軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ウィルビリアへ(1)

お兄様とお父様に会った翌日。

わたし達は馬車に乗り、王都を後にした。

馬車は全部で三台で、一つにわたしとルルが乗り、もう一つにメルティさんとヴィエラさんが、最後の一台は荷物用である。

護衛が八人もついているので子爵家の旅行にしては少々大所帯だけれど、ルルいわく「リュシーは王女サマなんだから、本当は全然足りないよぉ」とのことだった。

……まあ、王女と言ってももう降嫁したけど。

今のわたしはリュシエンヌ=ニコルソン子爵夫人である。

ルルの奥さん、と思うと自然と笑みが浮かぶ。

「御機嫌だねぇ、リュシー?」

横に座ってわたしの腰を抱き寄せたルルが言う。

「うん、わたし、ルルの奥さんになったんだなあって思ったら嬉しくて」

「婚姻してからもう一年以上は経ってるのに実感なかったのぉ?」

「あったけど、やっぱり、こう、そうなんだなあってふと感じる時があって、そういう時がすごく幸せなの」

ルルに甘えるように寄りかかれば、ひょいと抱えられ、ルルの膝の上に降ろされる。

「オレもリュシーの夫になれて幸せだよぉ」

ちゅ、と唇が重ねられる。

離れた唇に今度はわたしの方からキスをする。

ルルが満足そうに喉で小さく笑った。

馬車のカーテンは下ろされており、外から中の様子が見えることはない。

唇を離してルルに寄りかかる。

「ルル、我が儘聞いてくれてありがとう」

今回の新婚旅行でわたしは二つの我が儘を言った。

一つは、ルルの師匠に会いたいということ。

それと、もう一つ。

ルルからしたら師匠に会うことよりも、もう一つの方が、少し気に入らないようだったけど。

「他でもないリュシーのオネガイだからねぇ」

わたしがルルにお願いしたのは、旅行の途中でバウムンド伯爵領へ行きたい、というものだった。

バウムンド伯爵領は以前、わたしがクリューガー公爵領に旅行に行った時、お兄様が視察に向かった場所である。

ワインとブドウジュースが美味しい所で、そして、そこには大きな修道院があり、その修道院にはオーリがいる。

この世界とよく似た前世の乙女ゲーム『光差す世界で君と』のヒロインだった、オーリことオリヴィエ=セリエールは学院を途中で辞め、修道院へ入ったのだ。

あれから一年が経った。

オーリとは手紙のやり取りをして、必要そうなものをリニアさんやメルティさん、ヴィエラさんと相談して、時々送っている。寄付金も実は匿名で送った。

いつもオーリは丁寧な返事をくれる。

修道院での生活に最近は慣れたそうで、最初の頃に比べて、手紙の内容も楽しそうな雰囲気がある。

それにわたしは心底ホッとした。

悪いのは、わたしと同じ転生者にしてオーリの中に存在していた 彼女(・・) だったが、オーリは 彼女(・・) の罪をも被った形になってしまった。

本当なら、オーリが修道院に行く必要はない。

それでも騒ぎを起こし、多くの人に迷惑をかけたからとオーリは修道院に自ら進んで行った。

そのオーリのことが気になったのだ。

ルルの師匠は東の森にいると言う。

訊いたところ、バウムンド伯爵領よりも更に東に位置する深い森の中に住んでいるそうで、どうせバウムンド伯爵領を通るなら、オーリの様子を見たいと頼んだ。

ルルも最初は難色を示していた。

「手紙のやり取りしてるでしょ〜? あれこれ物も贈って寄付金も渡してあるんだしぃ、そこまでリュシーが気にかけなくても良くなぁい?」

ルルとしてはわたしがオーリのことを気にかけているのが面白くないらしい。

結婚して、屋敷に移ってから、ルルのわたしへの執着はいっそう強くなった気がする。

最近ではわたしが他の誰かに興味や関心を向けただけでも、ちょっと不満そうな顔を見せる。

……でも、それを嬉しいって思っちゃうわたしも大概おかしいんだけどね。

だから普段は『ルル以外に興味ありません』という態度で過ごしている。

「ごめんね。今回様子を見て、大丈夫そうだったら、もう見に行きたいなんて言わないから」

「『大丈夫そうだったら?』」

わたしの言葉に引っかかりを感じたらしいルルに訊き返されて『あ、これはダメなやつだ』と直感が働いた。

ルルはもう連れて行きたくないのだろう。

「……えっと、今回だけです……」

そう言えば、ルルがうんうんと頷いた。

「そうだよねぇ、今回だけで十分だよぉ。あっちにも一応監視がついてるんだしぃ、心配することないってぇ」

スリスリとルルにすり寄られる。

それに、両手を伸ばしてルルの首に腕を回す。

ルルはあんまり人に触られるのが好きじゃないみたいだけど、わたしのことは別と思ってくれている。

むしろ、触れていると安心するようだ。

わたしもルルにくっついていると安心する。

だからわたし達は大抵、どこかが触れ合っている。

「そうだね」

オーリには一生監視がつく。

オーリ自身は何も悪くないけれど。

そして、オーリはそれを知らない。

知らなくて済むなら、一生気付かない方がいい。

「ところで、旅の日程はどんな感じに決まったの?」

旅は全部、ルル任せにしていた。

旅慣れていないわたしよりも、ルルに任せた方が絶対にいいと思ったし、これ以上我が儘を言って困らせたくないから。

「ああ、説明しておくよぉ」

ルルが空間魔法を展開させて、そこから地図を取り出した。

膝の上に座っているわたしの、その膝の上に地図を広げ、王都を指で示す。

「ここが王都でぇ、今日中にイヴリールに着いてココで一晩泊まるよぉ。それから明日の朝、早くに町を出てぇ、夕方頃にウィルビリアに到着する予定かなぁ」

ルルの指が地図の上にある街道を辿り、途中の町を示した後、更に東にあるウィルビリアの街を指差した。

イヴリールとは、以前お兄様と一緒に来た時に途中で宿泊した、あの元気な町長さんのいる町だ。

だけど、今回は町長さんの家には泊まらない。

わたしは現在、子爵夫人なのと、あまり目立ちたくないのもあって、普通にちょっと裕福な貴族の夫妻が旅行しているという体で旅をしている。

町では少し良い宿で泊まることで決まっている。

ちなみに、ルルに魔法をかけてもらい、瞳の色も今は灰色に変えてある。

前に闇ギルドに行った時にした変装だ。

……変装というには目の色を変えただけだ。

でも、王都の外では王女の姿を知る者は少ないので、わざわざ頑張って変装しなくても、琥珀の瞳さえ誤魔化せれば十分だろうということだった。

お父様やお兄様と違い、わたしは肖像画もほとんど残していない。

公の行事には出ていたけれど、目立たないようにしていたし、貴族ならともかく、平民は見えても遠目にしかわたしを見られなかったから、外見もそこまで細かく覚えられていない。

