軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

最終話

『月待ち食堂』のランチ営業が終わり、穏やかな午後の陽だまりが店内に差し込んでいた。

嵐のような「カツカレー騒動」も落ち着き、常連客たちは思い思いに食後の茶を楽しんでいる。

「……ふぅ。やっと一息つけましたね」

私がカウンターで茶を啜っていると、隣に座っていたライオネル団長が、自然な仕草で私の背中に手を添えてきた。

「お疲れ様、シェリル。今日のカツカレーも最高だった」

「ふふ、ありがとうございます。ライオネル様も、お皿下げてくれて助かりました」

彼は非番の日、ほぼ店に入り浸っている。

そして、隙あらばこうして私に触れてくるのだ。

大きな手のひらから伝わる体温が心地よくて、私はつい、彼の方へ体を預けてしまう。

「ん? ……手紙か?」

彼が私の手元にある封筒に気づいた。

茶色いシミ(泥?)がついた、ヨレヨレの封筒。

差出人の名前を見て、ライオネル様の目がわずかに細められた。

「『元聖女リナ・バーンズ』……。あいつからか」

「ええ。北の農場から届いたみたいです」

「……読むのが怖いか?」

彼が私の手を、封筒ごと優しく包み込む。

その力強さに、不安が少しだけ溶けていく。

「少しだけ。……でも、読んでみます」

私はペーパーナイフで封を切った。

中から出てきたのは、涙で滲んだような跡がある便箋。

ライオネル様は私の肩越しに、一緒に手紙を覗き込んだ。彼の吐息が耳にかかり、少しドキドキしながら読み進める。

◇ ◇ ◇

『拝啓、シェリル・ウォルター様。

いえ、今は憎き……じゃなくて、尊敬する料理長殿へ。

お元気ですか? 私は元気ではありませんわ! ここは地獄です!

北の農場は、寒くて、臭くて、何もありませんのよ!

自慢のピンクブロンドの髪も 藁(わら) まみれ。毎朝四時に叩き起こされて、聖女だった私が牛の糞をスコップですくわなければなりませんの!?』

◇ ◇ ◇

「ぷっ……」

私の耳元で、ライオネル様が吹き出した。

「相変わらずだな、あいつは。悲惨な状況のはずなのに、なんでこう偉そうなんだ」

「ふふ、それがリナさんらしいですよ」

二人の間に、柔らかな笑いが共有される。

かつては私を断罪した敵だったけれど、今の私にはライオネル様がいる。だからもう、過去のことに心を乱されたりはしない。

◇ ◇ ◇

『……最初の三日間、私はハンガーストライキをしました。

でも、四日目の朝。お腹が空きすぎて、目が回って……。

私は、畑の土の中に埋まっていた「カブ」を引っこ抜いて、泥を拭って、そのまま 齧(かじ) りつきましたの』

『……甘かったんです。

冬の寒さに耐えて、糖分を蓄えたカブ。

シャリッという音と共に、口の中に広がった水分が、驚くほど甘くて……。

気がついたら、私は泣きながら泥付きのカブを完食していました』

◇ ◇ ◇

手紙を持つ手が震えそうになるのを、ライオネル様が支えてくれた。

「……あいつ、初めて『食』と向き合ったようだな」

「ええ。……よかった。本当に、よかったです」

さらに手紙には、読者様も気にしていた「あの件」についての弁明が書かれていた。

◇ ◇ ◇

『それから、謝らなければならないことがあります。

私、国王陛下のことを「父上」と呼んでいましたわよね。

あれ……ジュリアン様と結婚すれば義理の父になるのだから、予行演習として呼んでおけば好感度が上がると思っていたのです。完全に私の妄想が暴走していましたわ。穴があったら埋まりたい(実際、毎日穴を掘っていますが)』

