軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第103話 VSグランヴェルム

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!!! ザインさんの傑作を壊してしまって本当にごめんなさい……!!」

砂浜に膝と額を擦り付け全力で頭を下げるのはユフィ。

砂に頭がめり込まんばかりの土下座。

「い、いや……構わないよ。もう怒ってないから、気にしないでくれ」

引きつった笑みを浮かべてザインが言った。

その表情は微動だにせず、口角だけが不自然に上がっている。

しかしザインは、明確な怒声を上げることもなければ、手を挙げることもなかった。

理由は明白だった。

ちら、と視線を少し上に向けると、そこにはユフィの背後で仁王立ちするドラゴンの姿があった。

ただ立っているだけなのに、凄まじい威圧感。

当然だ、本来なら多くの兵力を投入しても討伐は難しいとされる、魔物の中でもトップクラスにやばい魔物。ザインの額から、つうっと汗が一筋伝った。

一生懸命作った砂の城。

それらがドラゴンの足裏一つで粉砕され、激昂のあまりユフィに怒鳴ってしまった。

だが今は違う。

今は冷静だ、周囲が見えている。

冷静に考えれば、ドラゴンに逆らうなど自殺行為にも程がある。

爪一振り、牙一噛み、尻尾一撫でで人体など容易くミンチにされるのだ。

(……というか)

ザインはごくりと唾を飲む。

(このドラゴンと……仲がいい……のか?)

なにせ、このドラゴンはユフィを背中に乗せてやってきたのだ。

そもそも、ドラゴンは魔物で人類を蹂躙する敵そのもの。

そんな魔物がなぜユフィに使役されているのかそれが一番深い謎であるが、今はその理由を解き明かしている場合ではない。

もしも本当にこのドラゴンが、ユフィの味方であるならば。

ユフィに謝らせてしまっているという、この状況——。

(ヤバくないか、俺……!?)

