作品タイトル不明
家族の再会
お兄様達と連絡が取れるようになって。
式を挙げてから八ヶ月近く経ったその日、わたし達は新婚旅行に出かけることにした。
今回の旅行先はクリューガー公爵領である。
ただその前に一度お兄様達と会うことになった。
久しぶりにお兄様達に会える。
王都にこっそり馬車で来たが、王城にはわたしとルルだけで行く。ルルのスキルを使って気付かれないように入るため、侍女や護衛は同行出来ない。
ドレスの上から目深にローブを着る。
「行ってらっしゃいませ。私達の分まで楽しんで来てくださいね」
「奥様、お気を付けて」
メルティさんとヴィエラさんが宿の部屋で見送ってくれる。
「お帰りは何時頃になりますか?」
「ん〜、夕方前には戻るかなぁ」
「かしこまりました」
ルルとヴィエラさんが話している。
ルルがわたしを抱き寄せた。
「じゃあ行ってくるねぇ」
「行ってきます」
ルルが詠唱を口にする。
そうして足元に転移魔法の魔法式が浮かび上がる。
ふわ、と一瞬の浮遊感と共に景色が変わった。
華やかな建物の中に転移したのだ。
そこにはお兄様の侍従の一人が待っていた。
「ようこそお越しくださいました」
見覚えのある部屋だ。
わたしが結婚する前、まだ王城にいた頃によくお兄様と過ごした部屋だと見回して気付く。
「どうぞこちらへ。アリスティード様が先ほどより『まだ着かないのか?』とそわそわしながらお待ちしております」
侍従の言葉にクスと笑ってしまう。
何となくそんなお兄様が想像出来たから。
案内をしてもらい、部屋を出る。
廊下に人気が全くないのはわたし達が通るためだろう。
恐らく使用人達ですら、立ち入り禁止になっている可能性があった。
廊下を抜けて通されたのはお兄様の執務室のすぐ近くにある部屋だった。
ここには何度か来たことがある。
執務室に近いこの部屋に通されるのは、それだけ信頼出来る人間という証なのだ。
侍従が扉を叩けば、中から誰何の声がする。
それに侍従が答えて扉を開ける。
広い室内にはファイエット邸と似たような、あまり華美さはなく、実用的で、重厚な造りの家具が並んでいた。
部屋の中央に置かれた丸テーブル。
そこにお兄様がいた。
「お兄様!」
久しぶりに見たお兄様に思わず駆け寄る。
お兄様も立ち上がり、駆け寄ったわたしが手を取ると優しく握り返してくれた。
「久しぶりだな、リュシエンヌ」
王女の時には走ることはなかったので、はしたないと怒られるかと思ったが、お兄様は笑って許してくれた。
「少し見ない間に大人っぽくなったかと思ったが、まだまだ子供のようだ」
そう言ってお兄様がくつくつと笑った。
「だって久しぶりだったから嬉しくて」
「私も会えて嬉しい」
わたし達のところへルルが歩いて来る。
どうぞ、と椅子を引かれてそこへ腰掛けた。
わたしの右隣にお兄様が座り、左隣にルルが座る。
テーブルの上には美味しそうな軽食やお菓子がこれでもかというくらい置かれていた。
「うわあ、どれも美味しそうです……!」
思わずどれから食べようか悩んでしまう。
それにお兄様が頷いた。
「今日は精霊が来ると伝えたら料理長達が張り切ってくれてな」
「精霊って……」
「似たようなものだろう? リュシエンヌ達のために、二人が好きなものを作ってもらったんだ」
貴族の中には屋敷や領地からなかなか出て来ない者や姿を表さない者のことを精霊と比喩する表現がある。
その点で言えば確かにわたし達はそうかもしれない。
改めてテーブルを見る。
お兄様の言う通り、わたしとルルが好んで食べるものばかりが並んでいた。
お兄様が席を立ち、紅茶を淹れてくれる。
その手慣れた様子からして、学院卒業後もあの頃と同じように自分で紅茶を淹れているのだろう。
わたしとルルと、お兄様の分。
「少し遅れるが父上も後で来るそうだ」
お兄様の言葉に嬉しくなる。
「お父様も? 嬉しいです」
「父上もリュシエンヌに会いたがっていたからな。そうだ、エカチェリーナにはきちんと伝えておいたぞ。ほら、初日はこの宿に泊まるようにと手紙も預かっている。二日目からは別荘を貸してくれるそうだ」
お兄様が差し出した手紙を受け取る。
その場で開封して中身を確認した。
「どう、ルル?」
「リュシーが安全ならオレはどこでも構わないよぉ」
お兄様が苦笑する。
「エカチェリーナは既に休暇を取って先に領地へ戻っている。本当はこの茶会にも来たがっていたが、最初くらいは兄と父、妹でのんびりと過ごしたかったんだ」
「エカチェリーナには悪いが」と言う。
お義姉様にも会いたい。
けれども、確かに最初はお兄様とお父様と四人で会いたいと思っていたのでお兄様の気遣いはありがたかった。
それにお義姉様とはまた後で会える。
ルルが自分の分の紅茶を一口飲み、わたしのものと入れ替える。
もはや癖になっているそれにお兄様は何も言わなかった。
そして取り皿にルルが色々なお菓子や軽食を取ってくれて、少しずつ、ルルがそれを口にして確かめる。
その間に紅茶を少し飲む。
「あれ、前より美味しい……」
元々お兄様の淹れてくれる紅茶は美味しかったけれど、今の方がもっと上手に淹れられているようだった。
席に戻ったお兄様が頷いた。
「ああ、紅茶を淹れるのが存外楽しくてな。公務の合間に息抜きで色々と学んでいたら侍従やメイド達よりも上手くなってしまった」
「まあ」
