作品タイトル不明
新婚旅行(6)
クリューガー公爵領に来て五日目。
今日はルルと屋台巡りを久しぶりにして、午後、ティータイムの時間にクリューガー公爵家にお邪魔させてもらうことになっている。
本当は来てすぐに挨拶に行った方がいいのではと思ったのだけれど、お義姉様の話によると帰る時でいいとのことだった。
「リュシエンヌ様は表向きは子爵家ですから。クリューガー公爵家とニコルソン子爵家は繋がりもさほどありませんし、何度も出入りするのは目立ってしまいますわ」
ただ、クリューガー公爵領に来た貴族が挨拶をしに顔を見せることはあるそうなので、今回、わたし達もそういう体で出向く予定だ。
それまで午前中は街を楽しむつもりである。
だから今日はいつもより軽装のドレスで出かけることにした。
ルルもラフな格好で、でも、二人とも一目で貴族のお忍びだと分かる服装だった。
護衛達もいてくれるし、ヴィエラさんもいる。
ちなみにメルティさんが外出時について来ないのは、戦闘力がないからだ。
その代わり、メルティさんには屋敷のみんなへのお土産を選んでもらうようお願いしてある。
……でも難しいお願いだったかも。
みんな裏稼業の人だから、何をもらって喜ぶのかさっぱり分からない。
メルティさんもそうらしく笑っていた。
「案外、普通のお土産で良いかもしれませんね」
そういう職業で生きてきたので、むしろ、普通のお土産を渡した方が新鮮かもしれないということだった。
お土産はルルが転移魔法で送ってくれる。
だからか、メルティさんは食べ物も買っていて、それらは夜になるとルルの魔法によって屋敷に送られた。
送られたお土産は向こうでみんなが開けてくれるだろう。
反応を見られないのが残念だが、感情的な人はあまりいないので、そこまで反応しないかもしれない。
その話はともかく、わたしとルルはヴィエラさんと護衛を連れて街へ出かけることにした。
旅行の前半のうちにお土産を購入して回っていたメルティさんが街の人からお勧めの屋台通りを聞いてくれて、今日はそこへ行くことにした。
わたしもルルも馬車の中でちょっとワクワクしている。
「どんな食べ物が売ってるんだろうね」
王女として公務に出るようになってからは街へ出かける回数も減ったし、学院へ通い始めてからはもっと減った。
最後の一年はほぼ街へ出かけることはなかった。
料理人の作ってくれる料理は美味しい。
でも、屋台で売っているものが食べたいなと思うこともある。
あの万人受けする味が欲しくなるのだ。
しかしそんなことを言って料理人を困らせるわけにもいかないし、わざわざ誰かに買いに行かせるのも悪いし、そもそも屋台の食べ物は街の中で屋台で買って食べるという付加価値があるからこそ楽しめるものだ。
誰かに買ってきてもらっても楽しみは半減する。
「湖が近いしぃ、魚が多いんじゃなぁい?」
「魚! そういえば今生はあんまり食べてないかも。この国、内陸部にあるから魚はどうしても少ないんだよね」
この国は大陸の内陸部に食い込んでいる。
一部地域は海に接しているけれど、大半は周辺国と隣接しているため、どうしても海の幸は高級品に近くなる。
魔法もあるので全く食べられないわけでもないが。
ここもウィルビレン湖があるから魚を食べられるけれど、淡水魚に限られてしまう。
「前世ではよく魚食べてたのぉ?」
ルルの問いに頷いた。
「うん、お刺身とか焼き魚とか色々食べてたよ」
「オサシミ?」
「魚を生で食べるの。前世でわたしがいた国は海の中にある大きな島で、新鮮な魚を食べられたから。この世界ではさすがに生食は無理だと思うけど」