ザインの背中に滝のような冷や汗が流れた。

『……で、我はもう帰っていいのか?』

今まで沈黙を保っていたドラゴンが、そろりと伺うようにユフィに尋ねる。

「いいわけないじゃないですか」

何を馬鹿なことをとばかりに言うユフィに、ドラゴンは『す、すんません』と、先輩に怒られた後輩のようなテンションで答える。

このやりとりだけで、ユフィの方がドラゴンよりも立場が上なのは明白で、ザインの戦慄はより深くなるのだった。

◇◇◇

「ユフィ、この方とはお知り合い……?」

恐る恐ると言った様子で、ライルがユフィに尋ねた。

頭の上に?マークがたくさん浮かんでいそうな表情だ。

無理もない。

本来であれば恐怖の象徴でしかないドラゴンを、明らかにユフィが使役しているのだから。

彼の視線の先には、巨大なドラゴンがぺたりと地面に座り込んでいる。

五月祭の時に現れた時とは打って変わって借りてきた猫のようにおとなしいその姿が、場の空気を完全に異質なものにしていた。

「あー……えっと……」

尋ねられて、ユフィは答えに窮した。

ほんの数秒の沈黙が、やけに長く感じられる。

ドラゴンとの関係性と聞かれても、一言で納得するような言葉は存在しない。

「はい。知り合い……ですかね」

そう答えるしかなかった。

「なるほど……どうやって知り合ったか聞いても?」

「とりあえず頭をハンマーで殴ったらついてきてくれました」

瞬間、空気が止まった。

しん、と場が静まり返る。

風も止み、波のさざなみさえ遠慮しているように感じられる。

嘘はついていない。

ストーンハンマーでドラゴンの頭にたんこぶを作っていなければ、こうしてユフィをここまで乗せてくれることもなかっただろう。

「……何がどうなってそうなったのか、もう突っ込むのはやめておくよ」

「流石ユフィちゃんね……」

まるで思考が追いついていないような顔をしながらも、ライルとエリーナはうんうんと頷いた。

「え、なに? 君たちこの状況をすんなり受け入れるの?」

ようやく事態を飲み込んだザインが、思わず声を上げる。

あまりに混沌とした展開に、ザインの脳は理解の許容を越えかけていた。

そんなツッコミをものともせず、エリーナがさらりと話を進める。

「それで、ユフィちゃん。このドラゴンを連れてきたのには、それなりの理由があるんだよね?」

「あ、はい!」

ユフィは真面目な顔になり、すっとドラゴンを指差した。

「今からこのドラゴンさんに、グランヴェルムと戦ってもらいます!」

『え、何それ聞いてない』

ドラゴンが唐突に口を開いた。

どこか間延びした声色には、明らかな動揺が滲んでいる。

「説明不足でしたね、すみません」

『不足も何も、説明されてもないんじゃが』

「じゃあ、とりあえず説明しますね」

ユフィは状況を手短に説明し始めた。

『……なるほど。つまり我がグランヴェルムと戦い、気を引いている間に島の住民たちを退避させたい、ということだな?』

「そうですそうです! そういうことです!」

ユフィが満面の笑みで力強く頷く。

『戯言を吐かすな』

低く、地鳴りのような声が大気を震わせた。

それはまるで山が怒りに震えているような、底知れぬ威圧を孕んでいた。

今まで従順にも見えた巨体が、言葉と共に確かな拒絶の意志を纏い始める。

『そもそも我は、魔王の眷属として生を受けし者。我ら魔物は、己が力と本能に忠実に生きる存在』

そこには誇りがあった。

人間に屈することへの激しい拒絶。

仲間を裏切ることへの嫌悪。

そして、何よりも魔の存在としての譲れぬ一線。

『人間どもの頼みで、同胞と争うなど、恥以外の何物でもな……』

「えいっ」

ユフィの指先から、一筋の雷光が走った。

ほんの「ちゅんっ」という擬音が似合う、軽やかで簡潔な雷魔法。

次の瞬間には、ドラゴンの頭に生えている立派なツノの片方を情け容赦なく吹き飛ばした。

断面からは煙が立ち昇り、炭化した臭いが辺りに広がる。

「何か言いましたか?」

『イイエナニモ』

ユフィの問いにドラゴンは即答した。

ユフィが浮かべる笑みは、春の陽だまりのように温かく、それでいて極寒の刃のように冷ややかだった。

『ちょうど、あのグランヴェルムってやつは外見がキモくてムカついてたので、一発くらいお見舞いしたいと思っていたところでした!』

「わあ、それは奇遇ですね! 私もあんな気持ち悪い生物は一秒でも早く消し炭にした方が良いと思っていました!」

ユフィは心底うれしそうに、拍手でもしそうな勢いで喜びを表現する。

……その様子を、少し離れた場所から見ていたライルとエリーナは、ヒソヒソと声を潜めながら呟いた。

「……ユフィ、魔物相手には容赦ないよね」

「ええ……多分、幼少期から討伐しすぎて、虫ケラくらいにしか思ってないんじゃないかしら」

そんな二人のやりとりを聞きながら、ザインは震えていた。

(さっきから……なんなんだ!? なんなんだこのユフィという少女は……!?)

