軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

二人の護衛は見た①

皇国を発ってから幾日。

街道を越え、森を抜け、幾つもの宿場町を通り過ぎ。とうとう、ローデン達は隣国の北の領地へと辿り着いた。

馬を止めた遊撃は、思わず辺りを見回した。

「……ここ、ですか」

辺境と言えばもっと荒れた土地を想像していた。だが実際には、空気は澄み、畑は整い、人々の顔色も悪くない。

参謀は静かに周囲を観察していた。

「随分と落ち着いた土地ですね」

「ああ」

ローデンは短く答えた。

その声だけで、二人は気づく。

普段のローデンを知る者なら卒倒しかねないほど、空気が柔らかい。

遊撃は小声で参謀に囁いた。

「……笑ってません?」

「見てはいけません」

「いやでも今、口元が」

「見なかったことにしましょう」

二人は真顔になった。

だが内心は大混乱である。

皇国でのローデンは、剣を握れば鬼神。

敵国からは“戦場の死神”などと呼ばれている男だ。それが今。

「もうすぐだ」

と言いながら、常にどこか浮かれている。

怖い。別の意味で怖い。

しかも、今回の任務は極秘中の極秘があった。

――ローデン閣下の娘を確認せよ。

出発前、仲間達から散々言われたのだ。

『全部見てこい』

『どんな子だったか覚えてこい』

『髪の色、目の色、性格、好きな食べ物まで確認しろ』

『絶対に失敗するな』

無茶である。

遊撃など最後には肩を掴まれていた。

『もし本当に閣下の娘なら、皇国軍の未来がかかってるんだぞ!』

意味が分からない。だが皆、本気だった。

参謀は静かに息を吐いた。

……あの噂、本当なのでしょうか。

皇国では、既に半ば確定事項のように語られていた。

ローデンには忘れられない女性がいて、北の領地に娘がいる。だから酒も飲まず、女にも見向きもしない。毎日鍛錬し、異様なほど生に執着しているのだ、と。

遊撃はぼそりと呟いた。

「……でも、娘で、四歳くらい」

「ああ」

「絶対可愛いですよね」

「まだ見てもいないでしょう」

「でも閣下の娘ですよ?」

「それは否定しません」

参謀も少しだけ真顔で頷いた。

ローデンはそんな二人をちらりと見た。

「何を話している?」

「いえ」

「何でもありません」

二人は即答した。

危ない。今ここで余計なことを聞けば、極秘任務が終わる。

その時だった。

前方に、領主の館が見えた。

ローデンの視線が変わる。

遊撃と参謀は思わず息を呑んだ。

戦場でも見たことがないほど、真剣な目だった。

ローデンは低く言った。

「……着いたな」

その声は、僅かに震えていた。

遊撃と参謀は顔を見合わせる。

……本当にいるのだ。

噂ではない、冗談でもない、ローデンが、命より大切にしている存在が。

二人はごくりと唾を飲み込んだ。

そして、皇国軍の誰も知らない“真実”を知る瞬間が、とうとう訪れたのだった。

ローデンは馬を降りると、迷いなく向かった。

遊撃と参謀はその後ろに続く。

館は堅実な造りだった。豪奢ではないが、無駄がなく、丁寧に整えられている。

そして、扉が開いた瞬間。

「――元気そうだな」

軽い口調で現れた男に、二人は目を見開いた。

若い。だが、その立ち姿だけでわかる、強い、と。

エドモンドだった。そして何より、馴れ馴れしい。

遊撃は思わず固まった。

……え? 今、誰に対して言った?

参謀も内心で混乱していた。

……皇国軍総大将に対する態度ではありませんね……?

だがローデンは、特に気を悪くした様子もない。

「ああ。そっちも変わりなさそうだな」

普通に返した。

二人はますます混乱した。

その時、奥から柔らかな声が響く。

「いつも贈り物、ありがとう」

現れたのは、紫の髪を持つ若い女性だった。

遊撃と参謀は、一瞬言葉を失った。

どこか柔らかく、穏やかで、人を安心させる雰囲気を持っている。しかし

……この人も、距離が近い。

「いや、別に気にしないでくれ」

ローデンが答える。

遊撃は思った。

……いや気にしますよね!?

参謀も真顔だった。

……あの贈り物、一回で我々の半年分の給料ですよね?

普通ではない。

女性は微笑みながら振り返る。

「ラニア、ローデンが到着したわよ」

ぱたぱた、と小さな足音が聞こえた。

そして、紫色の髪の幼い少女が、廊下の向こうから駆けてくる。

遊撃と参謀は、同時に息を呑んだ。

……この子か。

服を見ただけでわかる。

皇国の高級織物。しかも、かなり質の高い物だ。

装飾は控えめで、子供が動きやすいよう作られている。だが、生地そのものが高級過ぎた。一目で値段がわかる。

……普段着?

遊撃は遠い目になった。

……いや、確かに派手じゃないですけ

ど……!

参謀も軽く頭痛を覚えていた。

……閣下、やはり金銭感覚がおかしい!

そんな二人を余所に、幼女はローデンを見上げた。

「……ローデン?」

小さく首を傾げる。

その瞬間、ローデンが、笑った。いや、破顔した。

遊撃と参謀は凍りついた。

見たことがない。

戦場でも、祝勝会でも、皇帝陛下の前ですら。こんな顔のローデンを、二人は一度も見たことがなかった。

「……大きくなったな」

声まで柔らかい。

……誰だ、この男は。

遊撃は危うく口を押さえそうになった。

参謀は必死に真顔を維持した。

幼女は、嬉しそうにくるりと回る。

「お洋服、ありがとう。どう?」

ローデンは少しだけ視線を逸らした。

「……まあ、いいんじゃないか?」

明らかに照れていた。

二人は思った。

……いや絶対嬉しいですよね!?

……むしろその顔で隠せてません!

ラニアは満足そうに頷いた。

「僕、手紙を読めるようになったんだ」

「凄いな」

即答だった。しかも褒め方が甘い。

遊撃は混乱した。

……閣下って、子供にこんな顔するんだ。

参謀は静かに現実逃避を始めていた。

……帰ったら、誰も信じないでしょうね。

その時、紫髪の女性が穏やかに微笑んだ。

「立ち話も何だから、入って」

あまりにも自然に、ローデンを館の中へ招き入れる。

ローデンも当然のように頷いた。

遊撃と参謀は顔を見合わせる。

……これは。思っていたより、ずっと深い。

二人は無言のまま館へ足を踏み入れた。

そして理解する。

ここから先は、自分達の知っている皇国ではない。

異次元の世界が、始まったのだと。