作品タイトル不明
闇ギルドランキング(2)
* * * * *
ルフェーヴルは久しぶりの地下闘技場に、少しばかり気が昂ぶっていた。
何せ、ここに以前来たのは十四年も前の話である。
あの頃にランク二位に入ってから、これまで、ルフェーヴルに戦いを挑んだ者はいない。
何故ならランク三位がその座を死守し続けていたからだ。
ランクを上げるには一人ずつ確実に対戦し、勝たなければ次の者に挑む権利は与えられない。
ルフェーヴルの下にいる三位がその地位を維持している以上、その三位くらいしか、ルフェーヴルに挑む権利を持つ者はいないのだ。
ちなみにその三位はルフェーヴルに戦いを挑むことはなかった。
三位の者は自分の力量を理解している。
ルフェーヴルと似ていて、勝てない戦いは極力しない主義なのだ。
闘技場の控え室に入る。
どうせすぐに試合が始まるので座る必要もない。
十四年前、ルフェーヴルはハインリヒと戦った。
その時は後一歩及ばなかった。
ルフェーヴルは力で負けていた。
久しぶりに再会したハインリヒは以前よりもまたガタイが良くなっており、中年になったが、あの頃よりもむしろ力が増しているようだった。
……いいねぇ。
ルフェーヴルの口角が引き上がる。
十四年前のルフェーヴルなら惨敗したかもしれないが、今のルフェーヴルならば話は違う。
リュシエンヌと共にいる間も鍛錬を欠かさず続け、歳を重ねたことで体も成長し、そして女神の祝福を受けた。
魔力も体力も比べ物にならないほどに上がった。
ランクを二十年近く守り続けているというハインリヒを見ても、以前ほど脅威を感じなくなった。
それでも気を抜ける相手ではないが。
全力で戦う相手としては過不足なしだ。
控え室の扉が叩かれた。
「試合の時間だ」
闘技場の人間が声をかけてくる。
「分かってるよぉ」
ルフェーヴルはローブを脱ぐと、近くの椅子に引っ掛けて歩き出す。
開けられた扉を潜り、通路の向こうにある明かりへと向かいながら、ワクワクしていた。
……やっと全力を出せるかなぁ。
それが一番の楽しみだ。
通路を抜けてルフェーヴルが闘技場内に姿を現すと歓声が上がった。
滅多に姿を見ることの出来ない暗殺者が現れたのだから、見物に来た者達は身を乗り出してルフェーヴルの姿を見ようとする。
反対側からハインリヒが同様に出て来たが、向こうは観客に手を振っている。
そして両者共に闘技場の中央で向かい合う。
「ルー坊と戦うのは十年ぶりか?」
「十四年ぶりだよぉ」
「相変わらず細けえなあ」
ハインリヒが笑う。
「全力で行くからぁ、死にたくなかったらアンタも全力でやるんだねぇ」
ルフェーヴルの言葉にハインリヒが口角を上げた。
「良いねえ! 戦ってこそ男ってもんだ!」
それまでの屈託のない笑顔だったハインリヒの顔に、獰猛な笑みが浮かぶ。
ルフェーヴルも軽薄に笑って目を細める。
ハインリヒが構えを取る。
ルフェーヴルは佇んでいる。
そして試合開始の笛が鳴り響いた。
……さあ、遊ぼう。
最初に動き出したのはルフェーヴルだった。
佇んでいた体がフラリと倒れるように傾き、その勢いのまま低い体勢で走り出す。
その素早い動きにハインリヒが拳を握る。
「ハァッ!!」
目の前まで来たルフェーヴルにハインリヒが拳を突き出す。
それだけの行為なのに、パァンッと空気を弾く音が響き、ルフェーヴルがくるりと一回転してそれを避ける。
その回転の勢いのまま片足がしなり、鞭のようにハインリヒに向かった。
ガツンと鈍い音を立ててハインリヒが空いたもう片腕を盾にしてルフェーヴルの回し蹴りを防いだ。
ルフェーヴルがその腕を蹴って距離を置く。
そこへハインリヒが突進する。
着地したと同時にルフェーヴルは右へ跳ねた。
次の瞬間、ルフェーヴルのいた場所をハインリヒの拳が襲い、床とぶつかって酷く硬質な音を立てた。
「もう強化かけてるのぉ?」
