作品タイトル不明
ウィルビリアへ(2)
メルティさんが「どうぞ」とお手拭きをくれて、ルルと二人で綺麗に手を拭く。
それからルルが手を伸ばしてサンドウィッチの一つを掴んだ。
無造作だけど、それから具が落ちることはない。
一口食べて、もぐもぐと咀嚼する。
頷いて、ルルがサンドウィッチをわたしへ渡す。
受け取って同じく一口かじった。
「美味しい!」
わたしの好きなたまごのサンドウィッチだ。
よくよく見れば、並んでいるものの中身はどれもわたしの好きな具材ばかりだった。
メルティさんとヴィエラさんが微笑んだ。
「それは良うございました」
「奥様、沢山召し上がってくださいね」
うん、と頷きながら残りを口に入れる。
その横でルルが次のサンドウィッチに手を伸ばして食べている。
わたしが食べ終わると、ルルが次を差し出し、それを受け取ってまた食べる。美味しい。
ルルは相変わらず一口で食べた。
一応、一口大と言っても実際は一口分より少し大きいのだけれど、体の大きなルルにとっては丁度良い大きさらしい。
……食べてるルルってかわいいなあ。
わたしの視線に気付いたルルが首を傾げる。
口の中のものを飲み込んでから「どうかしたぁ?」と訊かれたので「なんでもない」と首を振る。
ルルにかわいいと言ったら怒るだろうか。
怒りはしないけど、不思議な顔はされそうだ。
木陰の下で食べるサンドウィッチは美味しかった。
メルティさんとヴィエラさんお手製のサンドウィッチは御者や護衛達の分もあったようで、少し離れた場所で彼らも思い思いに分かれて食べている。
護衛は元々、 王女(わたし) 付きの騎士だった人々で、宮を守護していた騎士の中から、わたしとルルについて来ても良いと思った人達だけが来た。
お父様が言うには、志願者は結構いたらしく、その中で厳選した者をつけてくれたそうだ。
ルルとしても宮の守護をしていた騎士達とは面識もあるし、時々、手合わせもしていたので、それなりに信用しているようだった。
御者は全員、闇ギルドで雇った人達である。
一見どこにでもいそうな普通のおじさん達に見えるけど、きっと、その外見通りではないのだろう。
……こうしてみると変な組み合わせだよね。
元王女と暗殺者の夫婦に王女の侍女と元暗殺者の侍女、そうして王女の騎士に、闇ギルドで雇った謎の多い御者達。
ルルは使用人全員の経歴を把握してるという。
わたしは、興味はあるけれど、あんまり訊くとルルが嫉妬するので訊かないことにしている。
気にはなるが、ルルの機嫌を損ねてまで知りたいわけでもない。
「いい天気だね」
ルルが「うん」と頷いた。
「眠かったら、少し寝てもいいよぉ。出発する頃に起こしてあげるから〜」
ルルの大きな手が伸びてきて、それに導かれて布の上に横になる。頭はルルの膝の上だ。
……食べてすぐ横になると『牛になる』って言うけど……。
あれって、食べてすぐ寝ると太ると言いたいのか、それとも食べたものが逆流して口に戻って来るからすぐに横になるのは良くないという意味なのか。
だけど、食後に横になると気持ちいいのは確かである。
ルルに頭を撫でられながら、うとうとする時間がすごく好きだ。
たまに、囁くように話し声がして、でも、それは鳥の声や木々の葉擦れの音に溶けて消えていく。
わたしはルルの膝に頭を預けて、一時間ほど昼寝をした。
その間、ルルはずっとわたしの寝顔を眺めて過ごしたらしい。
* * * * *
ルルに起こされて、昼寝から目を覚ます。
ふあ、と欠伸をしながら起き上がれば、乱れた髪をルルが整えてくれた。
……まだ眠い……。
そのままルルに寄りかかると、頭上から微かに笑い混じりのルルの声がした。
「まだ眠い?」
それにこくりと頷けば、ルルがメルティさんを呼んだ。
うとうとするわたしの足に靴が履かせられる。
メルティさんが履かせてくれたようだ。
夢現に「ありがと、ございます……」となんとか呟けば、傍で「ふふ」とメルティさんのものだろう小さな笑い声がした。
瞼が重くて開けていられない……。
それでも、ルルに抱き上げられれば、反射的にその首に腕を回す。
少しだけ揺れるので、恐らくルルが歩いているのだろう。
ガチャ、と音がして、続いてふわっと微かな浮遊感があり、ルルがどこかに座る動きをした。
その膝の上に横向きに下される。
パタン、と音がして、瞼を押し上げれば馬車の中にいた。
ルルの手がわたしの頬に触れて、優しく撫でる。
その手が温かくて思わずすり寄れば、上から「かーわい……」と囁く声がして、顔を少しだけ上げさせられる。