瞳孔は開きかけ、思考は軽くパニック状態だ。

大陸を震撼させた伝説のドラゴンを従え、さらに会話を掌握する支配力。

しかもそれを、まるで近所の悪ガキを懲らしめるような気安さでやってのけたのだ。信じられるわけがなかった。

そんなザインの動揺を他所に、ドラゴンは頭をかきながらぽつりとこぼす。

『しかし、そうは言っても困ったのう。魔人は魔物よりも上位の存在。普通に戦ったら、我が負けるぞ』

「そんなに強いんですね」

ユフィは感心したように目を丸くする。

『腐っても魔人だからな』

「腐っているような見た目なのに」

『さっきから毒舌がすごいな?』

ドラゴンはぐぬぬと唸るような音を漏らす。

その傍で。

「そうだ」

ライルは何かを思いついたようにきゅぴーんと頭上に豆電球を光らせた。

「俺に良い考えがある」

◇◇◇

クーグル島の東端、砦の跡地では、グランヴェルムが悠々と破壊の限りを尽くしていた。

魔人、グランヴェルム。

その姿は、見る者すべてに「絶望」という言葉を叩きつける。

水棲生物のような粘膜に包まれた身体には、甲殻と肉質が混在し、不規則に蠢くヒレや触手が生えている。

鋭利な頭部に横並びの光る眼、刃のような背びれと、異様に屈曲する四肢。人の形を模したようでいて、決して人ではない。

悪夢から抜け出してきたような存在だった。

その異形の巨体が握りしめているのは、片手に船のマストほどもある骨で作られた巨大な槌。

もう一方の手には、明らかに砦の一部と思われる、ちぎれた石造りの塔。

その姿はまさしく、海と魔と死を象徴する災厄そのものであった。

「ふははははは! 人間どもよ、我が降臨を喜ぶがよい! この島も、貴様らの哀しき命も、すべてが我が力の糧となるのだ!」

グランヴェルムは愉悦の叫びとともに、巨大な骨槌を振りかぶる。

その一撃が砦の瓦礫をさらに粉砕し、砂と瓦礫が嵐のように吹き上がる。

地鳴りが走り、遠く離れた村までもが震えた。

その時だった。

――ぼうんっ!!