肩を竦めるお兄様に笑ってしまう。
しかし本当にお兄様の淹れた紅茶は美味しい。
冗談ではなく本当のことなのだろう。
ルルがわたしの前にお皿を置いた。
「ありがとう、ルル」
お礼も兼ねてルルの頬にキスをする。
「どういたしましてぇ」
ルルがお返しとばかりにわたしの頬へキスをした。
席に座り直すとお兄様が目を丸くしている。
……あ、そっか。
わたしとルルにとってはもう、こういったやり取りは日常的なものだけれど、お兄様はこの八ヶ月離れていたので知らないのだ。
こほん、とお兄様が軽く咳払いをする。
「仲が良いのは構わないが。……いつもそうなのか?」
お兄様の問いにルルが頷く。
「そうだよぉ。オレ達ずぅーっと一緒だしぃ? もう夫婦なんだからこれくらい普通でしょぉ?」
「お前の普通を勝手に常識にするな」
お兄様が小さく息を吐き、そして安心したような笑みを浮かべた。
「だが二人とも幸せそうで良かった。魔道具で見ていたが、やはりこうして直に顔を合わせないと分からないこともあるからな」
それにわたしも頷いた。
「そうですね、お兄様もしばらく見ない間に以前よりも格好良くなっています」
魔道具で連絡を取り合っていたけれど、実際に見たお兄様は以前よりも精悍な顔つきになり、体格も少し良くなった気がする。
ルルと並ぶと体格的には同じくらいだろうか。
まだお兄様の方が背は低いと思う。
「そうか?」
お兄様が嬉しそうに笑った。
ルルが「オレに比べたらまだまだだけどねぇ」と言い、それにお兄様が「私は暗殺者を目指しているわけではない」と返す。
二人のやり取りは気安さを感じる。
……二人が仲良いのはいいことだ。
ニコニコしているとお兄様が私を見た。
「使用人達とも仲良くやれていると言っていたが、気難しい者も多いだろう?」
それにわたしは首を傾げた。
「確かに気難しいと言えばそうかもしれませんが、物静かなだけで、みんな優しいです。わたしが話を聞きたいって言っても嫌がらずに教えてくれます」
「それは凄いな」
「そうなんですか?」
お屋敷の使用人達は物静かで控えめだ。
でも別に気難しいというほどでもない気がする。
挨拶も返してくれるし、話しかければきちんと答えてくれるし、わたしが質問しても鬱陶しがらずに相手をしてくれる。
それについて話すとお兄様が小さく唸った。
「それが珍しいんだ。私の影達はもう何年も付き合っているけれど、自分のことは全く話さないし、必要以上は出て来ない。いつも隠れてしまう」
「そこは忠誠心の表れの違いじゃなぁい? アリスティードの影達は王家に仕える者として裏で動いているけどぉ、オレ達の家の使用人は表で動いてるしぃ。何よりリュシーが人付き合いが上手いんだよぉ」
「なるほど」
ルルの言葉にお兄様が頷いた。
別に人付き合いはそんなに上手くないと思う。
むしろ、どちらかというとルル以外への関心が薄くて、それを使用人達には悟られているような気がする。
興味があって質問することはあるものの、その人自身への興味というよりは、自分の知らないことへの関心の方が強い。
だからわたしはその人自身のことについては、本人が話さない限り訊かない。
闇ギルド経由で雇った人達なので、色々とこれまで人に話せないようなことだってしているだろう。
それをわざわざ掘り起こす気もない。
その無関心さが使用人達にとっては良いのではとわたしは考えている。
そんな話をしていると部屋の扉が叩かれた。
開いた扉から現れたのはお父様だった。
「お父様、お久しぶりです……!」
立ち上がり、駆け寄って、でも立ち止まった。
お父様の手をいきなり掴んだら流石に怒られるだろうか。
「ああ、久しぶりだな。遅れてすまない」
そんなわたしの手をお父様がスッと取る。
「いいえ、お忙しい中でこうして来ていただけただけで嬉しいです」
国王陛下であるお父様はいつだって忙しい。
きっとスケジュールを調整して来てくれたに違いない。
それが分かるから、こうして顔を見られることがとても嬉しかった。
お兄様が席を立ってお父様の分の紅茶を用意する。
わたしは短い距離だけどお父様にエスコートしてもらって席へ戻る。
「お兄様もお父様もお元気そうで良かったです」
二人にはルル経由で連絡魔法を付与した魔道具を渡してあったし、何度かやり取りをしたけれど、こうして会うのがやはり一番だ。
席に座ったわたしの頭をお父様が撫でる。
「リュシエンヌも元気そうで何よりだ」
そうしてわたしの正面、ルルの更に左に座った。
お兄様がお父様の前へティーカップとソーサーを置き、椅子へ腰掛けた。
「お父様もお兄様もお忙しいでしょう? 無理はしていませんか?」
「大丈夫だ、無理はしてない」
「ああ、アリスティードの言う通り問題ない」
「それならいいんですが……。二人とも少し痩せたような気がします」
……気のせいならいいんだけど。
それにお兄様とお父様が何かに気付いた顔をする。
顔も色味も似通った二人だから、揃って同じような顔をされると毎回面白いなと感じてしまう。
「最近、私もアリスティードも騎士達と交流する機会を増やしたんだ。だから少し痩せたかもしれない」
「騎士の鍛錬の時間に時々混ざることにしたんだ。まあ、私は以前よりそうしていたが」
お父様とお兄様の言葉になるほどと思う。
痩せたには痩せたけれど、運動で痩せたのか。
……いや、引き締まったというべきかな?
