作品タイトル不明
闇ギルドランキング(1)
新しいお屋敷に移って半年が過ぎた。
ルルのところに珍しく手紙が届いたという。
何でも闇ギルドからのもので、ギルドランク一位の人が長期の依頼を終えて帰って来たそうだ。
それで、ルルがずっと前から言っていた「手合わせ」が実現出来ることとなったので、指定した日に来るようにとのことだった。
手紙を見たルルが「げっ」と声を上げた。
「アサドの奴、金儲けする気かぁ」
面倒臭そうな顔でそうぼやいた。
「何て書いてあるの?」
「ん、読んでいいよぉ」
ぴら、と差し出された手紙を受け取って読む。
ランク一位のバッヘルが戻ったこと。
ルルが以前より言っていた手合わせを行うこと。
場所は地下闘技場で行うこと。
一週間後の指定の日に闇ギルド本部へ来るように。
簡単に言えばそういう内容だった。
「地下闘技場って?」
まず、王都にそんなものがあるのが驚きだ。
「闇ギルドの持ってる倉庫の一つに地下を広ぉく掘って作った場所があってぇ、そこを闘技場としてこっそり使ってるんだぁ。闇ギルドでランクを上げたい奴とか腕試しをしたい奴とか、すぐに金が欲しい奴なんかはよくそこで戦ってるよぉ。まあ、貴族なんかもこっそり見に来ることもあるからみんな知ってて黙ってるんだよねぇ」
そんな場所があるなんて知らなかった。
そして、今回のランク一位のバッヘルという人とルルの戦いもそこで行われるらしい。
ランク一位と二位の戦いなんてそう簡単に見られるものではないため、どうせあるならば、観客を引き入れてついでに金を取ろうという算段なのだろう。
……かなり大ごとになってる気がする。
「それじゃあ観に行けないよね」
ルルが振り向いた。
「多分行けると思うよぉ。特別席があるからぁ、そこの一つを確保するように言っておこうかぁ?」
「行っていいの?」
「いいよぉ。っていうかぁ、オレがカッコイイところ、リュシーに見せてあげたいしぃ? 夜の移動だから王都観光は出来ないけどねぇ」
ルルが戦うところが見られる。
しかも、きっと本気で戦うだろう。
……すっごく見てみたい。
何せ、ルルはあのお兄様と戦ってる時ですら本気を見せたことはなかったのだ。
「行く! 行きたい!」
「護衛はヴィエラともう一人誰か選んでおくねぇ」
「うん!」
そういうことで、久しぶりに王都へ向かうことになった。
ちなみに今回は終わったらすぐ帰るので、お兄様やお父様への連絡はしないで良いということだった。
二人にはまた日を改めて会いに行った方がゆっくり出来るし、夜に行っても困るだろうから。
今度お兄様とお父様に連絡してみよう。
……もちろん、ルルと一緒にね。
* * * * *
一週間後の夜。
日が落ちてから出かけることになった。
そうは言っても屋敷の外に出るわけではない。
庭先の拓けた場所で、魔石を使用して転移魔法を展開させて、闘技場の目的の場所に移動する。
今日の護衛として侍女のヴィエラさんと従僕のコリン=ブロンデルさんが来ることになった。
ブロンデルさんは非常に無口な人だ。
でもルルと何度か一緒に仕事をしたこともある、かなり腕の立つ人らしい。
目立ち難い服に着替えてフード付きのローブを着て、その上、わたしはルルの魔法で目の色をルルと同じ灰色に変えてもらっている。
何色にも変えられると言われたが、せっかくなのでルルとお揃いの目の色にした。
髪はそのままでも問題ない。
ダークブラウンの髪は結構いるからだ。
「行くよぉ」
フードを目深に被り、ルルと手を繋ぐ。
ヴィエラさんとブロンデルさんも傍におり、足元に転移魔法式が浮かび上がった。
ふわ、と一瞬の浮遊感の後に視界が切り替わる。
手入れされた庭から無機質な石造りの屋内へ移ると、足元の魔法式は溶けるように消えた。
「……ここが地下闘技場?」
「ええ、そうでございます」
聞こえた声に振り向けば、以前闇ギルドの建物で見かけたギルド長と全身をローブで覆ったギルド長より少し小柄な人が部屋の入り口に佇んでいた。
「ようこそお越しくださいました、王女殿下」
礼を執ろうとするのを手で制する。
「わたしはもう王女ではありません。それにここでは観戦に来た、一人の観客に過ぎません」
「かしこまりました」
ギルド長がサッと姿勢を正す。
ルルが物珍しそうな顔をした。
「あそこから出てくるなんて珍しいねぇ」
「ランク一位と二位の戦いなんてそうは見られませんからね。私も今日は観客の一人ですよ」
「見るならお金払ってよぉ?」
「ええ、きちんと払ってあります」
ルルが「ならいいよぉ」と言う。
……これってわたしも払うべきだよね?
