軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ウィルビリアへ(3)

* * * * *

翌朝、イヴリールの町を出立する。

リュシエンヌはなかなか起きられず、酷く眠そうな様子で侍女達に身支度を整えてもらい、ルフェーヴルが軽い朝食を食べさせた。

その間もほとんど目が閉じていた。

なんとかベッドに座っているものの、うとうとと若干眠りに落ちかけていて、少し面白い。

ただ、このまま歩かせるのは危なさそうだった。

そういうことで、準備が調うと、ルフェーヴルはほぼ寝こけているリュシエンヌを抱えて宿を出た。

馬車に乗ってもリュシエンヌは起きなかった。

外から扉が閉められ、ややあって、馬車がゆっくりと動き始める。

昨夜、ルフェーヴルのご褒美に付き合ってくれたリュシエンヌなので、疲れたのだろう。

ルフェーヴルも、リュシエンヌを抱えたまま、馬車の中で少しばかり位置を移動する。

席の角に移動し、背もたれと横の壁に寄りかかる。

リュシエンヌを落とさないようにしっかり抱え直し、ルフェーヴルも目を閉じる。

宿では一睡もしなかった。

初めての場所では滅多に眠らない。

昨夜も、ルフェーヴルはずっと起きていた。

イヴリールの町を出て、やっと、ルフェーヴルは少しだけ眠ることにした。

外には護衛達もいるし、戦闘に長けた御者達もおり、何かあってもルフェーヴルが出る必要はないだろう。

馬車の揺れがほどよく心地良い。

もし何かあっても馬車の壁を叩かれればすぐに起きられるので、問題ない。

体から力を抜いて、ゆっくりと深く呼吸をする。

しばらくして、ルフェーヴルは浅い眠りに落ちた。

* * * * *

ガタン、という揺れにふと目を覚ます。

恐らく大きな石でも踏んだのだろう。

ルフェーヴルは腕の中のリュシエンヌを抱え直しながら、その顔を覗き込んだ。

……あは、熟睡してる〜。

リュシエンヌは結構図太いところがある。

あまり長時間眠らないルフェーヴルとは反対に、リュシエンヌはよく寝るし、どこででも眠れるらしい。

幼い頃の後宮での暮らしはリュシエンヌの記憶に強く残っているようで『あそこに比べればどこも過ごしやすい』と思っているみたいだ。

熟睡しているからか、少し口が開いている。

ふに、と唇に触れれば柔らかい。

……口付けしたらさすがに起きちゃうかなぁ。

ふにふにとリュシエンヌの唇を触って遊んでいると、ぱくりと指先をかじられた。

食べ物でも食べる夢を見ているのか、緩く、唇で甘噛みされる。歯は立てられていないので痛くない。

手袋の指先にリュシエンヌの口紅が付く。

口から指をそっと引き抜いた。

成長した部分もあるけれど、変わらない部分もある。

少しだけカーテンを開けて太陽の位置を確認する。

そろそろ休憩に入る頃だ。

今度はリュシエンヌを起こした方がいいだろう。

「リュシー。……リュシー?」

名前を呼びながら唇に口付ける。

「ねぇ、そろそろ起きてぇ?」

頬、鼻先、目元、額と口付けていく。

くすぐったいのかリュシエンヌは「ん……」と声を漏らして、薄く目を開けた。

そこにもう一度、唇へ口付けた。

時間をかけてゆっくりと口付けをして、顔を離せば、赤い顔のリュシエンヌと目が合った。

「おはよぉ、リュシー」

ルフェーヴルの挨拶にリュシエンヌも応える。

「……おはよう、ルル」

赤い顔で、ふわっと幸せそうに微笑むリュシエンヌの頬をルフェーヴルは一度だけ撫でて、それから体を起こすリュシエンヌの背に手を添えて手伝った。

「喉渇いてなぁい?」

「少し、渇いたかも」

それに、空間魔法からグラスとピッチャーを取り出し、グラスに中身を注いでリュシエンヌへ渡す。

中身はリュシエンヌが好む果実水だ。

空間魔法に収納したものは時間が経過しない。

そのため、旅行に出る前に色々と詰め込んである。

グラスを受け取ったリュシエンヌは中身を少しずつ飲んでいく。

一杯飲み、おかわりがいるか訊くと首を振ったので、ルフェーヴルはグラスを受け取って、自分も一杯飲んでからグラスとピッチャーを片付けた。

「今、何時?」

ルフェーヴルが時計を出して確認する。

「昼前だねぇ。多分、もう休憩に入ると思うよぉ」

まだ少し眠たいのかリュシエンヌが目元をこする。

「今日のお昼は何かなあ。夢の中でね、前世にあったお菓子を食べる夢を見たの。そのせいかお腹が空いちゃった」

ルフェーヴルはふっと笑った。

実際、少しばかりルフェーヴルの指を咥えていたことは黙っておこう。

「どんなお菓子だったのぉ?」

