作品タイトル不明
闇ギルドランキング(3)
ルルとバッヘルさんの戦いが終わった。
勝ったのは当然ルルだった。
……ルルが勝つって分かってたけど。
ランク一位の人との戦いなので確かに凄いのだろうけれど、何というか、思っていたよりもルルに余裕があったように見えた。
ソファーへ腰掛ける。
これでルルがランク一位ということだ。
……わたしの旦那様、凄い。
ぼんやり闘技場を眺めていると扉が叩かれた。
ブロンデルさんが動き、扉が開けられる。
「戻ったよぉ」
ルルのいつも通りの声がする。
「お帰り、ルル。一位おめでとう!」
立ち上がって、近付いてきたルルにギュッと抱き着けばしっかりと抱き締められる。
同じようにギュッと力が込められた。
しかし、先ほどまでの戦いぶりを見るに、きっとかなり力加減をして抱き寄せてくれているのだろう。
そう思うと余計に嬉しいような、照れくさいような気持ちになる。
「ありがと〜、リュシー」
体を離したルルが嬉しそうに言う。
離れると、ルルの後ろからバッヘルさんが入って来ており、わたし達を微笑ましげな目で見ていた。
「おうおう、いいねえ美人な嫁さんがいて」
「羨ましいでしょぉ?」
「ああ、羨ましい」
話しながらもルルの手はわたしの腰に回ったままだ。
「バッヘルさんはご結婚なさらないのですか?」
思わず問えば、バッヘルさんが肩を竦めた。
「裏社会にいて結婚してる方が珍しいしなあ。俺は国外での仕事が多いから、特定の相手は作らないな」
「そうなんですね」
やはりルルやヴィエラさん達の方が珍しいようだ。
それで寂しくないのかな、とも思うけれど特定の相手を決めてしまえば弱点にもなるから作らない方がいいのかもしれない。
そんな話をしているとまた扉が叩かれた。
ブロンデルさんがもう一度出て、対応し、入ってきたのはギルド長だった。
「失礼します」
部屋に入り、礼を執ったギルド長の後ろでフードの人が会釈するように浅く頭を下げる。
……無口だけど礼儀正しい人だ。
それからギルド長がフードの人に手を差し出す。
するとフードの人が空間魔法を使用して、随分と大きくなった袋を取り出した。
あれはわたしが賭けたお金の戻しだろうか。
「こちらが王女殿下の配当金となります」
「おめでとうございます」とギルド長が差し出したそれを、ルルが受け取った。
「ん〜? ちょっと多くなぁい?」
ルルが何度か袋を持った手を上下に動かす。
ギルド長が頷いた。
「ええ、結婚式を挙げたとのことですので、遅ればせながらお祝い金と入場料からの支払いも含めてありますよ」
それにバッヘルさんが顎を擦る。
「太っ腹だなあ。ところで俺の分は?」
「ああ、そうですね」
ギルド長の言葉にフードの人が別の袋をバッヘルさんへ投げ渡した。
受け取ったバッヘルさんが眉を下げる。
「思ったより少ねえなあ」
「あなたは負けたでしょう」
「でも今回は結構客が入ってたし、そこそこ儲かってるんじゃねえのか?」
残念そうな顔をするバッヘルさんにギルド長はしれっとした顔で頷いた。
「ええ、それなりには稼がせていただきました」
「ならもうちょっとくれてもいいんじゃないか?」
「試合出場者に支払う額は決まっています。勝者ならともかく、今回、あなたは負けたのですから仕方ありませんね」
「本当、お前さんは金にはうるさいよな」
その言葉をギルド長は「褒め言葉として受け取っておきます」とさらりと受け流した。
そうしてルルの方へ顔を向ける。
「それより、本当にまだ復帰しないつもりですか?」
ギルド長がルルへ問う。
「うん、あと一年弱くらいは戻る気ないよぉ」
「そうですか、一位になったことであなたに舞い込む依頼は更に増えると思いますが……。一年後なら仕事を引き受けても問題ありませんか?」
「そうだねぇ……」
ルルがわたしを見下ろす。
それにわたしもルルを見上げた。
灰色の瞳に問いかけられて考える。
我が儘を言えばルルには裏の仕事なんて危ないことはして欲しくないのだが、今日の戦いぶりを見るに、わたしの心配は杞憂なのだろう。
何より、ルルはこれまでその仕事をしていた。
わたしがそれを止める権利はないと思う。