ハインリヒがゆっくりと立ち上がった。
「ルー坊が全力で来いって言ったんだぜ?」
「そうだねぇ」
「お前さんこそ、そろそろ全力で来いよ」
フラフラと左右に揺れていたルフェーヴルの体が止まる。
「うん、そうするよぉ」
言って、ルフェーヴルも小さく身体強化の詠唱を口にした。
全身が強化され、軽くなり、重みを感じなくなる。
そしてルフェーヴルは駆け出した。
ハインリヒも駆け出した。
一瞬で互いの距離が縮まり、眼前に迫る。
二つの拳が互いに向かう。
そしてガキィイインッッと甲高い音が、風圧と共に闘技場に響き、周囲の床の埃をいくらか舞い上げた。
ハインリヒとルフェーヴル。
体格だけで見るならばルフェーヴルの方が明らかに負けてしまうと思われたが、ハインリヒの拳とルフェーヴルの拳はぶつかり合い、力が拮抗する。
「その体格でよく俺の拳を受けたな! 俺と力で対等に戦える奴なんて初めてだ! どんな訓練をしたんだ?!」
距離を置き、ハインリヒが嬉しそうに叫ぶ。
以前のルフェーヴルなら正面から受け止めるなんてことは出来なかったし、やろうとも思わなかっただろう。
「女神の祝福を受けたんでねぇ」
「はは、そうか、それなら納得だ!」
ルフェーヴルの言葉をハインリヒはどうやら冗談として受け取ったようだ。
それにルフェーヴルは内心で「事実なんだけどなぁ」と思いながら僅かに小首を傾げた。
「どうやらお前さんとはこっちで戦った方が楽しめそうだ!」
ハインリヒが構えを解いて武器を手にする。
腰に差していた反りのある、随分と細くて長い刃の剣だ。
ルフェーヴルはあれが非常に切れ味の良い武器だと知っている。
過去にハインリヒとルフェーヴルは共に依頼を受けたことがあり、その際にあれを使い、一撃でハインリヒは人間の頭を断ち切った。
あの頃は人間の為せる技ではないと感じた。
今も結構わりと本気でそう思っている。
でも、負ける気はしなかった。
ルフェーヴルも上着の隙間から愛用するナイフを両手に構える。
これには麻痺毒が塗ってあるので、掠るだけで、あっという間に動けなくなる。
……まあ、コイツにどこまで効くかは謎だけどねぇ。
裏社会の人間の大半は毒に耐性を持つ。
それを考慮した上でかなりの量の麻痺毒を塗ってあるけれど、そう簡単には当てさせてくれないだろう。
……いいねぇ、楽しいよぉ。
互いにジリジリと距離を詰める。
どちらも隙がない。
それを悟ったのか、ルフェーヴルとハインリヒは同時に地面を蹴って相手へ切りかかった。
* * * * *
「うわぁ……」
ソファーから立ち上がって窓に寄る。
ガラス越し、闘技場の真ん中でルルがバッヘルさんと戦っている。
……多分、凄いことしてると思うんだけど……。
あまりに二人の動きが早過ぎて目が追いつかない。
先ほどまでは二人とも素手で戦っていたけれど、それは少しの間のことで、武器を出してからが本番だったようだ。
恐らくルルとバッヘルさんは武器で互いに切りつけ合い、受け流したり弾いたり、色々としてる。
それは甲高い音とたまに見える火花みたいなもので分かるのだが、いかんせん動きが早くて、何だか現実に思えないのだ。
ガラスに鼻先が当たるほど顔を近付けて見る。
……本当に今まで本気じゃなかったんだ。
お兄様や騎士達と手合わせしている時もかなり強いのではと感じていたけれど、今見ている光景は全く次元が違う。
身体強化をしているのだろう。
そうだとしても火花が散るほど武器をぶつけ合うなんて想像もつかなかった。
「ルル、楽しそう」
遠目でもルルが楽しそうなのが分かる。
動きが俊敏で、まるで小動物が動くようにルルは一箇所に留まることなく右へ左へ忙しなく動き回っている。
それによく跳ねる。
その動きがとても軽快で、ルルの性格のように気ままな風にも見えて、ルルらしい動きである。
しかも何本もナイフを投げつけている。
……ルル、何本ナイフ持ってるんだろう?
