作品タイトル不明
第二十六話 北境から戻った手紙
吹雪の混乱が収まった日の夕方、北境から厚い手紙が届いた。
差出人はアルノルトの副官、ベルトラン。
封筒の中には報告書と、子どもたちの絵が入っていた。リュシーが送った保温布を受け取った北の子どもたちが、礼として描いたものだという。
白い山。
丸い家。
煙突。
そして、大きすぎる冬鈴草。
リュシーは絵を見て目を輝かせた。
「おはな、でっかい」
「寒いところでは、心の中で大きく咲いたのかもしれないわ」
アルノルトは報告書を読んでいた。
北境の標準防寒靴の不具合は、王立医務局の納入品だけでなく、王都の検査基準そのものに問題があった。乾いた寒さには耐えるが、雪が解けて凍る状況を想定していない。北境で使うには不十分だったのだ。
「机の上の冬だけで作った基準ですね」
私が言うと、アルノルトは頷いた。
「王都の冬と北境の冬は違います。子どもの足も違う。標準が必要でも、土地の差を消してはいけない」
その報告書には、ベルトランの個人的な追記があった。
『閣下。王都での戦いが厳しいことは承知しております。ですが、こちらの兵も村人も、冬鈴館式の記録を始めました。部屋の名、子の名、足の冷え、眠れたかどうか。最初は面倒だと文句が出ましたが、三日で咳の悪化が減りました。王都だけの話ではありません』
アルノルトの表情がわずかに変わった。
彼は北境に行かず、王都で戦うことを選んだ。その選択に迷いがないわけではない。報告を読むたび、現地へ行くべきではないかという思いが顔に出る。
「あなたの場所は、ここだけではないのですね」
「はい」
「でも、ここでしていることは、北境にも届いています」
彼は報告書を閉じた。
「それを聞けて、少し救われました」
夜、リュシーは北境の絵に返事を書いた。
字はまだたどたどしい。
『ぬくぬくしてね。リュシーより』
その横に、ユーリが小さな靴の絵を描いた。
「北の子に、靴のことを書きたいです」
「何を書く?」
「濡れたらすぐ言え、って」
彼の言葉は少し乱暴だったが、真剣だった。
私は紙を渡した。
ユーリは考えながら書いた。
『ぬれたら、だいじょうぶと言わない。足が痛いと言う』
その一文を見たリュシーが頷く。
「いい」
子どもたちの手紙は、制度の文書ではない。
けれど、同じ痛みを知る子どもの言葉は、時に大人の注意より早く届く。
翌朝、北境報告を移管令停止の追加資料に入れることになった。
王都の冬鈴館、王立療養院東棟、北境の村。
三つの場所で、標準化の穴が同時に見えている。
ミレーヌは資料を束ねながら言った。
「これで、冬鈴館の問題ではなく、制度全体の問題として出せます」
「出す必要があります」
私は答えた。
冬鈴館だけが助かっても、北境の靴が凍るなら意味がない。
その日の午後、マリア第一王女から査問会の日程が届いた。
移管令執行の前日。
公開査問。
王立医務局、後援会、冬鈴館、医師会、保護者代表、そして子どもの意見記録が提出される。
いよいよ、王宮の場で決着をつける時が来た。
リュシーは通知を見て言った。
「おかあさま、いく?」
「行くわ」
「リュシーは?」
「あなたは無理に行かなくていい。けれど、あなたの言葉は持っていく」
「へやをとられるの、いやです?」
「ええ」
「あと、いらっしゃいは、できる」
私は微笑んだ。
「それも持っていく」
娘は満足したように頷いた。
守ることと、開くこと。
六歳の子どもが見つけたその違いを、王宮の大人たちへ伝えなければならない。
北境への返事には、子どもたちの手紙だけでなく、大人向けの短い手順も同封した。
『濡れた靴は暖炉の近くに置きすぎない』
『足先の痛みを我慢させない』
『兄姉役の子にも休む時間を作る』
『避難所の入口に名前札を置く』
アルノルトはその手順を見て、静かに言った。
「北境の兵にも必要です」
「大人にも?」
「兵は大丈夫と言いがちです。子どもと同じように」
私は少し笑った。
「では、大人用の『大丈夫と言わない札』も作りましょうか」
「真面目に必要かもしれません」
冗談のつもりだったが、彼の顔は本気だった。
守る仕組みは、子どもから始まって大人にも広がる。
それは悪いことではない。
大人が痛いと言える場所が増えれば、子どもに大丈夫を強いる回数も減るかもしれない。
北境の絵は、冬鈴館の廊下に貼った。
子どもたちは通るたびに立ち止まる。自分たちの保温布が、遠い雪の村まで届いたことを絵で知る。
ミーシャは大きな冬鈴草を指差して言った。
「これ、リュシー?」
リュシーは少し考えた。
「リュシーじゃない。おはな」
「でも、おおきい」
「みんなの、ぬくぬく」
その言い方が気に入り、私は絵の下に小さく書いた。
『みんなの、ぬくぬく』
制度用語ではない。
けれど、北境と王都をつなぐには十分な言葉だった。
私は、北境の報告書の余白に一つだけ追記した。
『冬は一つではない』
王都の大人たちは、暖炉のある会議室で冬を語る。だが、子どもが感じる冬は、濡れた靴の中にも、隙間風の入る袖口にも、眠れない夜の喉にもある。
その一つ一つを聞かない制度は、どれほど立派な紙に書かれていても、子どもの寝台までは届かない。