「ルルのしたいようにしていいよ。わたしは家でちゃんとルルの帰りを待ってるから」
ルルの灰色の瞳が一度瞬いた。
「いいのぉ?」
「うん。戦ってるルルは凄く生き生きしてた。そういうの、好きなんだよね?」
「まあ、どっちかと言えば好きだねぇ」
「それなら続ければいいと思う」
ルルが小首を傾げて少し考える仕草をした後、一つ頷いた。
「分かったぁ」
そしてギルド長の方を見た。
「一年後ならいいよぉ。でもこっちから声かけるからぁ、それまでは入れないでぇ」
「分かりました」
ギルド長が頷く。
そういうことで、そうなった。
バッヘルさんが「俺の仕事は減らなさそうだな」と笑い、ルルが離れている間、他の人に仕事が回ってしまうのだと気が付いた。
「あの、ごめんなさい。仕事を増やしてしまって」
だがバッヘルさんは手を振った。
「いやいや、仕事があるのは良いことだ。こっちとしては稼げるうちに稼いでおかなきゃな」
「アンタにはまだしばらくは現役でいてもらうけどねぇ」
「ああ、そのつもりだ」
どうやらその辺りに関しては問題ないらしい。
ルルが空間魔法を展開し、手に持っていた袋をそこへ放り込んだ。
「じゃあオレ達はそろそろ帰るよぉ」
ルルの言葉にギルド長が苦笑する。
「もうですか?」
「うん。他に何か用でもあった〜?」
「いえ、久しぶりに顔を合わせたのでもう少し話でもと思っただけです。そういえばあなたはこういうことはあまり気にしない方でしたね」
「まぁねぇ」
僅かに残念そうな雰囲気はしたが、ギルド長も引き留めてまでではなかったようだ。
「では、また何かありましたら連絡をください」
「うん、その時はヨロシク〜」
ルルが詠唱を唱え始める。
このまま、ここから転移するのだろう。
「嫁さんと仲良くやれよ、ルー坊」
詠唱を唱えるルルにバッヘルさんが言う。
ルルが頷いた。
そしてバッヘルさんはわたしを見た。
「ルー坊をよろしくな、お姫さん。……二人で幸せになれよ」
それにわたしは笑った。
「ルルがいるだけで、わたしはもう幸せです」
ギュッと抱き寄せられる。
詠唱を終えたルルが言った。
「オレもリュシーがいれば幸せだよぉ」
「そうか、なら良いんだ」
バッヘルさんがニッと笑う。
足元に魔法式が展開され、ふわっとした浮遊感と共に景色が移り変わる。
一瞬でわたし達はお屋敷の暗い庭先に戻る。
我が家に帰って来た。
「さあ、中に入ろ〜」
ルルの言葉にわたしは頷いた。
魔法の光に気付いたのか、すぐにリニアさんやメルティさん、執事のクウェンサーさんがやって来た。
「お帰りなさいませ、旦那様、奥様」と声を揃えて迎えられる。
「久しぶりの外出はいかがでしたか?」
「思っていたよりも早いご帰宅でしたね。楽しめましたか?」
リニアさんとメルティさんの言葉にわたしは深く頷いた。
「後でルルがどれだけ格好良かったか話すね」
二人がクスクスと笑った。
「ふふ、かしこまりました」
「そのご様子ですと一晩中語り明かすことになりそうですね」
横でクウェンサーさんがルルを肘でつつきながらニヤニヤと笑っており、ルルがそれを少し鬱陶しそうにしていた。
「相変わらずお熱いことで」
だが避けない辺り、満更でもないのだろう。
やはり我が家が一番である。
* * * * *
ルフェーヴル達が転移魔法で帰った後。
特別席に残されたアサドとハインリヒ、そしてアサドの護衛について来ていたランク第三位のゾイ=ウィバリーは消えていく魔法を眺めた。
ハインリヒがソファーにどっかりと腰を下ろす。
「あーあ、俺も美人で優しい俺だけを好きでいてくれる嫁さんが欲しいぜ」
言いながら、リュシエンヌ達が全く手をつけなかったワインボトルを開け、グラスに注ぐとそれをアサドへ差し出しつつ、残りにそのまま口をつけた。
それに呆れた顔をしつつもアサドはグラスを受け取った。
既に闘技場では次の試合が行われている。
だが、やはり先ほどまでの熱気はない。
「そういう女性は数人、いるではありませんか」
「アイツらはダメだ。多分今回のことで離れてくのもいるだろうな。ランク一位の男だからこそ付き合ってるって女も多いぞ」
「まあ、そうでしょうね」