「チョコレートのお菓子でね、細長く作った硬めの焼き菓子に、チョコレートが塗ってあるの。食べるとポキポキ音がして、食感も良くて、甘くて美味しいんだよ」

「そうなんだぁ」

結婚後、リュシエンヌはよくルフェーヴルに前世の話をするようになった。

しかし前世に未練があるわけではなく、どうやら、昔の記憶を思い出したから語っているだけのようだ。

ちなみに、前世の年齢を足すとリュシエンヌの方がルフェーヴルより歳上だと言われたが、ルフェーヴルからしたらあまりリュシエンヌの方が歳上だという感じはしない。

実年齢よりは落ち着きはあるけれど、まあ、年相応くらいに感じる。

むしろ王女として過ごしていた時の方が大人っぽかった気がする。

ルフェーヴルと結婚し、暮らすようになって、リュシエンヌは我慢をやめたので、それもリュシエンヌを年相応に感じる理由かもしれない。

今の方が、王女の頃より我が儘だ。

でも、それがかわいい。

「こっちでも作れると思うから、今度試してみるね」

それにルフェーヴルは頷いた。

「うん、楽しみにしてるよぉ」

そんな話をしているうちに、馬車の速度が落ちて、最後に小さく揺れて停まった。

コンコンと外から壁を叩かれる。

ルフェーヴルはコンと一回返した。

少しして、外から扉が開かれた。

ずっとカーテンをかけていたので、外から差し込む光が少し眩しく、リュシエンヌも目を細めた。

ルフェーヴルはリュシエンヌを抱えたまま馬車から降りる。

それから、リュシエンヌを地面へ下ろした。

「立てる〜?」

「大丈夫」

しっかりと地面に立ったリュシエンヌを確認して、腰からそっと手を離す。

ルフェーヴルはぐっと腕を上げて背筋を伸ばした。

馬車はそこそこ大きいものだが、長身のルフェーヴルからするとやや狭い。

窮屈ではないが、圧迫感が僅かにある。

それにカーテンを下ろしているので見通しも悪い。

……でもカーテン上げとくのはなぁ。

リュシエンヌは美しいので人目を引く。

通りすがりの別の旅行者達にジロジロと見られるのはリュシエンヌも好きではないだろうし、ルフェーヴルも、あまりリュシエンヌを不躾な視線に晒したくない。

「ありがとう、ルル」

ルフェーヴルは笑って頷いた。

「どういたしましてぇ」

* * * * *

お昼と午後に休憩を挟み、夕方、日の沈む前くらいにわたし達は目的地であるウィルビリアに到着した。

ウィルビリアは相変わらず堅牢な外壁で覆われていた。

街の出入り口の門で身元の確認をして、中へ通される。

今日は宿に泊まる予定らしい。

街の中に入ると途端に賑やかになる。

でも、カーテンは閉じたままなので、街並みを眺めることはない。

しばらく街中をゆっくり進み、そうして宿へ着く。

ルルが先に馬車から降りて、わたしも降ろしてもらい、見れば、三階建ての大きな宿だった。

見たところかなり綺麗なので、ここも恐らく、貴族専用みたいな宿なのだろう。

ルルと一緒に受付を済ませて、部屋へ向かう。

この宿には一泊するだけなので荷物はあまり下ろさないだろう。

宿の部屋はイヴリールの宿よりも広かった。

「ああ、疲れたー……」

思わず、ベッドに寝転がる。

ずっと馬車に乗っていただけなのに疲れた。

ルルもわたしの横に腰掛ける。

「ずっと座りっぱなしだったからねぇ」

乱れたわたしの髪をルルが手櫛で梳く。

「お腹空いてるなら、夕食でも食べに行く〜? まあ、行くって言ってもこの宿の食堂だけどねぇ」

「行く」

すぐに起き上がったわたしにルルが小さく笑って頷き、立ち上がると、手を差し出される。

その手を取れば、軽く引っ張られて立ち上がった。

メルティさんに留守を任せて部屋を後にする。

貴族が泊まる宿だけあって、どこも綺麗だし、お金をかけていて、品がある。

階段を下りて一階へ行き、宿の奥へ向かえば、そこには確かにレストランみたいな広いスペースになっていた。

中に入るとすぐに従業員らしき人が来て、テーブルの一つに通された。

まだ夕方にさしかかった頃だからか人気はない。

テーブルに座れば、従業員がメニュー表を持ってきた。

それを受け取って中を見る。

ウィルビレン湖があるから、料理の中には魚らしきものの名前が多く見られる。

「リュシーは何にするぅ?」

「うーん、せっかくだから魚料理がいいな」

「じゃあそれで適当に頼むねぇ」

ルルが手を上げるとすぐに従業員が近付いて来て、ルルが料理をいくつかと、飲み物を注文する。

従業員はメニュー表を引き取ると下がっていった。

「明日は湖の方にある別荘に移動するんだよね?」

わたしが訊くとルルが頷く。