でもお金を持っていないなと思っていると、ルルがふとわたしを見下ろした。
「リュシー達の分はオレの賭け金の方から出てるから大丈夫だよぉ」
「賭け金?」
「どっちが勝つかみんな賭けてるのぉ。負けても入場料の最低四割はもらえるから、タダ働きにはならないんだぁ。賭けた相手が勝つと倍になって返ってくるんだよぉ」
……なるほど。
ルルを見上げて訊き返す。
「わたしも賭けに参加していい?」
「いいよぉ」
ルルが空間魔法でお金の入った袋を引っ張り出し、それをそのままわたしへ差し出した。
受け取るとかなりの重さだった。
ギルド長に問われる。
「どちらに賭けますか?」
答えは当然。
「ルルです」
「分かりました。おいくらほど賭けますか?」
「全部でお願いします」
ギルド長が目を丸くし、それから非常に楽しそうに笑った。
「それほど彼は強くなりましたか?」
わたしは強く頷いた。
「今のルルに勝てる人はいないと思いますよ」
「そうですか。……では、私も彼に賭けましょう」
「あなたも?」
ギルド長が頷く。
「彼を最も近くで見てきた方がそうおっしゃるのです。それに彼は昔から勝てない戦いはしないんですよ」
「そうでしょう?」と問われたルルが「まぁねぇ」と曖昧に答えたが、それでギルド長は満足だったようだ。
ギルド長に袋を渡して賭けの手配を頼む。
お金を受け取ったギルド長はローブの人にそれを渡すと、こう言った。
「では、特別席へご案内いたします」
そうして全員でその部屋を後にする。
地下だからか少し肌寒い。
ローブを着ていて良かった。
通路は意外にも魔法で明るくしてあり、誰に会うこともなく、わたし達は特別席に到着した。
特別席は四畳半ほどの空間だった。
そこに二人がけのソファーとテーブル、飲み物、少し摘めそうな果物などが既に用意されていた。
「こちらがお席となります。……後ほどバッヘルが挨拶をしたいと言っておりましたので、こちらに来ると思います」
「え〜、アイツが来るのぉ?」
ルルが珍しく嫌そうな顔をする。
「嫌いなの?」
滅多に好き嫌いを口にしないルルが言うのだ。
……よっぽど癖のある人なのかな?
ルルが微妙そうに眉を寄せた。
「嫌いじゃないけどさぁ……」
ギルド長が苦笑する。
「とにかく、来るので久しぶりに相手をしてやってください。バッヘルはあなたのことをとても気に入っていますからね」
「……分かってるよぉ」
「それでは失礼いたします」
浅く頭を下げ、ギルド長は去っていった。
ルルに手を引かれてソファーへ座る。
ソファーの前には黒っぽい灰色のガラスが張られており、よく見ると魔法がかかっているのが分かった。
まじまじとそれを見る。
「この部屋全体に防御魔法がかかっておりますので、もし戦闘が激しくなったとしてもこの場所は安全に保たれております。特にこの部屋は最上級の防御魔法を使用した部屋ですね」
ヴィエラさんが教えてくれた。
ついでに、闘技場全体にも防御魔法と状態固定魔法がかけてあるため、戦闘で石造りの全体が傷付くこともないそうだ。
……そうだよね、地下だから何かあったら生き埋めになっちゃう。
魔法はかなり便利なものだけれど、何でも出来るというわけじゃなくて、でも出来ることの幅は多い。
そこが魔法の面白いところでもある。
色んな可能性を持っているということだ。
地下闘技場について説明を受けていると扉が結構な強さで叩かれた。
乱暴というより、力加減の問題という感じだ。
それにブロンデルさんが対応する。
「よぉ、ここにルー坊がいるって聞いたんだが」
……ルー坊?