新鮮さもそうだけど、肉や魚は火を通して食べないと色々と問題があるだろう。
別世界だから前世の世界とは違うし、この世界の人がやったことのない食べ方を試すのは危険が大きい。
ルルもピンと来ないらしく「ふぅん?」と首を傾げていた。
「リュシーは魚好きなのぉ?」
「うーん、どうかな。嫌いじゃないよ」
王女として暮らしていた時も思い出してみると魚はあまりなかった気がする。
それでも食べた時はクセがないと思った。
ここに来てからは毎日魚料理を食べているが、あれはまた屋台で売っているものとは違うだろう。
ただ好きかどうか訊かれるとよく分からない。
「どうせ魚料理が多いんだしぃ、色々食べてみようよぉ」
ルルの言葉にうん、と頷く。
せっかくの機会なのでルルの言う通り、色々なものを食べてみたい。
今日は食べ歩きツアーである。
ガタゴトと揺れていた馬車の動きが段々と穏やかになり、そうして、最後に軽くゴトンと揺れて停まった。
屋台の多くある通りは人で混んでいるので、少し離れた場所で馬車を降りる。
ヴィエラさんと護衛が後ろからついて来る。
「うわあ、凄い人の数だね」
まだ午前中なのに通りは人でごった返している。
これは馬車も入れないだろう。
ガヤガヤと賑わう中を、ルルと腕を組んで歩く。
いつもの貴族風のエスコートとは違って、腕を組み、手を結んで歩くのが楽しい。
「屋台、沢山あるねぇ」
そう言いながら屋台を眺めるルルも楽しげだ。
「沢山ありすぎて迷っちゃうね」
「どこから食べる〜?」
二人で適当な屋台の店先を覗いて行く。
肉料理もあれば、お菓子もあって、その中に魚料理も多くあった。
特に串焼きが多くて、よく見ていると、お店によって売っている魚の種類が違った。
「前に川で見た魚っている? ほら、あの小さいうちは骨が多いっていうの」
ルルが「ああ」と笑った。
「あの魚もいるかもねぇ。そこそこ大きいとそれなりに美味しいからぁ、あの辺にいたなら湖辺りにいてもおかしくないしぃ」
そうしてルルが近くの屋台の人に声をかけた。
普段、人と接するのが好きじゃないというけれど、ルルは不思議と誰とでも仲良く出来る。
……いや、ちょっと違うかな。
相手に合わせて相槌を打ってるだけなのかも。
でも相手にそれを気付かせないところが凄い。
いくつかやり取りをした後、ルルがニッと笑って振り返った。
「向こうにあるってぇ」
ルルに手を引かれて道を進む。
何軒かの屋台を通り過ぎたところでルルが立ち止まり、目の前にある屋台を指差した。
そこには大きめの魚が串焼きにされて売られていた。
「ココだってさぁ」
屋台からは焼き魚独特の香ばしい匂いがする。
その場で焼いており、網の上ではまだ焼き途中の魚が何匹も並んでいる。
恐らく腸抜きをして塩をまぶして焼いただけだ。
前世でもこういう風に串焼きで食べることはなかったので、なんだか凄く新鮮な感じがする。
「おっちゃん、一本ちょ〜だぁい」
ルルの声に「あいよっ」と威勢の良い返事があり、ルルが代金を支払って、刺さっている魚を一本取った。
それをルルが一口かじる。
咀嚼して、飲み込み、頷いた。
「どうぞぉ」
差し出された串の魚にそっとかじりつく。
パリパリの香ばしい皮は塩気が強く、けれど、その下にある白身はわりと淡白で食べやすい味だ。
一口二口とかじっていると口の中で小骨が当たる。
ルルがお店の人に声をかけて、茶色のくすんだ粗紙をもらうと渡された。
「これに出していいよぉ」
と、言うのでありがたく小骨をそこに出す。
確かに骨が多いけれど、美味しい。
少しだけわたしが食べた後は残りはルルが食べる。