突如、グランヴェルムの背中に、爆音とともに炎の塊がぶち当たった。

爆風と共に、背に生えていた一対のヒレの片方が炭と化して砕け散る。

灼熱が巻き上がり、グランヴェルムは怒りと驚愕の混じった声で叫んだ。

「誰だ!? この俺に不意打ちを――!」

天を仰ぎ、声の主を探るグランヴェルムの目に、空を舞う巨大な影が映る。

『ぬ、ぬああああああああっ!? す、すまんっ! 照準が狂ってしもうた!!』

慌てふためいた声と共に、飛来してきたのはドラゴンだった。

その巨体が、羽ばたきと共に砂塵を巻き上げ、グランヴェルムの前へと悠然と着地する。

グランヴェルムはドラゴンの姿を見るなり目を丸め、少しだけ警戒を解いたようだった。

「……その声はドラ蔵か。久しぶりだな。三百年ぶりか」

『おお、グランヴェルムか。もうそんなに経ったかのう』

「貴様がカオスサーペントを煮て食った一件以来か」

『うむ、その話はやめてくれ。若気の至りじゃ……』

まるで同窓会のように交わされる、まさかの再会トーク。

「って、そんなことはどうでもいい!!」

グランヴェルムが顔をぐっと寄せ、詰め寄る。

「貴様! どういう了見で俺を攻撃した!? 鱗が焼け落ちたぞ! この落とし前、どうつけてくれるんじゃ!? ああん!?」

『す、すまぬ!! 人間どもと戦っておったら、つい反射的にのう……』

「この俺をついで燃やすなっ!」

『詫びの印として、これを渡すから許してくれ……お前さん、好きだったじゃろう?』

ドラゴンはそう言いながら、ゴソゴソと懐をまさぐる。

そして、両前足で大事そうに何かを取り出す。

「むっ……これは……!?」

グランヴェルムの目が見開かれる。

ドラゴンの前足には――両手いっぱいの、牛蒡。

新鮮で、土の香りが残る立派なごぼうが、山盛りに抱えられていた。

『掘りたてじゃ。いい太さじゃろう?』

まるで小山のように両腕に抱えた牛蒡を、ドラゴンは自慢げに掲げている。

泥のついた皮付きのまま、土の香りすら漂わせるそれは、あらゆる意味で手土産として不相応だった。

だが、グランヴェルムはなぜか目を細め、ゆっくりと一本を手に取る。

「……牛蒡とは、わかってるではないか」

ゴリッ。

乾いた音が響いた。

グランヴェルムが牛蒡に皮ごとかぶりつく。

見た目の異形さからは想像もつかない、妙に几帳面な咀嚼で、口の中で何度も転がすように味わっている。

「……むう。なんだこれは……噛めば噛むほど滋味が出てくる……。土の香りが舌にまとわりつき、繊維の奥から香ばしさが滲み出してくるぞ……」

牛蒡の断面から、じわりと汁気が滲み出す。

その汁が甲殻の口元を伝い、ぽたりと地に落ちた。

「歯ごたえもたまらん。固すぎず、柔らかすぎず、絶妙な反発……」

ごくり、と喉を鳴らしたかと思うと弾んだ声でグランヴェルムは言った。

「これは……うまいな!」

目を細め、うっとりとした表情を浮かべるグランヴェルム。

その手は止まらず、次々と牛蒡にかぶりついていく。

「香り、渋み、苦味、甘み……これが調和している。まるで、自然界の交響曲だ……!」

『そうじゃろう、そうじゃろう!』

満足げに頷くドラゴン。

尻尾を左右に揺らし、嬉しそうに鼻を鳴らす。

『わしの目利きに間違いはなかったじゃろ。その牛蒡は、近くの島で山ほど採れたのじゃ。泥付き、無農薬、有機栽培――人間どもがやかましく言うておったぞい』

「なんだと! あの島でこれが!?」

グランヴェルムががばりと顔を上げ、ドラゴンが指さす先を見やる。

そこには、小さな島がひっそりと浮かんでいた。

緑が生い茂り、確かに土の気配が濃い。耕作された痕跡も見える。

「今すぐ案内しろ! 我はこの牛蒡の真の味を、根から味わってやる!」

「お安い御用じゃ。こっちじゃ、こっちじゃ!」

ドラゴンは翼をはためかせ、ゆるりと浮上する。

その背を追って、グランヴェルムも海を滑るように進み始めた。

巨体が水面を揺らし、波が押し寄せる。

──それは、ほんの数秒の静寂だった。

「今じゃッッッ!!」

突如として、ドラゴンが咆哮をあげた。

グランヴェルムがぎょっとして空を仰ぐ――。

そこには、雲間から差す陽光を背に、無数の雷光を纏った少女が浮かんでいた。

黒ローブに身を包み、目元を覆うピエロメガネをかけるという、なんともふざけた格好であったが……腕には、極限まで濃縮された魔力が集められていた。

「なっ……!?」

まるで星の核を抱えているかのような密度に、グランヴェルムは察した。

──あの魔力の塊を喰らったらひとたまりもないと。

周囲の空間が震え、風が渦を巻き、鳥たちが一斉に飛び去っていく。

灰色の髪が雷光に照らされ、閃光のように舞い踊っていた。

少女――ユフィの瞳は、獲物を捉えた鷹のごとく、グランヴェルムだけを見据えている。

その表情には、慈悲も、迷いも、戸惑いもなかった。

ただ、燃えるような決意だけがあった。

「│ 崩界轟雷(デストラクション・ヴォルテックス) !!」

ユフィが叫ぶと同時に、ユフィの両腕が振り下ろされた。

◇◇◇

時は、少し前に遡る。

「……ゴボウ、ですか?」

波打ち際、まだ陽が高く眩しい砂浜の上。

ユフィは小首をかしげながら、手のひらに乗った一本のごぼうを見つめていた。

土がうっすらと残る皮は、ごつごつと筋張っていて、艶はない。

けれど、指先で軽く撫でると、香ばしい土と根の匂いがふわりと立ち上った。

「そう。ゴボウをグランヴェルムに食べさせて、気に入ってもらった後に、あの向こうの島に、このゴボウがたくさん生えてるって教えてあげれば、腰を上げてくれるんじゃないかなって」