アサドがハインリヒの顔を見て言った。
ハインリヒは男から見れば、男らしくて格好良い男だが、異性から見ると少々むさ苦しいところがある。
だが闇ギルドのランク一位という肩書きはなかなかに響くようで、実はハインリヒはその座について以降、女に困ったことがない。
常に数人と関係を持ち、誰かを特別視することもなく、金払いも良い。
地位もあり、金もあるハインリヒに近寄る女は後を絶たなかった。
……ルー坊もそういやあ、よく女に追いかけられてたよなあ。
ただハインリヒと違ってルフェーヴルは異性から好意を持たれることを鬱陶しく感じるようだった。
それに昔は若かったルフェーヴルは他の裏社会の人間に絡まれることも少なくなかった。
勿論、そういう人間は容赦なく叩きのめされていたけれど、絡まれたり追いかけられたりすること自体が嫌らしく、そのうち普段からも姿を隠すようになった。
恐らく固有のスキルだろう。
スキルで隠れたルフェーヴルを見つけ出すのは不可能で、ハインリヒも、スキルで隠れられると見つけられない。
しかし若い頃のルフェーヴルは今よりも殺気や気配を隠すのが下手で、それを頼りにハインリヒは戦えた。
……まあ、今のルー坊は気配を完全に消すことが出来るみたいだし、俺もまだまだ鍛えないとダメかねえ。
年下の暗殺者に負けて、少なからずハインリヒの心にも火が点いた。
これまで一位の座に長くいたことで気が緩んでいたのかもしれない。
しかも自分よりも強い相手が現れた。
昔は明らかに自分よりも弱かった相手が、自分よりも格段に強くなって、打ち負かされた。
「俺も鍛え直さないとな」
一位の座に未練はない。
戦って負けたのは事実である。
だがせっかく自分よりも強い相手が現れたのだ。
その高みへ自分も至りたいと思うのは、戦いを、強さを求める男ならば当たり前だろう。
「……まだ筋肉を増やす気か」
ゾイが淡々と呟く。
ソファーの横に立つゾイをハインリヒは見た。
「おう、筋肉は男の夢だろ?」
「よくそれで剣が折れないな」
「自分の得物だ、そんなヘマはしないさ」
ハインリヒとゾイが会話をする。
ランク上位の人間同士だが、険悪さはない。
ゾイは三位という自分の立ち位置に満足しており、それ以上を目指すこともない。
彼女は自身の力量を正しく理解していた。
「それにしても、ルー坊は一体いつからお姫さんと関係を持つようになったんだ?」
ハインリヒはいつも国外を飛び回っていた。
だから、まさかルフェーヴルが結婚して夫婦になっているとは思いもしなかったのである。
アサドがそれに答えた。
「十一年、いえ、もう十二年近く前からですよ」
「そんなに前から?!」
「ええ、殿下のお傍にいるために裏の仕事を減らして、ずっと侍従として仕えておりましたね」
はあ、とハインリヒが感心した風に息を吐く。
「それはまた、随分と長い間片想いしてたんだな」
アサドがそれに苦笑する。
「いいえ、片想いではありませんでしたよ。最初から彼と殿下は両想いだったそうです。実際、二人で屋敷を購入しにも来ましたよ」
「……あのお姫さん、その頃からルー坊の本職を知ってたのか?」
「ええ、それも最初から知っておられたようです」
「見た目以上に剛毅なお姫さんってことか」
それにはアサドも頷くしかなかった。
ハインリヒが笑った。
「まあ、それくらいじゃなきゃルー坊の相手は無理だろうけどな」
「そうですね」
アサドだけでなく、ゾイも頷いた。
王女と暗殺者という立場の二人だけれど、並んで立っている姿は非常にお似合いだった。
今日は変装のために王女は瞳の色を変えていた。
そのため茶髪に灰色の瞳の二人を見て、ハインリヒは最初は兄妹だと勘違いしたが、夫婦だと言われればなるほどしっくりくる。
しかも互いに信頼しているのが少しやり取りを見るだけでもよく分かる。
「新たな王者に、そして幸福な二人に乾杯」
ハインリヒがワインボトルを掲げる。
それにアサドも半分ほど中身を飲んだグラスを同様に掲げ、小さく笑った。
「乾杯」
ワインボトルとグラスが控えめにカチンと触れる。
そしてハインリヒとアサドは中身を飲み干したのだった。
* * * * *