「うん、クリューガー公爵家の持ってる別荘の一つを借りることになってるよぉ。公爵令嬢が迎えに来るってさぁ」

「お 義姉様(ねえさま) に会うのも久しぶりだなあ」

今回の旅行はそれも楽しみの一つだった。

クリューガー公爵家のエカチェリーナ=クリューガー公爵令嬢はお兄様の婚約者であり、わたしの未来の義理の姉になる人だ。

わたしが王女として公務に出るようになってから仲良くなった人で、公私ともに良くしてくれて、友人であり、未来の家族であり、わたしにとっては大切な人の一人でもあった。

「今回の旅行中、また案内してくれるらしいよぉ。オレとしてはリュシーと二人きりの方がいいんだけどぉ」

ルルが僅かに不満げな顔をする。

「でも、別荘まで泊まりに来るわけじゃないでしょ?」

「まぁねぇ。そうだったら絶対断ってたよぉ」

ルルはわたしがお義姉様と会うのを楽しみにしていることを知っていて、だから、二人きりじゃないのに不満を感じていても許してくれる。

話をしていると従業員が来て、飲み物を置いていった。

ルルがまずわたしのグラスの中身を一口飲んで確かめ、それから渡される。

……少し炭酸のあるリンゴジュース?

ルルも同じものを頼んだようだ。

それから更に少しして、料理が運ばれてくる。

テーブルの上に料理が並べられ、従業員は一礼すると静かに下がっていった。

ルルが自分の方のお皿の料理を一口ずつ食べて、全部を確かめ、そうして、わたしのお皿と交換する。

お礼を言えばルルがニコッと笑った。

フォークとナイフを手に取り、前菜を食べ始める。

「明日は別荘でゆっくり過ごすよぉ」

「そうなの? 観光は?」

「観光は明後日から〜。リュシーも公爵令嬢と話したいことが沢山あるでしょ? 一日くらい、ゆっくりトモダチと遊ぶ時間があってもいいかなってぇ」

ルルなりにわたしのことを考えてくれたようだ。

口元をナプキンで拭い、ルルの頬に軽くキスをした。

「ありがとう、ルル、大好き」

ルルが嬉しそうに目を細めた。

顔を戻し、食事を再開する。

「それでぇ、二日目は織物市場を見てぇ、三日目は宝飾店と武器屋もちょっと見たいかなぁ。四日目は屋台とか見て回りながら、久しぶりに買い食いしようよぉ」

「ふふ、ルルとのデート、楽しみ」

「オレもだよぉ」

王女になってからも時々、城下にこっそり出たことはあったけど、ルルとのデートはなかなか出来なかった。

学院の帰りにデートしようと話してた時もあったけれど、お兄様も一緒だったから、デートというにはちょっと違ったし。

ルルとお兄様と三人で買い物をするのも楽しいが、やっぱり、ルルとのデートがしたかった。

結婚し、引っ越してからは、とにかく屋敷にこもってルルとダラダラしていたからデートもしなかった。

あと近くの町にはあんまり行かないようにルルに言われている。

「なんで?」と訊いたら、ルルはこう言った。

「リュシーは美人で目立つからぁ、リュシー目当てで誰かが後をつけてこの屋敷に押し入ろうとするかもしれないしぃ。……そういうのは容赦しないけどぉ」

そもそも、あの屋敷に押し入ったとしても、ほぼ全員が戦える人達なので、押し入った方が危険だろう。

「もしかして、そういうこと、もうあったりした?」

貴族の屋敷なので、金目の物を目的に強盗や泥棒が入ろうとすることもあるかもしれない。

試しに訊いたらルルは「ないよぉ」と首を振ったけれど、それが事実なのかは分からない。

もし強盗や泥棒が入って、殺されていたとしても、きっとルルも他の人もわたしには何も言わないから。

……人様の家に無断で入る方が悪いんだけどね。

とりあえずルルの言葉を信じて、これからも誰も来ませんように、と願っておいた。

「別荘、楽しみだね。多分、前に来た時に見た貴族用の別荘の一つだよね?」

「そうだと思うよぉ」

「湖で遊んでもいいかな?」

ルルがキョトンとする。

「水遊びしたいの?」

それに頷き返す。

「水遊びって言うか、ほら、湖畔を裸足で歩いてみるとか、波打ち際で遊ぶとか、普段はそういうことしないからやってみたいなあって思って。……ダメ?」

「ん〜、寒くなぁい? まあ、リュシーがそうしたいなら、やってもいいと思うけどぉ」

ルルが不思議そうな顔をして小首を傾げる。

「ルルは興味ない?」

「そうだねぇ、素足になるのも濡れるのも、あんまり好きじゃないなぁ」

「そうなんだ」

そういえば、ルルは入浴してもすぐに出てくる。

あんまり長湯しないタイプなのかもしれない。

「公爵令嬢と遊んだら〜?」

「オレは見てるよぉ」と言われて頷き返す。

……明日が楽しみ。

お義姉様との久しぶりの再会だ。