ルルはあまり骨を気にしていないようで、串焼きの魚にかじりついてどんどん食べていった。
「この魚、油で揚げても美味しいかも」
「あー、そうかもねぇ」
「ちょっと酸味のあるソースをかけて食べたらもっと美味しくなりそう」
「リュシーは本当、食べ物が好きだよねぇ」
ある程度魚を食べ終えたルルが笑った。
串と残骸を店先のゴミ入れに捨てて、次へ向かう。
「次は何を食べよっかぁ」
今日は食べ歩きツアーだったので朝食は軽めにしてもらったので、お腹が空いている。
でもすぐにあれもこれもと買って食べたら、お腹いっぱいになってしまって楽しめないので、もっと色々見て回りたい。
「歩きながら見てみようよ」
時間はまだたっぷりある。
「うん、そうしよっかぁ」
ルルと手を繋いで屋台を見て回る。
ジュースを売っている店もあれば、先ほどの店のように串焼きの魚を売っている店もあり、かと思えば鍋で煮た魚を売っていることもあった。
肉料理のお店や果物を切って売っているお店もあって、しかし観光客向けなのか、やはり魚料理が多い。
魚を使ったパイなんかもあって面白い。
「ねえ、ルル、あれは?」
指差した先には店先で大きな鍋で何かを煮ている。
近付いて、店主の男性に声をかける。
「それ、なぁにぃ?」
店主が「貝だよ」と返す。
「ウィルビレン湖の砂地で取れる貝さ。これを使うといい汁物が出来るんだよ。……まあ、ちょっと砂が残ってることもあるけどね」
大鍋からはいい匂いがする。
ルルの腕を引っ張った。
「食べてみたい」
「じゃあ一杯買ってみようかなぁ」
わたし達の会話に店主が「どうも」と言いながら木のお椀に一杯、鍋の中身を入れて渡される。
ルルが代金を支払って受け取った。
それからルルが一口飲み、木製のスプーンで貝らしきものの身を掬って食べる。
ルルがちょっと変な顔をした。
「美味しいけどぉ……」
途切れた言葉に首を傾げる。
「けど?」
「店主の言う通り砂があるねぇ」
言いながら、ルルが飲み込んだ。
「…………食べる?」
あまり乗り気ではなさそうな顔だった。
わたしは少し考えて頷いた。
「食べる」
ルルから器を受け取り、まずはスープを一口飲む。
……うん、美味しい。
さっぱりとした塩味に貝の旨味が出ている。
スプーンで貝を掬って食べる。
噛んだ瞬間、じゃり、という感触があった。
干潟などに住む貝は砂抜きをきちんとしきれていないと、こんな風に砂が残ってしまう。
多分、これも砂抜きが不十分なのだろう。
……でも食べられないほどって感じじゃないかな。
そのままもぐもぐと咀嚼して飲み込む。
「美味しいよ」
今日は少し肌寒いので温かなスープは心地良い。
でもルルは「貝はあんまり食べなくていいよぉ」と言われたので、スープの方を飲むことにした。
店主に訊く。
「あの、これ、多分砂抜きが不十分だと思うんです。もう少し時間をかけて砂を抜いたら、きっと、もっと売れますよ」
店主が驚いた顔をした。
「なんだ、お嬢さん、貝のこと知ってたのか」
「ええ、まあ、多分この貝は砂場に住んでるものですよね?」
「ああ、そうさ。本当は一晩くらいかけて砂抜きをした方がいいんだけどね」
どうやら店主も分かっているらしい。
残りをルルが食べている。
微妙な顔をしているので、他の貝にもやはり砂が残っているのだろう。
「でも、こういうのも面白いだろ?」
全く悪びれた様子のない店主に苦笑してしまう。
これで貝が嫌いになる人が出ないといいのだけれど、内陸部の国だから、貝嫌いになっても困らないだろうが。
ルルが食べ切ると器を返す。
「砂以外は美味しかったよぉ」
