作品タイトル不明
第二十八話 冷たい制度を明け渡す日
公開査問は、王宮の小議場で行われた。
傍聴席には貴族、医師、保護者、新聞書記、冬季療養後援会の者たちが並んでいる。議場の中央には長い机が置かれ、片側に王立医務局と後援会、もう片側に冬鈴館と支援者が座った。
マリア第一王女が議長席に立った。
「本日の議題は、冬鈴館の王立移管令、および冬季療養児保護制度の妥当性です」
最初にカミーユ補佐が発言した。
彼は整った声で、冬鈴館の限界を述べた。私的運営の不安定さ、資金不足、記録の属人性、保温魔法に依存する危険。どれも完全な嘘ではない。
次にエルミーヌ公爵夫人が立った。
「子どもの命を守るためには、感情ではなく制度が必要です。母親の愛は尊い。しかし、尊いものは時に危うい。王立化により、全ての子どもへ均等な療養環境を提供すべきです」
傍聴席から頷きが起きる。
均等。
その言葉は美しい。
けれど、均等な毛布で眠れなかった子がいる。
私は立ち上がった。
「ノエリア・ランキエールです」
最初に出したのは、凍った靴だった。
布に包んで保管していたものを、机の上に置く。溶けた水の跡が残り、底の継ぎ目は白くひび割れている。
「これは王立標準防寒靴です。北境で使用され、子どもの足を冷やしました。標準が悪いのではありません。標準が土地と子どもの体を見なかったことが問題です」
次に、重い毛布を出した。
「これは王立療養院東棟の標準毛布です。暖かいですが、体の小さい子には重すぎました」
次に、リュシーの木札。
「これは娘の言葉です」
議場が少しざわめいた。
私は札を読み上げた。
「『へやは、とらない。いらっしゃいは、きく』」
短い言葉だ。
だが、ここに全てがある。
「冬鈴館は、国の支援を拒みません。標準化も否定しません。けれど、標準化が子どもの名前、嫌だという言葉、安心する物、家族との食事、眠れる部屋を消すなら、それは保護ではありません」
カミーユ補佐が口を挟んだ。
「感情的な表現です。制度は一人一人の希望をすべて叶えるものではない」
「希望ではありません。療養条件です」
ミレーヌが記録を配った。
温度、湿度、咳、食事量、睡眠時間、面会後の安定、安心物の有無。数字が並ぶ。
「子どもの嫌だという言葉を聞くことは、感情に流されることではありません。症状の入口を聞くことです」
ギルベルトが証言した。
自分が娘の部屋を奪おうとしたこと。医務局の意見書を都合よく使ったこと。書類を読まなかったこと。
傍聴席の空気が重くなる。
リリアの宣誓書も読み上げられた。
彼女は姿を見せなかった。見せ物になる必要はない。ただ、言葉は議場に届いた。
次に、王立療養院東棟の若い看護師が証言した。
「吹雪の夜、標準手順では間に合いませんでした。冬鈴館の保温布と個別調整で、子どもたちの体温が戻りました」
カミーユ補佐の顔色が悪くなっていく。
最後に、マリア第一王女がエルミーヌ公爵夫人へ問うた。
「公爵夫人。王立移管案では、本人の拒否や保護者同意が弱すぎるとの指摘があります。どう答えますか」
エルミーヌ公爵夫人は立ち上がった。
「私は、子どもを救いたかっただけです」
声は静かだった。
「母親の判断で失われる子を、もう出したくなかった」
議場が静まる。
彼女の喪失は本物だ。
私はゆっくり言った。
「その願いは、奪う制度で叶えてはいけません」
彼女は私を見た。
「では、あなたは何を差し出すの」
「冬鈴館の記録方式、保温布の作り方、分散型療養室の手順、すべて公開します。ただし、子どもと保護者の同意を奪わない条件で」
「施設は?」
「明け渡しません」
私は議場全体を見た。
「娘の部屋も、冬鈴館も、国に明け渡すために作ったのではありません。ですが、温かい部屋の作り方は渡します。冷たい制度の方を、明け渡してください」
その言葉の後、議場はしばらく静かだった。
マリア第一王女が槌を鳴らした。
「王立移管令の執行を一時停止します」
息が止まる。
「同時に、冬季療養児保護制度の改正審議を開始します。冬鈴館、王立医務局、医師会、保護者代表、児童意見記録係を含む特別委員会を設置します」
まだ勝利ではない。
けれど、明日から奪われることは止まった。
私は椅子に座り直し、ようやく自分の手が震えていることに気づいた。
アルノルトが隣で静かに言った。
「帰ったら、部屋の温度を見ましょう」
「ええ」
リュシーとの約束を、まず守らなければならない。
冬鈴館へ戻ると、子どもたちは食堂で待っていた。
結果を全部説明するには難しい。けれど、何も言わなければ不安だけが残る。
私は壁の紙に大きく書いた。
『今日決まったこと』
一、冬鈴館は明日、勝手に取られない。
二、冬鈴令を作る会議が始まる。
三、子どもの言葉を持っていく。
リュシーが手を挙げた。
「四、おやつ?」
マーサがすぐに答えた。
「焼きりんごがあります」
子どもたちが小さく歓声を上げた。
勝利の宣言より、焼きりんごの匂いの方が、子どもたちには分かりやすい。
私は食堂の隅で、その声を聞いていた。
まだ終わっていない。
だが、明日この場所を奪われることはない。
その一日分の安心を、今日はきちんと味わうべきだった。