作品タイトル不明
ローデンの二人の護衛
遊撃と参謀。
実は、二人とも密かにローデンを心から敬っていた。
遊撃が、初めてローデンと戦場に出たのは、まだ若い頃だった。
当時は、自分の速さに絶対の自信を持っていた。
敵陣を駆け抜け、首を取って戻る。それが出来ると思っていた。
「敵将の首、取ってきます」
そう言って、遊撃は一人で飛び出した。
止める声すら聞かなかった。
若かったのだ。
だが、結果は最悪だった。
敵は退いていたのではない。誘い込んでいた。森へ踏み込んだ瞬間矢が降り、左右から兵が現れ、退路が塞がる。
「……っ!」
反転しようとした時には遅かった。
馬が射抜かれ、地面へ叩き落とされる。
剣を抜いて応戦したが、数が違った。
肩を裂かれ、脇腹を切られ、それでも必死に立っていた時。
敵兵の一人が叫んだ。
「囲め!」
終わった、遊撃はそう思った。
次の瞬間。
蹄の音と共に、黒い軍馬が、敵陣へ突っ込んできた。先頭にいた兵が吹き飛び、剣閃が走る。
一撃、二撃、まるで嵐だった。
「……まさか」
血飛沫の向こうにいたのは、ローデンだった。
「馬鹿か、お前は」
低い声だった。怒鳴りもしない。けれど、その一言が妙に胸に刺さった。
ローデンは周囲を斬り払いながら言った。
「速いだけで勝てるなら、戦争は苦労しない」
そのまま、ローデンは遊撃を片手で馬へ引き上げた。敵兵が迫るが、ローデンは一切振り返らない。
「掴まってろ」
そして、本当に敵陣を突破して帰った。
その日以来、遊撃は、ローデンにだけは頭が上がらない。
一方、参謀にも過去があった。
まだ下級文官だった頃。
参謀は補給計算のミスを押し付けられた。
上官の失敗だった。だが責任を被せられ、軍法会議寸前まで追い込まれた。
「言い訳は見苦しいぞ」
「数字の確認も出来んのか」
周囲は冷たかった。
誰も助けない。当然だった。下級文官など、いくらでも替えが利く。
その時。
「その計算式を書いたのは誰だ?」
突然、ローデンが口を開いた。
会議室が静まり返る。当時から既に、ローデンは名が知られていた。
「……こちらですが」
震える上官。
ローデンは紙を一枚見ただけで言った。
「補給路の距離計算が違う。こいつの計算じゃないだろう?」
沈黙。
「それとこの数字、俺の進軍速度を基準にしてるな?」
誰も答えない。
ローデンは呆れたように息を吐いた。
「普通の部隊が、俺と同じ速度で動ける訳ないだろう」
その場にいた者達は、顔を青くした。
結果、責任は上官へ戻り、参謀は処分を免れた。
後で参謀は恐る恐る聞いた。
「……何故、助けたのですか」
ローデンは書類を読みながら答えた。
「お前、仕事出来そうだったからな。いつか、来い」
それだけだった。
以来、参謀は理解している。
ローデンは、人を見ていると。
身分でも家柄でもない、能力と覚悟を見ているのだと。
だからこそ。
今回の旅は、責任重大だった。
絶対に、死なせる訳にはいかない。
「……閣下は、時々とんでもない事をする」
宿で、参謀は頭を抱えた。
「急に崖を登ろうとするし」
参謀が真顔で頷く。
「敵がいたら嬉しそうに前へ出る」
「放っておくと単独行動する」
「護衛対象として最悪では?」
「だが強すぎる」
二人は同時にため息を吐いた。
けれど、どちらも後悔はしていなかった。
あの日、命と未来を救われたのだから。
ローデンの部下には、彼に救われた者が少なくなかった。
撤退の中、置き去りにされかけたところを引き戻された者。重傷を負い、死を覚悟した時に肩を貸された者。
あるいは、失敗を責められ、居場所を失いかけた者。
「次は失敗するな」
その一言だけで、もう一度立ち上がれた者もいた。
ローデンは王族だ。本来なら後方で命令を下し、守られる立場だ。
だが彼は、敵陣へ真っ先に突撃し、誰よりも多く剣を振るい、血を浴びながら、それでも立ち続けた。
部下達は何度も思った。
――あの方は、本当に王族なのか、と。
むしろ、一介の兵士より兵士らしかった。
だからこそ、皆、ローデンについて行った。
恐怖ではない、忠誠だった。
そして、そんなローデンが。
「上に立つ」
そう口にした時、誰もが心を動かされた。
昔のローデンを知っていたからだ。
かつての彼は、どこか壊れていた。
戦い続ける事しか出来ないような男だった。
死を恐れず、未来を見ず、ただ剣を振るう。
そんな危うさがあった。
誰もが、いつか戦場で消えると思っていた。
だが。
しかし、ローデンは変わった。
剣は鋭いままだ。けれど、死ぬためではなく、生きるために振るっているように見えた。
部下を育て始め、知識を求め、政治を学び、軍を動かし、人の上に立つ事から逃げなくなった。
その変化を、部下達は静かに見守っていた。
誰も理由は知らないが、確かに何かがあったのだ。
だからこそ、彼らは信じた。
この人なら、どこまでも行ける、と。そして同時に思うのだ。
――どうか、幸せになってほしい、と。