最低でも五本以上は投擲した気がする。
「お分かりになりますか?」
ヴィエラさんが少し驚いた声で訊いてくる。
「はい、動きがそういう風に見えます」
「奥様は鋭い観察眼をお持ちですね。確かに、今の旦那様は本気で戦いを楽しんでいらっしゃるようです」
「でも早過ぎて何をやってるのか全部は分からないです……」
もっと目が追いついて何をしているのか分かればルルの格好良さも更に理解出来るのだが。
だがヴィエラさんが苦笑した。
「奥様、今の旦那様とバッヘル様の戦いは私共でも完全に目で追い切ることは出来ません。それほど早いのです。奥様が分からないのも無理はございません」
それに思わず振り返る。
「そうなんですか?」
「はい」
「……はい」
わたしの問いかけにヴィエラさんとブロンデルさんが頷いた。
同じく戦闘に長けているだろう二人でも目で追い切れないということは、わたしみたいな戦いなんて全く分からない人間が動きを理解出来ないのは仕方ないのだろう。
……そうなんだ。
少し残念な気持ちになりながら顔を戻す。
……ルル、頑張れ!
心の中でルルに声援を送る。
その瞬間、まるで心の声が通じたようにルルがほんの一瞬だがこちらを見た気がした。
* * * * *
スパッ、と眼前を刃が駆け抜けていく。
前髪が僅かに切れて床へ散る。
「戦いの最中によそ見なんて余裕だな!」
ハインリヒの言葉にルフェーヴルは顔を戻した。
気のせいかもしれないが、リュシエンヌの声が聞こえた気がしたのだ。
闘技場の内側から特別席まではかなりの距離があり、ガラスも挟んでおり、何より周囲の歓声で互いの声なんて届かないはずなのに。
「ごめんごめぇん、奥さんの声が聞こえた気がしてさぁ」
「おいおい、こんな時でも惚気か?」
「あ、そう聞こえちゃったぁ?」
悪びれもなくルフェーヴルは笑った。
「全く羨ましい奴だぜ」
ハインリヒと武器を合わせる。
この腕に感じる衝撃も、重みも、擦れ合う刃の感触も、何もかもが楽しくて堪らない。
合わせた刃で力が拮抗する。
「そうだ、お前が負けたらあの王女様に結婚の申し込みでもしてみようかねえ」
「奪い取るのも悪くないもんだ」とハインリヒが言う。
それが挑発なのだとルフェーヴルは理解していた。
理解していたが、殺気を抑えることが出来なかった。
「は?」
ぶわ、とルフェーヴルを中心に埃が舞う。
ハインリヒは無意識のうちに、気付けばルフェーヴルと距離を置いていた。
ゆらりと立つルフェーヴルから殺気があふれている。
これまでに感じたことがないほどの殺気だ。
殺気は魔力と同じ。
つまりはあふれる殺気の度合いで相手の魔力量がある程度は測れる。
チリチリと肌を刺す殺気に重くのしかかる威圧感。
自分で挑発しておきながら、ハインリヒは「少し早まったか……?」と苦く笑った。
以前ルフェーヴルと戦った時のことをハインリヒはよく覚えていた。
まだ随分と若い少年であったのに非常に強く、優秀で、成長後が楽しみだと思っていた。
十四年経ち、成長したルフェーヴルは前回よりも確実に強くなっていると一目見て分かった。
だが、どうやら自分は甘く見ていたらしいとハインリヒは感じる殺気にジリ、と地面を踏み締める。
「冗談でも許さない」
間延びしていない口調が怒りを表していた。
本来、暗殺者は感情的になることを許されない。
どんな時でも冷静に戦い、相手を殺す。
少なくともハインリヒが知っているルフェーヴルはそうであった。
この十四年の間にルフェーヴルは変化したようだ。
暗殺者として、感情的になることは半人前と言われても仕方のないはずなのに、何故か背中に冷や汗が流れる。
「リュシーはオレのだ」
とんでもない殺気を放っているのに声は淡々として、それが逆にルフェーヴルの怒りを感じ取れる。
そしてその通り、ルフェーヴルは怒っていた。
リュシエンヌに求婚するということは、ルフェーヴルから奪おうとしているということだ。
冗談だろうが本気だろうが関係ない。