◇ ◇ ◇

「ははは! やはりそうだったか!」

近くで聞いていたルーカス様や父(ガラルド公爵)も呆れ笑いを浮かべる中、ライオネル様は私の髪を一房すくい上げ、優しく口づけた。

「妄想で『父上』呼びとはな。……俺はお前に呼ばれたいぞ、シェリル。『旦那様』とな」

「も、もう! からかわないでください!」

顔を真っ赤にする私を見て、彼は愛おしそうに目を細めた。

◇ ◇ ◇

手紙を読み終えた私は、厨房で返事の準備を始めた。

箱に詰めるのは、対決で使った『カレースパイス』と『マヨネーズ』、そして『レシピ帳』。

「……優しいな、お前は」

ライオネル様が、荷造りを手伝いながら言った。

彼の大きな手が、不器用ながらも丁寧に紐を結んでくれる。

「自分を陥れた相手に、塩を送るような真似をして」

「彼女も、もう敵ではありませんから。それに……美味しいものを知れば、人は変われるって、私が一番知っていますもの」

「そうだな」

彼は作業の手を止め、私を後ろから抱きしめた。

ギュッ、と強い力で包み込まれる。

「俺も変わった。お前の料理に出会って、お前という存在に出会って……世界が色鮮やかになったんだ」

「ライオネル様……」

「愛している、シェリル。……この先もずっと、俺の胃袋と心を満たしてくれ」

耳元で囁かれる愛の言葉に、私は溶けてしまいそうだった。

私は彼の方を向き、背伸びをして、その頬にキスをした。

「……はい。おかわりは、いくらでも用意しておきますから」

二人の唇が重なりそうになった、その時。

カランコロン♪

間の悪いドアベルが鳴り響いた。

ライオネル様は「ちっ」と舌打ちをして離れる。

入ってきたのは、黒いマントで全身を覆った小柄な人物と、異国の護衛たちだった。

東方商人ザオが、顔色を変えて私に耳打ちする。

「おい、店主様。……マズい客が来たぜ。あれは遥か東の島国『ヤマト』からの使節団だ」

マントの人物がフードを下ろした。

現れたのは、黒髪に黒目、凛とした美貌を持つ少女。

彼女は鋭い視線で店内を見回し、私を見据えた。

「……そなたが、異国の地で『 米(シャリ) 』の心を解する料理人か?」

少女が威圧感を放つと同時、ライオネル様が素早く私の前に立ち塞がった。

「……何者だ。俺のシェリルに何の用だ」

剣に手はかけていないが、国最強の騎士としての殺気が少女に向けられる。

「俺の女に手を出すな」という明確な意思表示。

その背中が頼もしくて、私は彼の服の裾をギュッと握った。

少女――ヤマトの皇女サクラは、ライオネル様の殺気に怯むことなく、懐から美しい包丁を取り出してカウンターに置いた。

「余はヤマトの皇女、サクラである。……風の噂に聞いた。『握り飯』なる料理で、我が国の民ですら忘れていた米の真価を引き出した者がいると」

彼女の瞳が、挑戦的に光る。

「食してみせよ! そなたの料理が、我が国の国宝たる『米』を扱うに値するかどうか……余が直々に判定する!」

どうやら第2部のラストにして、最大の「和食の使い手」が現れてしまったらしい。

場の空気が張り詰める。

けれど、私には恐れるものなんてない。

私はライオネル様の背中から一歩前に出て、彼の手を握った。

彼が驚いたように私を見る。

私は彼に「大丈夫」と微笑みかけ、皇女に向き直った。

「承知いたしました、皇女様。……とびきりの一杯、ご用意します!」

ライオネル様が、ふっと笑って私の肩を抱いた。

「行ってこい、シェリル。……勝ったら、さっきの続きだぞ」

「!?」

とんでもないご褒美(?)を予約されてしまった。

顔が熱い。でも、やる気は満々だ。

厨房の奥で、炊きたての土鍋がカタカタと音を立てる。

湯気とともに広がる、甘く優しい香り。

愛する人と、頼もしい仲間たち。そして美味しいご飯。

私の人生は、まだまだ美味しく、騒がしく続いていく。

さあ、今日も開店だ。