軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最後の夜 / 出発

クリューガー公爵家から宿へ帰って来た。

この二日間と離れていた間のことを、お 義姉様(ねえさま) と沢山話せて良かったと思う。

二日目の時は結局、遊んで過ごしてしまったから。

メルティさんとヴィエラさんに着替えを手伝ってもらい、着ていたものより動きやすいドレスへ変えてもらう。

たった数時間だけど重かった。

ルルもラフな服に着替えて、二人でベッドへ寝転がった。

楽しかったが、なんだか疲れてしまった。

ぐたーっとしていると、同じく寝転がっていたルルが小さく笑った。

「リュシー溶けてるねぇ」

ルルに頬をつつかれる。

「ちょっと疲れちゃった」

「最近はずーっとダラダラしてたもんねぇ」

屋敷で人目も気にせず、マナーも関係なく、ぐだぐだダラダラしていたから、きちんとした場に行くと妙に疲れる。

そういう場所に行くのが嫌だというのではない。

久しぶりで、多分、慣れないだけだ。

「あっという間の五日間だったね」

新婚旅行に出て一週間。

毎日楽しくて、時間が過ぎるのが早い。

ルルの手を掴んで、手を繋ぐと、握り返される。

「もっとココにいたい?」

ルルに訊かれて考える。

もう少しここで過ごしたい気はする。

だけど、旅行というのは短期間の、限られた時間の中だからこそ付加価値がついて更に楽しいのだろう。

そこにずっといたら、いずれは飽きてしまう。

そうなったらつまらない。

「ううん、満足してるよ」

それに、まだ旅は続く。

「バウムンド伯爵領まで何日かかるんだっけ?」

「馬車で三日くらいかなぁ。いくつかの村を通って行くから、野宿にはならないよぉ」

「そっか」

野宿もしてみたいけど、この季節は夜はもう肌寒いので、野宿なんてしない方がいいのだろう。

「でも野宿もちょっと気になる」

ルルが「野宿も悪くないけどねぇ」と言いながら、ベッドに肘をつき、手の平に頭を乗せた。

ルルのもう片手がわたしの髪を弄る。

「春になってぇ、あったかくなったら庭先で野宿してみようよぉ。それなら何かあっても困らないしぃ」

「それ、野宿になるのかな?」

「屋根のない場所で寝れば野宿なんじゃなぁい?」

なるほど、それもそうかと頷く。

旅先でいきなり野宿をしたいと言い出すよりかは、庭先でやった方が安全だし、何か困ったら屋敷の中へ戻ればいいだけなので問題もない。

「でもベッドで寝るのが一番いいよぉ」

ルルの言葉に「そうだね」と笑った。

野宿に憧れはあるけれど、やっぱり、ふかふかのベッドでぐっすり眠るのがいい。

わざわざ野宿する理由もない。

「……早く家に帰りたいなぁ」

ルルの呟きに訊き返す。

「新婚旅行、楽しくなかった?」

「いんやぁ、そこそこ楽しかったよぉ」

手が引っ張られてルルに引き寄せられる。

繋いだ手が離れて、腰に回り、ギュッと抱き締められた。

「けどやっぱりオレはリュシーと二人っきりがいいなぁ。外は雑音が多すぎるんだよねぇ」

肩口にルルが顔を寄せて、猫や犬が甘えるみたいに額がこすりつけられる。

ルルの頭に手を伸ばしてよしよしと撫でた。

そう言いながらも、わたしの希望を聞いてくれて、新婚旅行に付き合ってくれるルルが好きだ。

「ルル、大好き」

顔を上げたルルにキスをする。

「一番?」

「一番」

「食べ物より?」

ルルの質問が可愛くて笑ってしまった。

「食べ物より。ルルがいなかったらわたしは生きていけないよ。だってルルはわたしの世界だから」

わたしの方からルルに抱き着く。

細身だけどしなやかで、実は結構筋肉質なのも知っている。

少し勢いをつけたぐらいでは揺らがない。

「わたしの命はルルのものだよ」

そっと、ルルの手がわたしの首を覆う。

優しく撫でられて目を閉じる。

他の誰かだったら絶対にそんなことは許さないが、ルルになら、今すぐに殺されたって構わない。

この大きくて、細くて、筋張っていて、少し体温の高い手が好きだ。

「うん、リュシーはオレのものだよぉ」

嬉しそうなルルの声がする。

「それでぇ、オレはリュシーのものぉ」

「ルルはわたしのもの」

「そぉ、リュシーのためならなんだってしてあげる〜」

軽い調子で言っているが、本当に、ルルはわたしがしたお願いを叶えてくれるのだろう。

あれが欲しいと言えば手に入れてくれる。

あの人が気にくわないと言えば 殺(け) してくれる。

これをしたいと言えば付き合ってくれる。

闇ギルド最高峰の暗殺者がわたしの思うままなのだ。

ルルは多分、そういうことも含めて『なんだって』してくれると言っていて、だけど、わたしはルルが最高峰の暗殺者だから好きなのではない。

気に入らない人がいるなら放っておけばいい。