それはルフェーヴルの怒りを生み出すには十分な理由であった。
ルフェーヴルが魔法の詠唱を口にする。
そのことに気付いたハインリヒが詠唱を中断させるためにルフェーヴルへ刃を向けたが、切ったと思ったルフェーヴルの姿がグニャリと歪む。
ハインリヒがハッと息を呑む。
幻惑魔法だ。
では本物は、とハインリヒの思考が働いた時、背後で空気が揺れるのをハインリヒは感じた。
振り向き様に刃を横薙ぎに振る。
だがそれは空を切った。
「反省しろ」
ゴッとハインリヒの体全体に強い衝撃が走る。
吹き飛ぶハインリヒを見ながら、ルフェーヴルは操っていた幻惑魔法を消した。
ルフェーヴルは先ほどハインリヒが距離を取った時、こっそりと詠唱を済ませていた。
その上で幻惑魔法によりルフェーヴルは自分の偽物を生み出し、スキルにより気配を断ち、偽物の背後で殺気を放っていた。
ハインリヒが偽物の詠唱を止めるべく切りかかり、わざとそれを切らせ、その背後に更にもう一つ幻惑魔法で偽のルフェーヴルを出現させた。
同時にそこに空間魔法を展開させることで空気の揺れを生み出した。
気配に鋭い者ほど空気の揺れにも敏感だ。
それにかかったハインリヒにルフェーヴルは風属性魔法で衝撃を加えつつ、吹き飛ばしたのだった。
普通の人間ならば死んでいるだろう衝撃だ。
しかしルフェーヴルは確信していた。
……それくらいじゃあ死なないでしょ。
実際、壁に叩きつけられたハインリヒは大きく噎せて地面に落ちたけれど、立ち上がろうとした。
そこへルフェーヴルはナイフを投擲し、駆け出した。
ナイフがハインリヒの頬を掠める。
ルフェーヴルは上半身を起こしかけたハインリヒの背中に勢いを殺さずに全力の踵落としを叩き込んだ。
下から「かはっ……」と音がする。
そのまま頭部へ追撃を加えようとしたルフェーヴルの耳に声が届いた。
「ま、まて、待て……! 俺の負けだ!」
ピタ、とルフェーヴルの拳がハインリヒの顔面数センチ前で止まった。
ハインリヒが両手を上げて降参の仕草を見せたことで、試合終了の笛が闘技場内に響き渡った。
ルフェーヴルは拳を止めたままだ。
ハインリヒが起き上がる。
けれどもルフェーヴルはその拳をハインリヒの頭へ容赦なく落とした。
「いってえ! ……ぐ、おま、これ麻痺毒かっ?!」
殴られた頭を押さえようとしたハインリヒが呻きながら、横へばったりと倒れ込んだ。
すぐに闘技場の脇から治療師がやって来る。
ハインリヒが治癒魔法と解毒魔法を受けるのを横目にルフェーヴルは空間魔法で投擲したナイフを全て回収する。
体についた埃をルフェーヴルが払っていれば、回復したハインリヒが立ち上がった。
「冗談だって分かってただろ?」
「冗談でも嫌なことってあるでしょぉ? 自分の宝物を狙う強盗に優しくする必要ある〜?」
即答したルフェーヴルにハインリヒが頭を掻いた。
「あー、すまない、そこまで入れ込んでるとは思わなかった。悪い!」
頭を下げるハインリヒにルフェーヴルは小さく息を吐き、空気を和らげた。
「次はないよぉ?」
「さすがにもうそんなことはしない。お前の実力も分かったしな。魔法も使われたら俺は敵わない」
実はハインリヒは身体強化と最低限の初級魔法しか、扱える魔法がない。
それでも身体強化が他の追随を許さないほどに強かったため、これまで一位の座を守ってこられた。
だがそれも今日までの話である。
「謝罪の代わりって言ったらアレだが、もうしばらくの間は二位の座を守ってやるよ。そうすれば大事な宝物の近くにいる時間が伸びるだろ?」
ルフェーヴルは目を細めた。
「最低五年は保ってよぉ?」
その言葉にハインリヒが苦笑する。
「分かった。出来る限りはやってみるさ」
ハインリヒが手を差し出す。
十四年前戦った時にはしなかった。
ルフェーヴルはハインリヒの差し出した手に自分の手を近付け、そうしてパンっと軽く叩いて手を合わせたのだった。
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