作品タイトル不明
第二十一話 第一王女の条件
分散型療養室の計画書を提出した翌日、マリア第一王女殿下から呼び出しがあった。
王宮の執務室は、昼でも少し冷える。
私はアルノルト、ミレーヌと共に向かった。セドリック兄様は契約交渉で走り回っている。ギルベルトは貴族院側への根回し。ハンナは冬鈴館でリュシーのそばに残った。
マリア第一王女は、私たちの計画書を机に広げていた。
「星の部屋、丸パンの部屋、白い机の部屋。名前だけ見ると、童話の目次のようですね」
「子どもが覚えやすい名前にしました」
「良い判断です」
王女はすぐに表情を引き締めた。
「ただし、これだけでは移管令の停止理由として弱い」
ミレーヌが背筋を伸ばした。
「三部屋の運用実績が必要ということですね」
「ええ。七日以内に、少なくとも三つの部屋で、三名以上の療養児を安全に受け入れ、記録を提出してください。保護者同意、本人説明、温度記録、食事、夜間対応、緊急時搬送経路。すべて必要です」
「七日で夜間運用まで?」
アルノルトの声が低くなった。
マリア第一王女は彼を見た。
「厳しい条件です。ですが、王立移管令はすでに公布されています。止めるには、冬鈴館が私的施設を超えた公共案を示す必要がある」
「殿下は、移管令を止めたいのですか」
私は尋ねた。
王女は少し沈黙した。
「私は、子どもの名前が消える制度を通したくありません。けれど、冬鈴館一館では救えない子がいることも事実です。あなた方が示すべきなのは、反対ではなく、別の公共性です」
別の公共性。
それは私が言い続けてきたことでもある。
国の助けを拒みたいわけではない。
ただ、助けの名で部屋を奪われたくない。
「条件を受けます」
私が答えると、アルノルトが一瞬こちらを見た。
「ノエリア様」
「受けます。ただし、子どもを実験台にはしません。既に保護者から希望があり、移動が本人の負担にならない子だけを対象にします」
マリア第一王女は頷いた。
「その原則は書面に入れましょう」
「そして、王立療養院側にも同じ記録提出を求めてください」
王女の目が細くなった。
「交換条件ですか」
「比較なしに、冬鈴館だけが証明を求められるのは不公平です」
ミレーヌがすぐに補足した。
「王立移管の必要性を主張する側にも、安全性記録の提出義務があります。特に東棟窓際の結露、標準毛布、北境防寒靴について」
マリア第一王女は、しばらく私たちを見た。
そして、小さく笑った。
「あなた方は、条件を受けながら条件を返すのが上手いですね」
「子どもたちに聞くと、こちらも聞き返す癖がつきます」
「よろしい。王立療養院にも同期間の記録提出を命じます」
これで、戦いは公平に近づいた。
完全ではない。
でも、紙の上で同じ机に乗る。
退出前、マリア第一王女は私を呼び止めた。
「ノエリア様。あなたは大丈夫ですか」
「何がでしょう」
「母として、運営者として、証言者として、今、あなたは多くの役割を背負っています」
「大丈夫です」
そう答えた瞬間、アルノルトが横で咳をした。
ミレーヌも咳をした。
私は二人を見た。
マリア第一王女が少し笑った。
「大丈夫という言葉の審査も必要そうですね」
「……休息時間を記録に入れます」
「そうしてください。母が倒れる制度は、子どもにも危険です」
王宮から戻る馬車で、アルノルトは予定表を開いた。
「あなたの睡眠時間を先に書きます」
「三部屋の準備が」
「そのために、あなたが倒れない時間を先に書きます」
ミレーヌが淡々と頷いた。
「賛成です。書記官として、休息欄のない計画書は不備と判断します」
私は反論しかけ、やめた。
守るとは、一人で全部を抱えることではない。
それを第二章で学んでいるのは、私自身かもしれない。
冬鈴館へ戻ると、リュシーが木札を見せてくれた。
「星、丸パン、白い机」
「上手ね」
「おかあさまの札もある」
「私の?」
そこには、小さな寝台の絵が描かれていた。
「おかあさま、ねる」
私はアルノルトとミレーヌの視線を感じた。
「……はい。寝ます」
リュシーは満足そうに頷いた。
第一王女の条件より、娘の木札の方が逃れにくかった。
その夜、私は本当に少し眠った。
眠る前に、リュシーが寝台の札を私の枕元へ置いた。
「おかあさま、ねる。ミレーヌ、みはる」
「ミレーヌが見張るの?」
「うん。アル父さまも」
廊下を見ると、アルノルトとミレーヌが本当にいた。
「これは何の体制ですか」
「休息計画の実施確認です」
ミレーヌが真顔で答えた。
反論する気力がなく、私は横になった。
二刻だけの眠りだった。
けれど、目が覚めると頭の奥の霧が少し晴れていた。窓の外はまだ暗い。机の上には、私が眠っている間に進んだ契約書の写しが置かれていた。
一人で起きているより、眠って任せた方が進むこともある。
悔しいような、ありがたいような事実だった。
翌朝、リュシーは私の目の下を見て言った。
「ちょっと、よくなった」
「そう?」
「ねたから」
六歳の娘に睡眠の効果を確認されるのは、少し情けない。
けれど、私は笑って頷いた。
「ええ。寝たから」
リュシーは満足そうに、自分の帳面に何かを書いた。
『おかあさま、ねると、よくなる』
それは私にとって、どの王宮命令より逆らいにくい記録になった。