そんな人のために、大切なルルの手を汚させたくないし、そんなことに時間を使う方が勿体ない。

「わたしも、ルルのためならなんでもするよ」

「アリスティード達と会うなって言っても?」

「ルルがそう言うなら」

今すぐ殺されたって、今すぐ宿を飛び出して二人だけで遠くに行ったっていいのだ。

ルルがわたしのそばにいてくれるのが大事だから。

ジッとわたしを見つめた後、ルルがふっと笑った。

「そっかぁ」

心底嬉しそうな声だった。

ルルのためなら全てを捨ててもいい。

「かわいい、リュシー」

ルルは滅多に「好き」とは言ってくれない。

でも、それでいい。

恐らくルルにとって「好き」という言葉はあまり馴染みがないのだろう。

たまに言ってくれることはあるが、それよりも、よく言ってくれるこの言葉の方がルルの愛情を感じる。

それだけで幸せだと思うわたしは単純だろうか。

* * * * *

翌朝、朝食後に出立の準備をする。

……まあ、準備と言ってもわたしは何もすることはないのだけれど。

ほとんどの準備は侍女達がしてくれている。

ルル自身は空間魔法で荷物を運んでいるので、三台目の馬車に入っているのはほぼわたしのものである。

「そろそろ行くってぇ」

部屋で紅茶を飲みながら待っていると、護衛達と話をしに行ったルルが戻って来た。

ここウィルビリアともこれでお別れだ。

そう思うと、この五日間で何度も食べて少しだけ飽き始めていた魚料理をもっと食べれば良かったかな、なんて考えてしまう。

ベッドから起き上がれば、ルルが手櫛で髪を整えてくれた。

「これから出て、次の村に向かうの?」

「そうだよぉ。今出れば、多分夕方頃には着けるんじゃないかなぁ」

立ち上がって、ルルにエスコートしてもらいながら階下に降りる。

四日間過ごした別荘も、離れるとなると色々と感慨深い気持ちになる。

階下に控えていた料理人達に声をかける。

「短い間でしたが、ありがとうございました。皆さんが作ってくださった料理は本当にどれも美味しくて、毎日の楽しみでした」

「うん、美味しかったよねぇ」

頭を下げた料理人にルルが何かを渡し、ヒソヒソと何事かを囁くと、料理人は頷いた。

そうして外へ向かうと料理人達は見送りに出てくれた。

馬車が三台、外に停まっていた。

メルティさんとヴィエラさん、そして護衛の人達ももう準備は整っていた。

ルルの手を借りて馬車に乗ろうとしていると、一台の馬車がやって来た。公爵家の家紋が描かれた馬車だった。

それが停まり、お 義姉様(ねえさま) が降りてきた。

「間に合って良かったですわ」

近付いてきたお義姉様に手を取られる。

「リュシエンヌ様、また機会がありましたら遊びにいらしてください。いつでも、お待ちしておりますわ」

わたしもお義姉様の手を握り返した。

「はい、いつかまた」

何かを渡される。

それを見る前に、そっとお義姉様に抱き締められた。

「会えなくても、わたくしはずっとリュシエンヌ様のお友達です。そして、いずれリュシエンヌ様の 義姉(あね) になります。……どうかお元気で」

まるで今生の別れのようで、わたしはお義姉様の顔を覗き込んだ。

「お兄様とお義姉様が結婚したら、きっと、その時は今よりももっと会えるようになりますよ」

それにお義姉様が目を丸くし、そして笑った。

「殿下と結婚したら、そうなるでしょう。それも結婚後の楽しみになりますわね」

「わたしもまたお義姉様とお茶を共に出来る日をお待ちしております」

互いに笑い合って、体を離す。

今度こそルルの手を借りて馬車へ乗り込んだ。

ルルも馬車に乗り込んで扉が閉められる。

ゆっくりと動き出した馬車のカーテンと窓を開ければ、お義姉様は料理人達と共に、わたし達を見送ってくれていた。

「お義姉様!」

離れ出した馬車から少し声を張り上げると、お義姉様が驚いた顔をする。

「お義姉様もお元気で! ルイジェルノ様とエルネティア様にも、よろしくお伝えください!」

お義姉様の表情がすぐに笑顔になった。

「分かりましたわ! リュシエンヌ様とニコルソン子爵もお元気で! また会いましょう!」

お義姉様も声を張り上げ、手を振ってくれる。

その姿が見えなくなるまで、わたしも窓から手を振って応え続けた。

お義姉様達の姿が見えなくなり、窓とカーテンを閉め、ふと手の中のものを見た。

それは丁寧に折りたたまれたハンカチだった。

広げてみると、湖のほとりで可愛らしい鴨みたいな鳥が二羽、寄り添っている刺繍が刺してあった。

「これオシドリだねぇ」

ふと、お兄様に以前オシドリにたとえられたことを思い出した。

オシドリのように末永く夫婦幸せに。

そんな風に言われたような気がした。

「……ありがとうございます、お義姉様」

この可愛らしいオシドリ達のように、ずっとずっと、幸せに暮らします。