ちゅ、と唇に柔らかいものが触れた。
この感触ももう慣れた。
ルルが毎日、何度もするから。
だけど、唇にするのは人目がないところだけ。
更に、頬、鼻、目元、額とルルがキスをする。
何度も繰り返されるそれに段々と目が冴えてくる。
最後にもう一度、唇にキスされた。
「起きたぁ?」
ルルの問いに、うん、と頷いた。
「おはよう、ルル」
「おはよう、リュシー」
しかし、この起こし方はあんまりして欲しくない。
きっとわたしの顔は赤くなっているだろう。
* * * * *
腕の中のリュシエンヌが赤い顔で見上げてくる。
恥ずかしいのか、潤んだ灰色の瞳にルフェーヴルはかけている幻影魔法のことを思い出して少し残念に思う。
あの琥珀の瞳で見つめられたい。
潤んだ琥珀の瞳はとても扇情的で、美しく、魅惑的で、吸い込まれるような輝きを持つ。
瞳の輝きだけが好きだというわけではないが、やはり、リュシエンヌの美しい顔に、あの宝石の琥珀に勝るとも劣らない美しい瞳があるのが一番好きだ。
「……ルル……」
羞恥心からか、やや震えた声で呼ばれる。
こういう時、ルフェーヴルの中にある嗜虐心がいつもムクムクと湧き上がってくる。
大切にしたい。──手荒くしたい。
可愛がりたい。──虐めたい。
相反する感情がルフェーヴルの胸の中でせめぎ合い。けれど、いつだって勝つのは前者だった。
「どうしたのぉ、リュシー?」
リュシエンヌの目元にかかる髪を避けて、耳にかけてやりながら、するりと形をなぞるように耳に触れる。
それだけでピクッと腕の中で細い体が反応する。
赤い顔のリュシエンヌに抗議される。
「その起こし方は、ずるい……」
ずるいよ、と子供みたいにもう一度言われる。
屋敷に居を移してから半年、ルフェーヴルとリュシエンヌはそれはもう、ものの見事に怠惰で欲に正直な生活を送っていた。
だらだら過ごして、好きなことをして。
そして夜になると求め合う。
それでも十八歳までは最後までしないと決めているため、リュシエンヌは処女性を失っていない。
……まあ、もらうのはいつでも出来るしぃ?
リュシエンヌの体に負担をかけないためにも、無理はするべきでない。
だけど、それなりのことはする。
リュシエンヌを翻弄した翌朝は、大体、リュシエンヌは疲れてしまってなかなか起きない。
そんなリュシエンヌを優しく起こす方法が、さっきのあれである。
普通に眠った時は軽い口付けで起こすだけなので、リュシエンヌからしたら、夜の行為を思い出すのだろう。
「あはは、ごめんねぇ?」
でも、あんまりにもリュシエンヌが可愛いから。
そういうことをしたくなってしまう。
だが実際にはしない。
馬車の中と言っても完全に音が遮断出来るわけではないし、魔法で内と外とを隔てて音を遮断することは出来るが、そうすると恐らく何人かはそれに気付く。
そして、何をしているか察するはずだ。
たとえ一瞬でも他人がリュシエンヌのそういう場面を想像するのが嫌だ。
だから屋敷でも、夜になると寝室やその近くの部屋は人払いをしている。
リュシエンヌの頬に謝罪の意味を込めて口付ける。
「もう、ルルってば、すぐそうやって誤魔化そうとするんだから……」
口では怒ったように言っていても、その表情は全く怒っていない。
試しに頬を差し出せば、同じように頬に口付けられる。
リュシエンヌはルフェーヴルに対して本気で怒ることがない。
元より、ルフェーヴル以外のことにはあまり興味がないようなので、当然と言えばそうだった。
「あのね、恥ずかしいから、あの起こし方はあんまりしないで? その、今まで通りはいいけど……」
もじもじとしながら言われて訊き返す。
「もうしないで、じゃなくてぇ?」
リュシエンヌは目を丸くした後、恥ずかしそうに視線を僅かに逸らし、けれどルフェーヴルを見た。
他には誰も聞いていないのに小声で囁く。
「……あの起こし方、すごく好きだけど、夜のことを思い出しちゃうから、普段は禁止。顔が赤くなって人前に出れないの」
それにルフェーヴルは笑顔で「分かったぁ」と言う。
リュシエンヌはあの起こし方が好き、と頭の片隅に書き込んでおく。
そういえば、あの起こし方をするとリュシエンヌはいつも幸せそうな顔をする。
「じゃあ、今まで通りにするねぇ」
リュシエンヌがこくりと頷く。
オレの奥さんすっごくかわいい、とルフェーヴルは内心で思いながら、愛しい妻に口付けたのだった。
* * * * *
昼食後、馬車に揺られて少しすると外からまた、壁が叩かれた。
ココンコン、とややリズミカルな音だった。