「そりゃどうも。気が向いたらまた来てくれよ」
それにルルが「その気になったらねぇ」と返事をしたが、多分、もう来ない。
ルルの微妙な顔という珍しいものが見られて、確かに面白い経験だった。
あと、前世でもわたしはアサリやシジミなどの貝に砂が残っていてもわりと気にしないタイプだったので、あれくらいなら許容範囲内だ。
だけどルルはそうでもなかったようだ。
「もうリュシーに砂は食べさせないよぉ」
あの店主に対して少し呆れている風だった。
「ルルは次、何が食べたい?」
「オレは肉かなぁ。甘いのは後でいいしぃ」
……肉かあ。
そういえば、なんだか肉の焼けるいい匂いがする。
ふんふんと匂いを嗅いでいるとルルが笑った。
「リュシー、鼻動いてる〜」
ちょんと指先で鼻をつつかれた。
「美味しそうなお肉の匂いがするから」
「オレもこの匂いは気になるしぃ、見に行こうかぁ」
「うん」
ルルに手を引かれて匂いのする方へ行く。
人気のあるお店らしく、人が並んでいた。
ヴィエラさんがそっと前に出る。
「ここは人が多いので、私が並んで買いましょう」
わたし達は少し離れた場所にある広場で待つことになった。
本当は並びたかったけれど、わたし達が並んだらヴィエラさんや護衛達も一緒なので邪魔になってしまうだろう。
ヴィエラさんと護衛の分も買うように頼んだら、ヴィエラさんはキョトンとした後、嬉しそうに頷いた。
一緒に来ている人達だって食べてもいいだろう。
広場にあったベンチにルルと二人で座る。
護衛二人はわたし達の後ろに控えている。
「王都の屋台とは雰囲気が違うね」
通りからは屋台の呼び込みの声がする。
王都では呼び込みの声はなかった。
「そうかもねぇ。王都とこっちなら、リュシーはどっちの方が好きぃ?」
「うーん……王都、かな? あっちの方が色々な種類の屋台があったから。ここも色々あるけど魚料理が多い」
「まあ、湖があるからそれが売りなんだろうねぇ」
魚料理が嫌いというわけではないが、魚ばっかりというのもちょっとつまらない。
王都みたいに多種多様な食べ物を売る屋台の方が面白かったと思ってしまうのは、我が儘だろうか。
「買って参りました」
ヴィエラさんがいくつも串の入った木製のカップを持って戻って来る。
沢山買うとカップを借りられるらしい。
ルルとヴィエラさん、護衛達が串焼きの肉にかじりつく。
香草を使っているのか良い匂いがする。
ルルが食べて、頷いた。
「はい、大丈夫だよぉ」
「ありがとう、ルル」
カップごと差し出されて、受け取り、肉にかじりつくと肉汁がたっぷりあふれてくる。
塩と香草を使って味付けをされており、肉は硬いが、噛めば噛むほど味が出るという感じであった。
……美味しい……。
でも、よく噛まないと飲み込めなさそうだ。
わたしの横ではルルは別の串の肉を食べている。
「あ」
ハンカチを取り出してルルの口元を拭った。
肉汁が唇の横についてしまっていた。
「ん? あー、ありがとぉ」
言って、ふとルルが何かに気付いたようにわたしを見て、ふっと目を細めた。
なんだろうと思う間もなく唇にキスをされた。
「肉の味がするねぇ」
……それはそうだろう。
ルルは小さく笑うとまた肉を食べ始めた。
わたしは何で急にキスされたのか分からなくて、顔が赤くなってしまい、それを誤魔化すように肉を食べることに集中する。
こんな人通りの多いところでするなんて……。
だけど、よくよく辺りを見てみれば、恋人同士や夫婦らしき人が多かったので、思ったよりもわたし達は目立っていないようだった。
護衛達は明後日の方を向いていた。
その気遣いが逆に恥ずかしかった。