王都の孤児院の人達は別だが。

どちらにしても王都を出れば、王女リュシエンヌ=ラ・ファイエットの顔を知る平民はあまりいない。

堂々と子爵夫人として過ごしてもバレないのだ。

「ふふ、あの町長さんに会えないのはちょっと残念だけどね。面白い人だったから」

「ええ〜? アレ、鬱陶しくなぁい?」

「うーん、否定は出来ないかなあ……」

明るくて、元気で、騒がしくて、憎めない。

でも確かにルルの言う通り、ずっとあの調子だと鬱陶しく感じてしまうかもしれない。

「宿で二人っきりでゆっくりしよぉ?」

頬に頬を寄せられる。

怪しい手つきで腰を撫でられて、苦笑する。

闇ギルドランク一位に輝く暗殺者だけある。

……ルルって体力おばけだよね。

女神様の加護の影響もあるだろう。

身体能力が高まって、体力もあり余っているのかもしれない。

「えっと、その、明日動けなくなるのは困らない、かな?」

ルルが手を取って、手の平にキスをする。

「馬車の移動だから大丈夫だよぉ」

怪しく細められた灰色の瞳にドキリとする。

でも嫌だとは思わない。

ルルがわたしに甘いように、わたしもルルに甘いのだ。

* * * * *

ガタゴトと揺れていた馬車が止まる。

それにルルが顔を上げた。

同時に、コンコン、と御者の乗る方が軽く叩かれる。

ルルがふわっとわたしを横に移動させ、立ち上がると、御者の方にある小窓を開けた。

外から「休憩地点に着きました」と声がした。

ルルは「分かったよぉ」と返事をして小窓を閉めた。

「外に出よっかぁ」

「うん」

ルルが内側から扉を開ける。

軽い動作で先にルルが馬車から降りて、わたしに両手を差し出した。

それに身を任せれば、両脇に手を入れられ、ひょいと馬車から降ろされる。

踏んだ土は思ったよりも柔らかかった。

「あ」

すぐそばに小川が流れているその場所は見覚えがあった。

「前回来た時もココで休んだんだよぉ」

ルルの言葉に頷いた。

メルティさんとヴィエラさんがテキパキと動いて、木陰に布を敷いたり、クッションを置いたり、休憩の準備をし始める。

見上げれば太陽は真上に近い。

「周りでも散策して時間潰そっかぁ」

「また川見てもいい?」

「いいよぉ」

ルルにエスコートしてもらい、小川に近付く。

王女の時に比べたら軽いドレスなので、以前よりかは動きやすいが、それでもドレスはドレスだ。

小川のほとりから中を覗き込む。

水中には水草が生え、小魚が泳いでいる。

小魚はわたしの影がかかると驚いたように逃げてしまったが、少し離れた場所に行くと、また流れに逆らうような格好でゆったりと泳ぐ。

さわさわと風が流れて木立ちが揺れた。

森特有の青々とした匂いがする。

屋敷の外に行くと、よく嗅ぐ匂いだ。

わたしとルルの暮らす屋敷は町の外れの森にあるため、人気もなく、木々が人目から屋敷を隠すように生えている。

あえてそういう場所を選んだのだ。

喧騒から離れて、ルルとわたし、二人だけの世界で過ごせるように。

「あの魚はあんまり美味しくないんだっけ?」

ふと、前に来た時にルルにした質問を思い出す。

「ん〜? あ〜、あれは前に見たのと似てるけど、違う魚だねぇ。前のは美味しくないけど、あそこにいるのは、大きくなればそこそこ美味しいよぉ」

「小さなうちは?」

「骨が多くて食べ難いかなぁ」

「食べられないことはないけどぉ」とルルが言う。

前回もそうだけれど、きっとルルの経験談だろう。

