軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

そして、ローデンは発った

人払いされた執務室で、セリウスは腕を組みながらローデンを見た。

「――それで、どうして呼んだんだ?」

ローデンは窓際に立ち、外を眺めている。

かつてなら、こんな静かな空気を纏う男ではなかった。

セリウスは眉を寄せる。

「まさか、好きな人が出来た、とかはないだろう?」

すると、ローデンはほんの少しだけ口角を上げた。

「ああ」

その表情は、妙に穏やかだった。

「しばらく留守にするから、何かあったら頼みたいと思ってな」

「……留守?」

嫌な予感がした。ローデンは平然と続ける。

「部下達は、俺がいなくても十分回せるように育てた」

「……は?」

セリウスは思わず間の抜けた声を出した。

ローデンは振り返る。

「北の領地に行こうと思うんだ」

口角は、まだ少し上がったままだった。

セリウスは数秒、沈黙した。

「……期間は決まっているのか?」

「往復にも時間がかかるが……半年以内には戻る予定だ」

「長くないか?」

「もっと早く戻るかもしれない」

あまりにも自然に言うので、セリウスは頭を抱えたくなった。

総大将就任後に、半年近く消えるつもりなのか、この男は。

セリウスは周囲を見た。

ローデンの側近達、護衛達、誰一人として止める気配が無い。それどころか、妙に納得した顔をしている。

まるで、「とうとう行くのか」とでも言いたげだった。

「……お前達」

セリウスは低い声を出した。

「止めなかったのか?」

側近の一人が咳払いした。

「止めました」

「止めたのか」

「ですが、閣下が聞かなかったので」

実に真顔だった。

セリウスはこめかみを押さえる。

「万が一があったらどうするんだ?」

総大将が長期間不在。

しかも今は、周辺諸国もまだ不安定だ。

問題が起きない保証など無い。

だが、ローデンはあっさりと言った。

「その時は、セリウス、お前に全て任せるよ」

「軽く言うな」

「王にも伝えてある」

「通したのか……」

セリウスはとうとう天を仰いだ。

王も王だ、何故許可した。

いや、おそらく。ローデンの今の功績と軍の掌握力を考えれば、強く止められなかったのだろう。

三年前とは違う。今のローデンは、ただの武人ではない。軍そのものを動かす柱になっている。

その男が、柔らかい表情のまま言った。

「大丈夫だ。全部整えてから行く」

「そういう問題じゃない」

「……そうか?」

本気で分かっていない顔だった。

セリウスは深く息を吐いた。だが、不思議と怒鳴る気にはなれなかった。

以前のローデンなら、こんな風に周囲へ任せる準備などしなかっただろう。

全部、自分一人で抱え込んでいた。

その変化だけは、確かだった。

「……で」

セリウスは半ば諦めた声で聞く。

「北の領地に何をしに行くんだ?」

ローデンは少し黙った。そして、本当に珍しく、穏やかに笑った。

「会いたい奴がいる」

ローデンを見送った後。

セリウスは城壁の上で腕を組み、遠ざかっていくローデンの姿を眺めていた。

北へ向かう背中は、妙に軽かった。総大将という重責を背負った男とは思えないほどに。

「……何なんだ、あいつは」

思わず呟く。

すると後ろで控えていたローデンの側近が、少し言いづらそうに口を開いた。

「セリウス様」

「何だ」

側近は周囲を確認する。

護衛達も、妙にそわそわしていた。

「……ここだけの話なのですが」

嫌な予感がした。

「閣下には、隠し子がいるようなのです」

「……は?」

セリウスはゆっくり振り返った。

本気で何を言われたのか分からなかった。

側近は真面目な顔のまま続ける。

「閣下は、小さな子供用の服を北の領地へ送っているのです」

「子供服?」

「はい」

「最近の色を見る限り、おそらくお嬢様かと」

いつの間にか護衛達まで集まってきていた。

「そうなのです。一番上等の布を選ばれてます」

「選ぶ時の閣下の真剣な顔がまた……」

「送る時なんて、切なそうな瞳をしていて……」

次々と口を挟んでくる。

セリウスは頭痛を感じ始めた。

側近はさらに真剣な顔で語った。

「おそらく、あの荒れていた一年は、深い仲になった女性と無理矢理引き裂かれて荒れていたのでしょう」

護衛達が深く頷く。

「そして再び北の領地に行った時、その女性は亡くなっていた」

「ですが、忘れ形見だけは残されていたのです」

「……待て」

セリウスは額を押さえた。

「どうしてそうなる?」

側近はむしろ不思議そうな顔をした。

「女性が生きているなら、女性への贈り物もあるはずです」

「ですが、一切ありません」

「知ってます!」

若い護衛が勢いよく言った。

「閣下、時々手紙をすごく大切そうに見てるんです!」

「銀色の髪飾りも眺めてますよね」

「あれ、絶対女性の物です」

「形見ですよ、きっと……」

どんどん話が補強されていく。

セリウスは沈黙した。

北の領地に滞在していた時の事を思い返す。

ローデンは、明らかにラニアばかり見ていた。妙に静かな顔をして。

だから、セリウスの知らない所で、そんな相手がいたようには到底思えない。

「……まさか」

セリウスは低く呟いた。

だが側近は力強く頷いた。

「いいえ。きっとそうなのです」

「だから、何できっとなんだ」

「閣下はずっと、毎日鍛練されています」

「それは昔からだろう」

「違います」

側近は断言した。

「若々しくいたいからな、と仰るのです」

護衛達が一斉に頷く。

「酒も飲みません」

「その暇があるなら剣を振る、と」

「言い寄る女性にも全く見向きしません」

「つまり!」

若い護衛が拳を握った。

「いつか、可愛い娘さんを迎える準備をしているのです!」

「……」

セリウスは絶句した。

誰も疑っていない。

完全に一つの物語が完成していた。

しかも妙に辻褄が合っているのが腹立たしい。

セリウスは遠く空を見た。

そして、深い疲労を滲ませた声で。

「……そうか」

それしか言えなかった。