作品タイトル不明
第二十三話 雪解けの療養院計画
冬鈴館に最初の子どもが来たのは、雪解けが始まった頃だった。
ミシェルという五歳の女の子で、商家の三女だ。冬になると咳が続き、寝込むことが多いという。母親は心配で眠れていない顔をしており、父親は何度も帽子を握り直していた。
「本当に、ここでよろしいのでしょうか」
母親が不安そうに尋ねる。
「医師の指示に従いながら、暖かい環境で休んでいただきます。無理な治療はしません。食事、睡眠、温度管理を整える場所です」
「それだけで?」
「それだけが、足りていないこともあります」
私はミシェルの目線に合わせて膝を突いた。
「初めまして、ミシェル。ここでは、寒かったら寒いと言っていいの。暑かったら暑いでもいいわ」
ミシェルは母親のスカートを握り、私を見た。
「言っていいの?」
「ええ」
「夜でも?」
「夜でも。マーサかハンナが近くにいます」
その言葉だけで、母親の目に涙が浮かんだ。
子どもが夜に咳をする家では、大人も眠れない。心配して、叱って、疲れて、また心配する。その繰り返しだ。前世の私は、そんな家庭をいくつも見てきた。
ミシェルはリュシーより少し年上だったが、二人はすぐに距離を縮めた。
「これ、リュシーのうさぎ」
「さわっていい?」
「やさしく」
「うん」
リュシーは少し得意そうだった。
自分が守られるだけの子ではなく、誰かに教えられる子になっている。その姿を見て、胸が熱くなった。
冬鈴館には、その後も数人の子どもが短期滞在するようになった。貴族の子、商家の子、職人の子。家柄は違っても、寒い夜に苦しくなる子どもの顔は似ている。
私は保温布を作り、部屋の温度を整え、医師と相談しながら記録をつけた。
忙しかった。
だが、侯爵家にいた頃の忙しさとは違う。
誰かに奪われるような忙しさではなく、自分で選んだ忙しさだった。
ある晩、ミシェルがスープを食べながら小さく震えた。
「どうしたの?」
私が尋ねると、彼女は匙を握ったまま言った。
「ふかふかのベッドに、あったかい毛布で、おいしいスープ。こんなにしてもらって、いいのかなって」
私は少しだけ胸が痛くなった。
「いいのよ」
「でも」
「子どもが暖かい寝床で眠るのは、贅沢ではありません」
ミシェルは目を丸くした。
リュシーが隣で頷いた。
「いいの。リュシーも、ねる」
その当然のような言葉に、ミシェルは少し笑った。
冬鈴館の最初の季節は、そうして始まった。