作品タイトル不明
第二十二話 七つの部屋作戦
三つの分散型療養室を七日で動かす計画は、いつの間にか「七つの部屋作戦」と呼ばれるようになった。
実際に夜間運用するのは三部屋だけだ。
だが、子どもたちは準備用の部屋、食事用の部屋、休む大人の部屋、物資を置く部屋まで含めて七つ数えた。
リュシーが指を折って説明する。
「星の部屋、丸パンの部屋、白い机の部屋、ぬくぬく布の部屋、スープの部屋、おとながねる部屋、かみをかく部屋」
「紙を書く部屋まであるのね」
「ミレーヌのへや」
ミレーヌは真顔で頷いた。
「重要な部屋です」
初日は星の部屋だった。
教会の空き室に厚い板を敷き、隙間風を布で塞ぎ、暖炉の煙道を掃除する。床石からの冷えは強いが、板と敷布でかなり和らぐ。窓辺には結露受けを付けた。
大工のトマスが木札を取り付ける。
リュシーは星の札を持って、壁の位置を確認した。
「ここ、みえる?」
対象となる子どもは、ニコだった。
彼は木札が見える位置に寝台を置きたがった。けれど、窓際だと冷える。そこで、寝台から見える斜めの壁に札をかけた。
「見える」
ニコは頷いた。
「寒くない?」
「まだ、わからない」
「分からない、も書きます」
ミレーヌが台帳に記入した。
二日目は丸パンの部屋。
パン屋の二階は、焼き上がりの時間には暖かい。だが粉の匂いが強いので、咳の出やすい子には不向きだった。そこで昼間の休息室として使い、食後に体を温める場所にした。
ユーリが見学し、すぐに言った。
「ここはミーシャが好きです。パンの匂いで泣き止む」
「ユーリは?」
「ぼくは、少し喉が変になります」
「では、ユーリの長時間滞在は避けましょう」
彼は驚いた顔をした。
「ぼくが嫌と言ってもいいんですか」
「いいです」
ユーリは少し照れたように頷いた。
三日目は白い机の部屋。
医師会の旧診察室は、設備は整っているが冷たい印象があった。白い机、白い壁、白い棚。子どもたちは病院を思い出して緊張する。
リュシーが小さな冬鈴草の絵を持ってきた。
「白だけ、こわい」
医師会の若い医師は最初、衛生上の問題を心配した。だが、洗える布飾りなら問題ないと分かり、壁に小さな絵を貼った。
白い机の上には、診察の順番札ではなく、子どもが選べる布札を置いた。
星、花、靴、兎。
番号ではなく、選べる印。
四日目、ぬくぬく布の部屋で保温布の講習が始まった。
洗濯屋の夫が、布の乾かし方を教える。
「湿った布は、温かくても体を冷やす。匂いが変わったら洗う。焦げたら使わない」
母親たちが真剣に聞いている。
父親たちもいる。
ギルベルトも端に立っていた。彼は保温布を畳むのが下手だったが、逃げずに何度もやり直した。
リュシーが見て言った。
「おとうさま、布も、へた」
「練習する」
周囲が小さく笑った。
五日目、スープの部屋。
マーサが、各部屋で出せる簡単な温かい食事を教えた。豪華な料理ではない。野菜を細かく切る、喉に詰まらない柔らかさにする、薬の前後で味を変える。
「温かい食事は、薬ではありません」
マーサは鍋をかき混ぜながら言った。
「でも、薬を飲む力を作ります」
その言葉は、医師たちの記録にも書かれた。
六日目、大人が寝る部屋。
これはリュシーの提案だった。付き添いの大人が眠れなければ、子どもに苛立つ。だから、交代で休める部屋を作る。
最初、保護者たちは遠慮した。
「子どもが苦しいのに、自分が寝るなんて」
私は言った。
「寝てください。眠ってから、子どものそばに戻ってください」
前世の私にも、誰かがそう言ってくれたらよかった。
七日目、紙を書く部屋。
ミレーヌの城だった。
同意書、説明書、温度記録、食事記録、緊急連絡先、子どもの嫌なこと、安心すること、保護者の休息時間。すべてを短く、読みやすく、書きやすくする。
「複雑すぎます」
若い医師が悲鳴を上げた。
「複雑な子どもを簡単に扱う方が危険です」
ミレーヌは涼しい顔で言った。
七日目の夜、三つの部屋で最初の宿泊が始まった。
私は星の部屋でニコの寝台を確認し、丸パンの部屋でミーシャの食後の咳を見て、白い机の部屋でユーリの足先を測った。
王立移管令まで、あと三日。
疲労はある。
でも、街の中に小さな灯りが増えていくのが見えた。
冬鈴館は、一つの建物ではなくなり始めていた。
七つの部屋作戦で一番難しかったのは、実は暖炉ではなく、人の流れだった。
誰が鍵を持つのか。夜に子どもが泣いた時、最初に呼ばれるのは誰か。付き添いの大人が倒れた時、次に入る人は誰か。善意の人が多いほど、責任の線が曖昧になる。
私は壁に大きく書いた。
『親切だけで部屋を動かさない』
パン屋の妻が苦笑した。
「冷たい言葉ですね」
「温かい部屋にするためです」
親切な人が、無理をして夜通し起きる。
別の人が、善意で薬の時間を変える。
その積み重ねは危ない。
だから、担当表を作った。交代時間も決めた。できない時に断る欄も作った。
優しさを責任で支える。
そうしなければ、優しい人から先に倒れてしまう。