「お父様とお兄様が騎士達と剣を交わすところを見られないのが残念です」
きっととても格好良いだろう。
「オレのスキルでこっそり見に行く〜?」
ルルがお菓子を差し出しながら言う。
それにぱくりとかじりつく。
きちんと咀嚼して、飲み込んでから答えた。
「うーん、それだとルルも大変だし。……あ、映像を魔道具に記録しておくのは?」
「それならば可能だ。そうだな、今度騎士達と鍛錬する際に記録しておこう。記録した魔道具は闇ギルド経由で送るか?」
「いんやぁ、オレが取りに来るよぉ。そういう映像がうっかりどっかから漏れちゃうと困るでしょぉ?」
お父様とお兄様が目を丸くする。
酷く驚いた顔をする二人にルルが首を傾げた。
「なぁにぃ、その顔〜」
それにお父様とお兄様が顔を見合わせた。
「いや、お前にしては珍しく私達のことを考えていると思ってな……」
お父様の言葉にお兄様が横で頷く。
ルルが不満そうな顔をした。
「リュシーと結婚したんだよぉ? 王サマもアリスティードもぉ、一応家族ってことになるでしょぉ? アンタ達に何かあれば悲しむのはリュシーなんだしぃ」
「あのルフェーヴルがまともなことを言っている……」
「おい、大丈夫か? 変なものでも食べたか?」
お父様はどこか感慨深そうに、お兄様が心底心配した様子で、ルルを見る。
ルルがお兄様をジロリと睨んだ。
「紅茶ぶっかけてやろうか?」
かなり本気の声にお兄様が「すまない、冗談が過ぎたようだ」と即座に謝った。
ルルが持ち上げかけていた紅茶を飲む。
「そうか、ルフェーヴルも私の義理の息子になるわけか。最初から理解していたが、こうして本人に言われると不思議な気持ちだな」
お父様が頷きながら言う。
ルルの灰色の瞳が二度瞬いた。
「オレも『 義父上(ちちうえ) 』って呼ぼうかぁ?」
その声はからかっているものだった。
しかしお父様はそれに「そうだな」と頷いた。
今度はルルが目を丸くした。
「本気で言ってる〜?」
「ああ、本気だ。お前は娘であるリュシエンヌの夫なのだから、これからは私のことは 義父(ちち) と呼べ」
「ええ〜……」
ルルが若干嫌そうな顔をしたけれど、考えるように一度視線を落とし、それから「まあいいけどぉ」とあっさり頷いた。
わたしとお兄様が驚いた。
「ええ?!」
「何だと?! それなら私は 義兄(あに) と呼べっ」
ルルが首を振った。
「それは無理〜。年下の兄とか嫌だよぉ。今まで通りアリスティードでいいじゃぁん」
そう言ってルルがお父様を見る。
「そういうことでこれからもヨロシクねぇ、 義父上(ちちうえ) ?」
お父様が小さく笑った。
「ああ、娘を頼んだぞ、ルフェーヴル」
こうして驚くわたしとお兄様を他所に、お父様とルルが父と息子になった。
お兄様は最後まで粘ったけれど、ルルは断固としてお兄様を 義兄(あに) と呼ぶことはなかった。
驚くことはあったが久しぶりの家族の再会は楽しく、終始和やかな雰囲気で終わったのだった。
お父様は三十分ほどいたものの、公務が残っているからと名残惜しげに去っていった。
久しぶりのお茶会は二時間ほどで終わった。
帰りにお兄様がお土産と称して色々持たせてくれて、あっという間のお出かけだった。
帰りもお兄様とお兄様の侍従に見送られながら転移魔法で戻れば、宿ではメルティさん達に出迎えられた。
「楽しい一時を過ごせたようですね」
わたしの顔を見てメルティさんが微笑んだ。
「うん、凄く楽しかったよ」
次に行くのが楽しみである。
ちなみに後で話をした際に、ルルがお父様のことを「 義父上(ちちうえ) 」と呼んだことでメルティさん達が仰天していたのだけれど、それはまた別の話だ。