ついルルを見れば、不満そうな顔をしていた。
「失礼ですが、お名前をご確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
ブロンデルさんの淡々とした声がする。
「あん? あー、ハインリヒ=バッヘルだ」
「どうぞ、中へお入りください」
顔と名前を確認したのか、扉を開けてブロンデルさんが脇へ退く。
そこには大柄な男性が立っていた。
やや毛足の長い髪に無精髭を生やしている。
四十代ほどだろう。なかなかに野性味を感じさせる雄々しい顔立ちをしており、体もかなりガタイが良い。
それでいて、腰に刀のようなものを差していた。
素手でも強そうな力自慢に見えるけれど、戦いではその刀に近い武器を使うのだろう。
男性、ハインリヒ=バッヘルという名のその人物は部屋に入ってくると、立ち上がったルルを見て表情を明るくした。
「おお、ルー坊! しばらく見ない間にまぁたデカくなったんじゃないか? でも相変わらず細っこいな!」
がはは、と笑いながら近付いて来た男性が遠慮なくルルの背中をバンバンと叩いた。
叩かれたルルがこほ、と小さく 噎(む) せる。
「そっちこそ相変わらずの馬鹿力だねぇ」
ルルが呆れた声で言う。
並んだ男性とルルはほぼ同じ身長である。
ただ、男性の方がかなり体ががっしりしているため、ルルよりもパッと見た時に大きく感じるのだ。
見ていると男性と目が合った。
「うん? ルー坊、妹なんていたのか?」
……何で妹?
あ、とすぐに思い当たる。目の色だ。
「違うってぇ、オレの奥さんだよぉ」
ルルが訂正する。
それに男性が目を瞬かせた。
「奥さん? ……って、結婚したのか?!」
「したよぉ。オレの奥さんかわいいでしょぉ?」
「ああ、すげえ美人じゃねぇか! どこでこんな美人捕まえて来たんだよ?」
男性がルルの肩に腕を回す。
先ほどまで嫌がっていたルルが、今は自慢げに目を細めて答えた。
「ん〜? 王城でぇ?」
「王城? 働いてた侍女か?」
「いんやぁ、王女サマだよぉ」
「そうか、王女様──……はあっ?!」
男性がわたしを見るので、ソファーから立ち上がって丁寧な礼を執る。
「リュシエンヌ=ニコルソンと申します。結婚前はリュシエンヌ=ラ・ファイエットと名乗っておりました」
「えええ?!」と男性が叫んだ。
口元に手を当てて、ルルとわたしを交互に見る。
その驚き具合が何だかとっても新鮮だった。
……まあ、でも、普通はそうだよね。
暗殺者と王女が結婚なんて普通はありえないだろう。
「ルー坊、まさか王女を攫ったんじゃ……?!」
「そんなことしないよぉ。ちゃぁんと王サマの許可も取ってるしぃ、正式に結婚してるしぃ。そもそもオレ今は子爵になってるんだからぁ」
ルルが手短にわたしとルルの関係を説明した。
それを聞いた男性が大きく息を吐く。
「おいおい、本当かよ。お前さん、貴族になっちまったのか。じゃあ 裏社会(こっち) は引退するのか?」
「しないよぉ。するつもりだったら、わざわざアンタと戦ったりなんてしないでしょぉ?」
「それもそうか。ルー坊がいなくなったら張り合いがなくなっちまうからなあ、良かったぜ」
男性はまた豪快に笑った。
それからわたしの方を見る。
「自己紹介が遅れてすまないな。俺はハインリヒ=バッヘル、ここでは何でも請け負う傭兵をやってる。これでもランク一位だ」
「よろしくな」と出された手をルルが叩き落とす。
「アンタの馬鹿力で握手したらオレの奥さんの手が折れるでしょぉ」
「何だ、嫉妬か?」
「そうかもねぇ」
バッヘルさんがまた、がははと笑う。
「そうかそうか、そりゃ良いことだ! 見ない間に強くなってるようだし、試合が楽しみだ!」
「じゃあ邪魔したな!」と言ってバッヘルさんは部屋を出て行った。
それをルルが呆れた目で見送っている。
……何となくルルが苦手に思う理由が分かった。
バッヘルさんは裏社会の人間にしては随分と明るく、裏表があまりなく、裏社会の人間特有の陰を感じさせないのだ。
ルルもそういった部類ではあるけれど、ルルとはまた種類が違う。
「はあ、やぁっと出てったねぇ」
やれやれといった様子のルルに苦笑する。
「嵐みたいな人だったね」
「あ〜、うん、そんな感じだねぇ」
わたしの言葉にルルも珍しく苦笑する。
そしてそっとわたしの頭を撫でた。
「そろそろオレも行くけど大丈夫〜?」
ルルの言葉に頷き返す。
「うん、ここからルルの格好良い姿、観てるね」
「絶対にオレが戻るまで部屋から出ちゃダメだよぉ?」
「分かった。ルルが来るまで待ってる」
「いい子」と額にキスが落とされる。
ルルがヴィエラさんとブロンデルさんに「任せたよぉ」と声をかけ、もう一度わたしの頭を軽く撫でてから、部屋を出て行った。
それに手を振って見送る。
……ルルは絶対に負けない。
だって女神様の祝福がついてるのだから。