「帰ったら、これ、額に入れてもらいたいな」

「じゃあそれまでオレが預かっておくよぉ」

「うん、お願いルル」

ルルの空間魔法に入れておけば安心だ。

しばし刺繍を眺めた後、ルルに渡す。

「子爵家の家紋、オシドリにしてもらえば良かったね」

ニコルソン子爵家にも家紋がある。

男爵位をもらった時に、国王であるお父様が家紋を決めてくれたのだけれど、それは猟犬とナイフだった。

闇ギルドの紋章と似ているらしい。

ルルにとって一番馴染みのある紋章であり、ルル自身をたとえるのにぴったりなので、そうしたようだ。

家紋図を渡されたルルは「国の犬じゃないんだけどねぇ」とぼやいていた。

……ルルは猟犬というより狂犬な気もする。

場合によっては主人ですら噛み殺すだろう。

猟犬を選んだのはお父様の希望的なものも混じっているのかもしれないと思う。

「威厳のない家紋になるけどねぇ」

「確かに」

オシドリの家紋は可愛いけど威厳はなさそうだ。

家の顔と言えるものなので、さすがにオシドリではあまり締まらないだろうか。

馬車がガタゴトと揺れ、外から微かに喧騒が聞こえてくる。街中を通っているようだ。

この喧騒ともお別れだ。

久しぶりに街へ出たのでとても楽しかった。

「ねえ、ルル」

ルルに寄りかかれば抱き締められる。

「なぁに? リュシー」

ルルとならどこへ行っても楽しいだろう。

だけど、やっぱり。

「こうしてルルと二人きりが一番いいね」

二人きりなら、二人だけの世界だから。

……ルルが雑音が多いって言うのも分かるなあ。

華やかな街の雰囲気も良いけれど、静かな森の中のあの屋敷の雰囲気がわたし達には合っている。

それなりの数の使用人が働いているのに、あまり人の気配を感じさせないわたし達の家。

静かで、穏やかで、人目に触れない。

それは誰にも邪魔されないということだ。

「リュシーもそう思うでしょぉ?」

「うん」

屋敷の中ではルルとわたしだけ。

屋敷の中はわたし達だけの世界。

あそこが一番安心出来る場所なのだ。

「あの屋敷がわたし達の家なんだね」

「そうだよぉ」

「あの静けさが少しだけ恋しくなっちゃった」

わたしとルルの話し声以外聞こえないような、あの静寂に包まれた屋敷が恋しい。

くっついたわたしの頭を撫でながらルルが笑う。

「リュシーは我が儘だねぇ」

おかしそうに言われて頷いた。

「うん、そうかも。ルルにだけは我が儘」

お父様やお兄様にすら、ここまで我が儘は言わないし、侍女達にだってこんなことは言わない。

でもルルにはいつだって正直でいられる。

隠さずに本音を話せる。

「分かってるよぉ。リュシーは優しいからぁ、オレ以外には我が儘言って困らせたりしないもんねぇ」

「……わたしが我が儘言うとルルは困る?」

そうだとしたら、我が儘を言うのは控えよう。

「そんなことないよぉ」

ルルがわたしの額にキスをする。

「リュシーがオレにだけ我が儘言ってくれるの嬉しいんだぁ。だってオレには甘えてもいいって思ってるんだよねぇ?」

「うん、ルルには甘えちゃう」

だってルルは必ずわたしを甘やかしてくれるから。

「リュシーはオレのかわいいお姫サマだからねぇ。お姫サマの我が儘は叶えてあげなくちゃ」

ひょいと抱え上げられて、ルルの膝の上へ下される。

ルルの腕の中に閉じ込められた。

「わたし、何にも出来なくなっちゃいそう」

ルルがキョトンとする。

それから「それいいねぇ」と目を細めた。

「リュシーは何もしなくていいんだよぉ。オレの傍にいてぇ、ただ笑ってればそれだけで十分だよぉ」

「そんなこと言ってると本当に何にも出来なくなっちゃうかもしれないよ?」

「それでいいよぉ。食事も着替えもリュシーが自分でしなくてもぉ、オレが手伝ってあげるぅ」

……それだとわたしは人形になってしまう。

でも、もしかしたらルルにとってはそういう方がいいのかもしれない。

何も出来ないお人形になってしまえば、外に出る心配もなく、ルルは満足するまでわたしを愛でるのだろう。

……うーん、どうしてかなあ。

普通は『何も出来なくなれ』と言われたら眉を顰めるのだろうが、わたしはそれが嬉しかった。

わたしが何も出来なくなっても愛してくれる。

「ルルはわたしがお人形になっても好きでいてくれる?」

「もちろんだよぉ」

迷いなく即答するルルに笑ってしまった。

昔からわたしに尽くしてくれるルルだけど、一体、どこまでわたしに尽くしてくれるのだろうか。

「家に帰ったら、お人形遊び、する?」

ルルが「いいのぉ?」と訊き返してくる。

「うん、いいよ」

わたしは何もしなくていいだけだし。

ルルが嬉しそうに笑ってわたしを抱き締める。

「帰ったらぁ、沢山尽くさせてねぇ」

わたしは返事の代わりにルルにキスをした。