ライルが人差し指で遠くの島影を示しながら言った。

軽い口調の中に、どこか企みを含んだ笑みが見える。

「でも、そんなに都合よく……ゴボウを気に入ってくれますかね……?」

ユフィは眉をひそめ、ごぼうを鼻に近づけて匂いを嗅いでみる。

ミリル村自慢の牛蒡は美味しいけれど、それが魔人の舌まで唸らすとは思えなかった。

そんなユフィに、ライルはいたずらっぽく目を細めた。

「思い出してみて。どうしてグランヴェルムがあの島を拠点にしているのかを」

「あーーーーーーーっ!!」

ぴんっとユフィの背筋が伸びる。

手にしていたごぼうがぽろりと落ち、あわてて掴み直す。

「そうか! そうでした! あの魔人は根菜が大好物……!!」

「そうそう、その通り。クーグル島は根菜の栽培が盛んだったから、それで目をつけられたんだよね」

ライルが親指を立てると、その隣でふよふよと浮かぶドラゴンが、ゆっくりと頷いた。

『……確かに、先ほどその子にもらったこのごぼうは……非常に美味だったのう』

ドラゴンは、恍惚とした目で思い出す。

『皮付きなのに香ばしい……鼻腔に抜ける香り……食感も最高じゃった。噛むほどに滲み出る滋味、どこか懐かしき故郷の土の味がする……』

目を細めたまま、じんわりと涙ぐむドラゴン。

その姿に、ユフィとライルは顔を見合わせた。

「ユフィの村のごぼうが、相当お口に合ったみたいだね」

「ゴボウの味は私も保証するわ。ユフィちゃんの村で取れる牛蒡は、世界で一番美味しいの」

「えへへ……世界一だなんて……」

エリーナにも褒められてご機嫌のユフィ。

「じゃあ、取ってきますね! できるだけたくさんのごぼうを!! さあ、行きますよドラゴンさん!」

『え、我も一緒に行くのか?』

背後から、戸惑いがちな声を上げるドラゴン。

「当たり前じゃないですか。行きはいいかもしれませんけど、どうやって私は帰ってくるんですか」

『むう、そ、それもそうじゃな……』

というわけで、ドラゴンはばさりと翼を広げ、空へと舞い上がる。

「では行ってきます!」

「いってらっしゃい〜!」

その背に乗り込んだユフィはライルたちに見送られて、地平の先――自分の故郷、ミリル村を目指した。懐かしい畑、家族の顔、土の匂いを思い出しながら

こうして、ユフィは一度砦の島を離れ、ドラゴンと共に風のように実家へと戻った。

そして、畑で今取れるだけの牛蒡を、両手、いや翼いっぱいに抱え、泥のついたまま袋詰めして、再び戦場へと戻ってきたのだった。

「じゃあこの牛蒡を食べさせるのは、ドラゴンさんの役目ですね」

『むう。貧乏くじじゃが、仕方がないのう』

ドラゴンが目を細めてうなだれる。

黄金色のうろこが、気の毒そうに鈍く光った。

「そこは“任せておけ!”とか言ってほしいですけど……まあ、お願いしますね」

ユフィがぺこりと頭を下げると、ドラゴンはふうと鼻から紫煙のような息を吐いた。

「念のため、姿は隠したほうがいいね」

横からライルが割って入った。端整な顔をひそめて、慎重な口調で言う。

「万が一にも、あの島の住民にユフィの姿を見られたら、面倒な事態に発展する恐れがある。ユフィ、変装を頼む」

「へ、変装……?」

ユフィが首をかしげると、すでにライルは黒ローブと奇妙な眼鏡を手にしていた。

黒縁の眼鏡の中央には、ぐるぐる模様が描かれている。

あきらかに何かの悪ふざけの産物だ。

「……すまない、これしかなかった」

「本当にこれしかなかったんですか!? もっとこう、ありますよね!? 全身タイツとか!」

「それはもっとおかしいだろう」

そんなやりとりをする傍、エリーナが腹を抱えて砂浜ををドンドンと殴る。

「ひいーーひいっ……ユフィちゃん、面白いわ!! 最高よ!」

「全然面白くないです!」

ユフィが頬を膨らませて抗議するが、エリーナは涙を流すほど笑い続けていた。

その喧騒の中、ザインが一歩前に出る。

「……ユフィ・アビシャス」

ユフィがくるりと振り返る。

先ほどまでずっとぶっきらぼうな彼の目が、真っすぐに彼女を見ていた。

「くれぐれも、死なないように。どうか、島の人たちを救ってくれ」

その言葉は重く、まっすぐにユフィの胸に刺さった。

彼の誠意が、短い言葉の中にこめられていた。

「……はい、任せてください」

ユフィは頷いた。変装がどれだけ間抜けでも、やるべきことは変わらない。

こうして、ユフィはドラゴンと共にグランヴェルムへと飛び立ったのである。