作品タイトル不明
第二十四話 悪意ある母親という訴え
順調な時ほど、足元を狙われる。
冬鈴館に子どもたちが入り始めた頃、レーヴェルト侯爵家の親族であるエルミーネ夫人から、法院へ意見書が出された。
内容は、私がリュシーを利用して侯爵家から金銭を引き出そうとしている、というものだった。
『母親は娘の病弱さを過剰に訴え、夫家への敵意を植えつけている』
『冬鈴館なる施設は、娘を看板にした商売である』
『幼児の養育には父方侯爵家の安定した環境こそふさわしい』
読み終えた時、私はしばらく何も言えなかった。
怒りより先に、呆れが来た。
リュシーの部屋を奪おうとした家が、安定した環境を主張する。
娘を寒い客間へ移そうとした人々が、母親の過剰保護を責める。
そういう理屈が、世の中には存在する。
ミレーヌ書記官は冷静だった。
「相手方は、母親の精神的不安定を主張する準備をしています」
「精神的に?」
「夫への嫉妬、娘への過度な執着、社交界での自己正当化。そういう言葉を使うでしょう」
私は手元の紙を見た。
前世でも似た言葉を聞いたことがある。
子どもを守ろうとした親が神経質だと言われる。記録をつければ執着だと言われる。助けを求めれば大げさだと言われる。
だからこそ、記録が必要だった。
「反論します」
「もちろんです」
私は冬鈴館の運営記録を揃えた。
リュシーを看板にしていないこと。寄付と療養費が明確に分けられていること。医師会の監督があること。子どもたちの診療記録は匿名化し、外部へ出していないこと。
そして、リュシー自身の記録。
体温、食事、睡眠、外出、面会時の反応。
感情ではなく事実。
だが、今回はもう一つ、別の紙を用意した。
リュシーの絵だった。
温室館、冬鈴草、布兎、木の鳥、そして私。拙い線で描かれた絵には、部屋の中に大きな太陽が描かれている。
リュシーはそれを「ぽかぽか」と呼んだ。
法廷に絵を出すかどうかは、最後まで迷った。娘の心を証拠にするようで嫌だったからだ。
アルノルトは言った。
「使うかどうかはあなたが決めればいい。ただ、相手はリュシー様を言葉だけで都合よく語っています。本人の生活を示すものがあってもよい」
私は絵をそっと封筒に入れた。
その夜、リュシーは私の隣で眠る前に言った。
「おかあさま、こまってる?」
「少しね」
「リュシー、いいこする」
その言葉に、胸が痛んだ。
「いい子をしなくていいのよ」
「いいの?」
「ええ。眠い時は眠い、嫌な時は嫌、楽しい時は楽しい。それを言ってくれる方が、お母さまは助かる」
リュシーは布団の中で考えた。
「じゃあ、ねむい」
「ええ。寝ましょう」
私は娘の髪を撫でた。
悪意ある母親。
そう呼ばれても構わない。
リュシーが暖かい布団で、眠いと言って眠れるなら。