なんでも食べるルルが『美味しくない』と言うことは、本当に美味しくないということだ。

そしてルルが美味しいと言うなら美味しいのだ。

どんな味がするのかな、と魚を眺める。

それに気付いたのかルルも魚を見る。

「食べたいなら魔法で獲れるよぉ?」

ちょっと考えて、首を振った。

「ううん、今は要らない」

美味しいと言っても、屋敷の料理人が作ってくれる料理の方が美味しいだろう。

ルルが笑って「魚は命拾いしたねぇ」と言った。

その瞬間、バシャっと魚のいたところの水が飛沫を上げたのでビックリした。

一瞬、影が通り抜ける。

「……鳥?」

僅かな瞬間だったけれど、確かに鳥らしきものが飛沫の中に見えた。

ルルが頭上を見上げて「あ〜ぁ」と呟く。

「あの魚、命拾い出来なかったねぇ」

どうやら一匹、鳥が魚を獲っていったらしい。

見上げてみたけれど、もうどこにも鳥はいなかった。

「食べられちゃったね」

「そうだねぇ」

小川に顔を戻すと魚はいなくなっていた。

「……料理人の作った料理と魚、どっちが美味しいと思う?」

「料理人の料理だよぉ」

「じゃあ、やっぱり要らないかな」

鳥は料理人の作った料理は食べられないから。

わたしは魚を食べられなくても生きていけるけど、鳥は多分、魚を食べないと生きていけない。

そうして小川を眺めているとメルティさんの声がした。

「奥様、旦那様、準備が整いました!」

それにルルが軽く手を上げた。

「オレ達も昼食にしよっか?」

「そうだね。動いてないけど、魚の話をしたからか、お腹が空いた気がする」

「リュシーの体は素直だねぇ」

ルルにエスコートされながら小川を離れ、木陰に向かえば、綺麗な布が下に敷かれ、クッションや膝掛けなどが置かれており、居心地が良さそうだった。

近くの切り株にハンカチを敷いて、その上にルルはわたしを座らせると、わたしのブーツの紐を解く。

靴を脱いだ足は、屈んでいるルルの膝に乗せさせてもらい、もう片方も脱げるとルルがわたしを抱き上げ、布の上に下ろす。

そうして、ルルは靴を履いたまま足を外に投げ出すようにわたしの横に座った。

職業柄なのか、ルルは基本的に靴を脱がない。

屋敷で眠る時はさすがに脱ぐようになったけれど、結婚する前はルルが靴を脱いだところを見たことがなかった。

ヴィエラさんがグラスを差し出し、それをルルが受け取り、中に水が注がれる。

多分、わたしが好んで飲んでいる果実水だろう。

ルルが一口飲んで確かめた後、グラスを渡される。

「ありがとう、ルル、ヴィエラさん」

グラスに口をつけて飲む。

思った通り、飲み慣れた味がした。

横でルルがもう一つグラスをもらって、同じく果実水を注いでもらうと一息で飲み干した。

そろそろ秋も深まろうという頃だが、今年の夏はまだ一生懸命しがみついているらしく、なかなか暑さが弱まらない。

夜は少し肌寒いが、昼間はまだ暑い。

だけどルルはきっちり着込んでいるわりに、汗ひとつ掻いていないようだ。

メルティさんがわたし達の前にバスケットを置いた。

その中にはサンドウィッチが入っていた。

「昨夜のうちに宿の厨房をお借りして、ヴィエラと一緒に作っておきました」

思わず「おお」と感嘆の声が漏れた。

メルティさんとヴィエラさんの手作り。

十二年も付き合いがあるけれど、メルティさんの手作りというのは初めてだった。

ルルも「へぇ」と物珍しそうに返事をした。