作品タイトル不明
第三十三話 夫ではなく父として
ギルベルトが冬鈴館に初めて正式訪問したのは、開設から一か月後だった。
彼は養育費とは別に、匿名ではなく自分の名で寄付を申し出た。私は最初、受け取るか迷った。侯爵家の罪滅ぼしのように扱われるのは嫌だったからだ。
だが、ミレーヌ書記官が言った。
「父親として、娘が世話になっている環境に費用を払うのは当然です。問題は、それを支配の手段にさせないことです」
そのため、寄付には条件をつけた。
運営への口出しはできない。
リュシーの面会とは結びつけない。
寄付の用途は療養児の寝具と燃料に限定する。
ギルベルトは、その条件を受け入れた。
訪問の日、リュシーは少し緊張していた。
「おとうさま、くる?」
「ええ。冬鈴館を見るだけよ。嫌なら会わなくていい」
「ちょっと、みる」
「分かったわ」
ギルベルトは以前より慎重に振る舞った。子どもたちの寝室には入らず、廊下で説明を聞き、保温布を手に取る時も許可を求めた。
リュシーが現れると、彼は膝を突いた。
「リュシー。会ってくれてありがとう」
娘は布兎を抱いたまま彼を見た。
「おとうさま、とり、へた」
ギルベルトは一瞬固まり、それから小さく笑った。
「練習する」
「うん」
「木の鳥は元気か」
「げんき。おうち、もらった」
「そうか」
会話は短い。
それでも、以前の沈黙とは違った。
ギルベルトは娘の言葉を待っている。答えを急がせず、否定せず、分からない時は聞き返す。
父親としては初歩の初歩だ。
だが、初歩を始めた。
帰り際、彼は私に言った。
「ノエリア。私はまだ、リュシーに何をしてよいか分からないことが多い」
「でしょうね」
「だが、分からないと言うことにした」
「それは良いことです」
彼は少しだけ苦笑した。
「君ならそう言うと思った」
夫婦だった頃、私たちはこんな風に話せなかった。
皮肉なことに、離れてからの方が、言葉は少し正確になった。
「ギルベルト様」
「何だ」
「リュシーの父でいてくださるなら、私の夫だった時より、ずっと誠実でいてください」
彼は深く頷いた。
「そうする」
その約束を、私は信じすぎない。
けれど、記録する。
約束は、守り続けて初めて意味を持つからだ。