ルルが「イヴリールに着いたみたいだよぉ」と言う。
わたしが知らないだけで、叩く音にはきちんと意味があるようだ。
馬車の揺れがゆっくりになり、やがて停まる。
ややあって、扉が外から叩かれた。
今度はコンココンだった。
ルルが一度だけ、コン、と叩き返す。
それから扉が開けられた。
ルルが先に出て、休憩の時のように馬車から降ろされる。
街と呼ぶには小さくて、村と呼ぶには大きい。
見回したイヴリールの町はそんなところだ。
石造りの家よりも多分、木造の家の方が多いかもしれない。家はどれも二階建てだ。色には統一感がなく、しかし、それが逆に可愛く見える。
前に来た時はそのまま町長の家まで行って、町を眺める余裕がなかったけれど、こうしてみると綺麗な町並みだ。
王都に近く、貴族もよく通るからか、町全体が小綺麗で、道もしっかりしている。
「今日はココに泊まるよぉ」
顔を正面に戻せば、白と淡い水色で塗られた清潔そうな可愛らしい建物があった。
「かわいい」
思わず呟けば、ルルも「そうだねぇ」と頷いた。
メルティさん達も馬車から降りてきて、宿の扉を開けたので、ルルにエスコートされて中へ入る。
中も白と淡い水色を基調としていてオシャレだ。
ルルが宿の人と話をして、先にお金を支払う。
わたしとルル、メルティさん、ヴィエラさん、騎士八名に御者が三名。全員で十五名。大所帯だ。
しかし予約を入れてあったようで、宿の人は「ああ、ニコルソン様ですね」と明るい表情でルルに鍵を渡した。
それからメルティさん達と、騎士達、御者達の分の鍵も渡される。
鍵の数からして、メルティさんとヴィエラさんは同室で、騎士達は四人部屋が二つ、御者は三人部屋が一つといった感じである。
ルルがふと何かに気付いた様子で宿の人に手招きをして、宿の人が耳を寄せると、そこに何か囁いた。
本当に小さな声だったので内容は聞き取れない。
ただ、ルルが更にお金をいくらか渡すと宿の人は訳知り顔で「ええ、お好きにお使いください」と頷いた。
首を傾げたわたしにルルがふっと目元を和らげた。
「部屋、好きに使っていいってぇ」
「そっか」
……まあ、あんまり汚くするつもりはないけど。
ルルが上機嫌で他の鍵をメルティさんに渡し、わたしの手を引いて、宿の階段へ向かう。
メルティさんは鍵を渡すのと、荷物を降ろすためか、外へ出て行った。
宿も二階建てだったが、奥に広いようで、階段を上がると建物の丁度真ん中に廊下があり、左右に部屋があった。
ルルは廊下を歩いて、一番突き当たりから一つ手前の扉に鍵を差した。
ガチャ、と鍵を回して抜くと、ドアノブに手をかけて扉を開けた。
内装も可愛らしい部屋だった。
家具は一つ一つが丁寧に手がかけられているらしく、角は全て丸く削ってあった。
シンプルだけど、よく見ると薄く彫刻が施してあって、控えめだけどそれが可愛い。
テーブルセットとクローゼット、それと大きなベッドが一つ。部屋の角はタイル張りで、衝立が二つ立ててあり、中には大きなタライがあった。
お風呂の代わりだろう。
こういうのは初めてだけど、大きなタライはちょっとワクワクする。
「侍女の部屋は正面でぇ、左右は騎士、右斜め前が御者の部屋だよぉ」
タライを眺めているとルルが後ろに立った。
「一応、警備の関係上そうしてあるからぁ」
「うん、分かった」
ルルに手を引かれてベッドに腰掛ける。
思ったよりもふかふかのベッドだった。
ルルもそう感じたのか「おやっ」という顔をしてベッドを触った。
眠くないけれど、わたしはベッドにうつ伏せに寝転がった。
……うん、悪くない感じ。
わたしの真似をするように、ルルも仰向けに寝転がる。
チラ、と横目に見られてドキリとする。
……流し目ルルも格好良い……。
「これならリュシーの負担は少なそうだねぇ」
ルルが愉快そうに笑う。
「負担?」
訊き返せば、ルルの手が伸びてきて、わたしの鼻先を指でちょんとつついた。
「奥さんに優しい夫の、夜の特別なご褒美」
意味が分かって顔が熱くなる。
それは、つまり、そういうことだ。
ベッドに顔を埋めたわたしの頭をルルが撫でる。
「リュシーはいつまでも初々しいよねぇ」
「そこがいいんだけどぉ」と耳元で囁かれる。
「まだちょっと明るいし、食事、してない……」
苦し紛れに言ったわたしにルルが笑う。
食事がまだってどういうことなのか、自分でも意味が分からなかったけど、ルルは気にしなかった。
「じゃあ食欲を満たしたあとで 色々(・・) しよーね?」
完全な墓穴を掘った瞬間だった。