作品タイトル不明
新婚旅行(5)
午前中を宝飾店で過ごし、昼食後。
今度は武器屋へ向かった。
ルルいわく「そろそろナイフを交換したいんだよねぇ」とのことで、ルルのナイフを探しに行くのだ。
元々は王都で購入していたらしいが、前回来た時に購入したナイフのホルスターがとても使い心地が良くて気に入ったので、あの店で武器も欲しいと思ったようだ。
ルルは武器に関して凄くこだわりがある。
本人が言うにはどの武器も大体扱えるそうだけど、暗殺に使いやすいナイフが一番好きなのだとか。
……体のあちこちに仕込んでるよね。
そのナイフの手入れも毎日欠かさずしている。
でも、わたしが寝ている間に済ませていて、見たことがあるのは数えるほどしかない。
馬車が停まり、外に出る。
宝飾店の時と同様にヴィエラさんが扉を開けてくれた。
中へ入ると威勢の良い声がした。
「らっしゃい! お待ちしてましたよ!」
そう声をかけてきたのは小柄で体格のがっしりした中年男性だった。
髪は剃ってあり、屈託のない笑みを浮かべている。
パッと見は職人気質そうだけれど、笑うと、どこか憎めない感じのする人だった。
「こんにちは、ルグルムさん。また来ました」
「おお、覚えていてくださるとは嬉しいです! 子爵の方も、その後、ホルスターの調子はいかがですかい?」
「なかなかいいよぉ」
「そりゃあ良かった!」
がはは、と笑う店主も相変わらずである。
ちょっと暑苦しいところはあるけれど、悪い人ではない。
「今日は武器をお求めだそうで!」
「うん、オレが使ってるナイフが大分古くなってきたからぁ、新調しようと思ってさぁ」
店主の目がキラリと光った気がした。
「そりゃあいい! あれからナイフのホルスターを売り始めたら、意外とよく売れて、ナイフも多く取り扱うようになったんですよ!」
さあ、こっちですと促されて店の中を歩く。
色々な武器がある中で、どうやらナイフ専用の売り場が設けられているようだ。
案内されたところは確かに色々な種類のナイフがあった。
刃先がちょっと反っているもの、細長い二等辺三角形みたいなナイフ、小さな剣みたいなナイフ、幅のあるずんぐりしたナイフ、前世のククリナイフみたいな大きなナイフ、包丁を小さくしたみたいなナイフ。
似た形のものもあるけれど、よく見ると、どれも微妙に形に違いがあって、面白い。
「こんなに扱っているんですね」
思わずそうこぼせば、店主が頷いた。
「最近は女性も護身用で購入するんですよ! それにナイフは色々と使えますから、一本持ってると重宝しますからなあ!」
「たとえば?」
「動物を狩ったら解体する、旅先で何か植物を採集する、枝を払う、料理に使う、武器を出すほどでもない時に使う、用途は沢山ありますよ!」
なるほど、と聞きながら頷く。
わたしはこれまでの生活でナイフと言うと食事用のカトラリーのナイフかペーパーナイフぐらいだったが、普通はもっとナイフを扱う機会があるだろう。
……わたしも持った方がいいのかなあ。
足にホルスターをつけて隠し持つとか。
考えてみて、ないな、と思う。
ドレスの下につけたら取り出すだけでもたついてしまうし、裾を持ち上げる必要があるので、それは多分良くない。
そもそもわたしが武器を持つ必要はない。
そのために戦える使用人をルルがつけてくれているのだ。
「奥様もおひとついかがですか!」
訊かれたが、首を振る。
「いえ、ナイフを使ったことがないので、持っていても自分で怪我をしてしまいそうで……」
「そうですか。まあ、慣れないものを使うのは危ないですからね!」
気が向いたらどうぞ、と言われて頷いておいた。
ルルが並べられたナイフを眺める。
その横顔はどこか楽しげだ。
「ん〜、もうちょっと短いのがいいなぁ」
ルルの使っているナイフは隠し持つことが前提なので、基本的に短いものが多い。
普通のナイフもあるけれど、どちらかと言えば、短いものの方が多くて、それらはみんな同じ形である。
ナイフ部分が長くて、柄が短めで、平らで、握って振り回すというよりかは投げたり刺したりするような、そんな感じだ。
「どういうのがいいんですかい?」
「これなんだけどぉ」
ルルが上着の内側からヒュッと一本取り出した。
店主が「おお」と嬉しそうな声を上げる。
ルルみたいな裏稼業の人は滅多に来ないので、そういう人が来ると気分が上がるらしい。
……それもそっか。
