もなくて、そのせいで雇ってもらえない。

雇ってもらえないので更に貧しくなる。

「教会が定期的に炊き出しもしてるけどぉ、それだって毎日じゃないから助けられるのはその時だけだしぃ」

しかも大勢が押し寄せたら足りなくなるだろう。

炊き出しだって満足に食べさせてあげられるわけではないというのは実情のようだ。

「だから子供や赤ん坊が死ぬなんて、よくあることなんだよぉ」

「平民の子ってどれくらいが生き延びて、どれくらいが死ぬの?」

「さぁ、オレもそこは分かんないなぁ」

ルルが首を傾げると、それまで控えていたヴィエラさんがそっと耳打ちしてくる。

「生まれた子の半分近くが死にます」

「え、そんなに?」

ヴィエラさんを見れば困ったように微笑まれた。

「これでも良い方でございます。昔はもっと、多くの子供が死んでおりましたから。私も子供心に、そのうち自分以外の子供はいなくなってしまうのではと感じたことがありました」

それにわたしは恐る恐る訊いた。

「えっと、もしかしてヴィエラさんも……」

「ええ、元は貧民街で育ちました。私の母は他国の人間で、私もこの見た目ですので」

……そっか、見た目が違うと差別の対象にされやすいから、ヴィエラさんもヴィエラさんの母親も、生きづらかっただろう。

「生きる上で食事は欠かせませんが、それにかかるお金はとても高いのです」

……帰ったらお兄様やお父様と話してみないと。

いや、お兄様もお父様もこの問題は気付いているはずだ。あの二人が気付かないはずがない。

分かっていて、打てる手がないのだろうか。

まずはお 義姉様(ねえさま) に訊いてみよう。

「そうだけどぉ、もしかしてリュシー、何かするつもりぃ?」

ルルに問われて首を傾げた。

「うーん、なんとか出来たらいいなとは思ってるよ。食べるものがないつらさは知ってるから」

……何かいい方法はないのかな。

「リュシーは本当、リュシーだよねぇ」

片足をもう片足の膝の上へ乗せ、ルルがそこに頬杖を置いてわたしを見た。

新婚旅行先でこういうことを気にするのは変だろうか。

だが、知ってしまったら無視することは出来ない。

わたしに何か、出来ることはないだろうか。