わたしの周りというか、使用人はほとんどが闇ギルドで雇った人だからそうだけど、普通はそういう人達はみんな職業を隠して過ごしているだろう。
ルルからナイフを受け取って、店主がそれをまじまじと見る。
「ああ、柄が短いのか。なるほど。軽くて、鋭くて……。おっと、随分刃がついてるな。これは鋳造か? ……ふむ、短剣に似てるが……」
ナイフを矯めつ眇めつした後、ルルへ返す。
「それに似たものというとこれですな!」
数あるナイフの中から店主が一本のナイフを指差した。
確かに刃先の方が長く、柄が短く、細身である。
小さな剣と言っても差し支えない。
ルルがそれを手に取って、くるくると手の上で回してみたり、投げてみたり、感触を確かめる。
「悪くないねぇ」
ルルがナイフを見ながら言う。
「 投擲(とうてき) に優れたナイフなんですよ! 色々な種類のものを作ったんですけどね、このナイフの中ではそれが一番良く飛ぶんです!」
それにルルが頷いた。
「この手のナイフはそういうもんだよぉ」
刃先が長く、柄が短く、細身で、シンプルなナイフだった。飾り気なんて一切ない実用的なものだ。
「これ、どれくらい売れてる〜?」
「実はよく売れますよ! 両刃なので、左右で切れ味を変えて使う者も多いんです!」
「あ〜、確かにそういう点ではこの手のナイフは利便性が高いよねぇ」
うんうん、とルルが同意の頷きをしている。
「うん、これ買おうかなぁ」
店主の表情がいっそう明るくなる。
「いくつ御入り用ですかい!」
「最低でも二十は欲しいねぇ。出来れば、その倍はあるともっといいんだけどぉ」
店主が目を丸くした。
「そんなに?」
ルルが頷く。
「場合によっては使い捨てることもあるからねぇ」
「ああ、それなら在庫も全部持ってきますよ!」
使い捨てという部分に怒ることもなく「ちょっとお待ちください!」と言って店主が奥へ引っ込んだ。
その間、わたし達は店内を見ながら待つことにした。
相変わらず多種多様な武器が並べられている。
その中には儀礼用らしきものもあった。
前回買った儀礼用の剣は、屋敷にも持って来ており、部屋に飾ってある。
とても綺麗な剣なので観賞用として優秀だった。
前回の旅行の記念品である。
「……奥様」
そっとヴィエラさんに話しかけられた。
ヴィエラさんの方から声をかけてくるのは珍しい。
話しかければきちんと受け答えしてくれるけれど、必要がない時には話さない人なので──使用人は大体そうだけど──珍しい。
「私も武器を購入してもよろしいでしょうか? 私物ですので、自分で購入したいのですが……」
……そういえばヴィエラさんも暗殺者だっけ。
でも武器を扱っているところは見たことがない。
ルルを見上げれば「いいんじゃなぁい」と言ったので、ヴィエラさんに頷き返す。
「はい、構いません」
「ありがとうございます」
ヴィエラさんが嬉しそうに微笑んだ。
浅黒い肌に、豊満な体つきの妖艶な美女なので、微笑むと色気が凄い。
……わたしには出せない色気だなあ。
あと、暗殺者はみんなそうなのか、武器を選ぶ時は生き生きしているというか、嬉しそうというか……。
子供が新しい玩具を見てる感じ、だろうか。
「ちなみに、ヴィエラさんってどういう武器を使っているんですか?」
こっそり訊くとヴィエラさんが目を瞬かせた。
「あら、そういえば奥様にはお見せしたことがございませんでしたね」
ヴィエラさんが腕を振ると、その手に大きな針のようなものが現れる。
針というか、 錐(キリ) というか。
でも柄がないので、やっぱり大きな針のようだ。
「刃先に毒が塗ってありますので、触らないようにお願いいたします」
ヴィエラさんの言葉に頷いて武器を眺める。
「これだと剣が相手の時に困りませんか?」
あっという間にポキリと折れてしまいそうだ。
そう訊けば、ヴィエラさんが針を仕舞い、今度はナイフをスカートの裾から取り出した。
「こういうものもございます」
「なるほど」
暗殺者が武器を出す時って手品を見てる気分になる。
このナイフなら剣を一、二撃受け流すくらいなら出来るのかもしれない。
「ですが、普段は先ほどの武器を使います。……私も暗殺者ですので。それに私が仕事をする時は、大抵、相手の気が緩んでいますから」
「そうなんですね」
ヴィエラさんも恐らく腕が立つのだろう。
うんうんと頷くわたしに、ヴィエラさんがナイフを仕舞い、並んでいる武器を見る。
そうしてヴィエラさんが並ぶナイフの中から、一本、手に取った。
「こちらを数本購入しようかと」
そのナイフは凄く小さくて、穴の空いた、不思議な形のものだった。
大きさで言うと手の平よりもやや小さいくらいだ。
くの字に曲がっていて、丁度曲がり目に穴がある。
不思議な形だけど装飾は一切ない。
「こういうオシャレなものではないんですね」
並んでいるナイフの中でも柄に装飾のあるものを指差せば、ルルとヴィエラさんが顔を見合わせた。
意外なことを聞いたという顔だった。
でもそれは一瞬で、すぐに何か気付いた様子でルルが言った。
「オレ達は一本ものの特別なものは使わないよぉ。ナイフを残しても足がつかないようにぃ、鋳造品でぇ、沢山作られてるものを使うんだぁ」
「それに定期的にナイフを交換することもございます。そうすることで同一人物の仕事だと分からないようにすることもあります」
ルルとヴィエラさんの説明に納得した。
先ほど、ルルがどれぐらい売れているのかとわざわざ訊いたのは、どれだけ多く造られているかという意味だったのだろう。
沢山あれば、当然、沢山売られている。
どういう人間が購入したのかたとえ控えられていても、いつ売ったナイフなのか判別することは出来ない。
特に鋳造したものはどれも同じ造りである。
……暗殺に使ったもので足がついたら意味ないよね。
そういうことにも気を遣うのだ。
「だから量産してるものほど使いやすいんだぁ」
それは暗殺に、という注釈がつくのだろう。
「色々制約があるんだね」
「まぁねぇ」
話がひと段落したところで店主が箱を抱えて戻って来た。
その箱の中にはルルが選んだナイフが沢山入っていて、結構な数がある。
「これくらいで足りますかね!」
ルルが箱を覗き込んで「うん」と頷く。
「すみません、それとは別に侍女もナイフを購入したいそうです」
「それはありがたい! どれですかい?」
「こちらです」
ヴィエラさんがナイフを見せると店主が何故か何度か頷いた。
「このホルスターも一緒に買うといいですよ!」
店主が勧めたのは腰に巻くベルトみたいなタイプのホルスターだった。
ヴィエラさんが試しにホルスターにナイフを入れると丁度ピッタリ収まり、幅広のベルトの裏側にナイフが隠れる。
それをヴィエラさんが試着する。
……あ、そういう感じにつけるんだ?
ナイフが背中の方にあり、穴が下向きに半分ほど出ていて、ヴィエラさんが後ろ手にその穴に指をかけると留め具が簡単に外れて一瞬で取り出せる。
手の平サイズの玩具みたいなナイフだ。
「買います」
何度かナイフを出し入れした後、ヴィエラさんが言い、店主が喜んでいた。
「いやいや、今日は良いものが見られました!」
「良いものですか?」
「ええ、こういった方々はそうと悟られないように過ごしていますからな!」
また、がはは、と笑う店主にヴィエラさんが苦笑する。
裏稼業の人達はそう簡単に自分の武器を見せたり、職業を明かしたりしない。
だから、ルルやヴィエラさんのようにこうして明かす人の方が稀なのは確かだろう。
「うちは信用第一ですからね! 他言はしません!」
その言葉を信用しておこう。
もしもうっかり口を滑らせて、それをルルが知った日には、この武器屋は店仕舞いになるかもしれない。
ルルのナイフとは別にヴィエラさんがお金を払う。
そうしてヴィエラさんは一度エプロンを外すと、腰にホルスターをつけ、その上からエプロンをつけ直した。
エプロンの紐でホルスターが上手い具合に隠れている。
「奥様をお守りするのに、やりすぎるということはございませんから」
それにルルが頷いた。
ルルは購入したナイフを箱ごと空間魔法に収納する。
刃は研いであるらしいが、ルルが使いやすいように後で研ぎ直すらしい。
それに新しい武器なので手に馴染むまでは、今まで使っていたナイフと併用していくようだ。
沢山買ったからか、店主は御機嫌だった。
「また近くに来たら寄ってくださいよ!」
そう言って、ルルもそれに頷いていた。
どうやら本格的にここを気に入ったみたいだ。
「いい武器、買えて良かったね」
「値段もわりと良心的だったしぃ、まあ、ちょ〜っと暑苦しいのを除けば悪くないかなぁ」
新しいナイフを購入したルルも御機嫌だった。
きっと、今夜わたしが寝た後にでもこっそり手入れをして使えるようにするのだろう。
見たい気もするが、見られていると落ち着かないかもしれないし黙っておこう。
お店の外に出て、馬車に乗り込む。
今日も良い買い物が出来た。