作品タイトル不明
ルイとラニア②
昼食を終えた頃。
ラニアは椅子の上で、こくん、と小さく頭を揺らした。そして。
「ふぁ……」
小さなあくびをひとつ。
リリアーナはすぐに気づいた。
「眠いの?」
「ん……」
とろん、とした目で頷く。
そろそろ昼寝の時間だった。リリアーナは立ち上がろうとした。
「じゃあ、お部屋に――」
けれどもラニアは、てちてちと別の方向へ歩いていく。
向かった先は、ルイだった。
ルイは椅子に座り、水を飲んでいたが、自分の前に来たラニアを見て目を瞬かせる。
「……ラニア?」
ラニアは眠そうな顔のまま、ルイの服の袖をきゅっと掴んだ。
「るいも」
「え?」
「ねんね」
ルイは完全に固まった。
今日の午後には、文字の勉強も、礼儀作法の確認もある。家庭教師が来る予定だ。さすがに昼寝は――。
「えっと、ごめん」
困ったようにルイが言う。
するとラニアは、じっとルイを見上げた。
「……だめ?」
少し潤んだ目。
眠気でいつもより更に幼く見える。
ルイは見る見るうちに慌て始めた。
「え、あの、違って、その……!」
どう断ればいいのかわからない。完全に狼狽えていた。
そして勢いのまま、アデライドへ振り向く。
「お義母様、あの、今日ですが」
アデライドは思わず吹き出しそうになった。
ルイが、こんな風に慌てる姿など見たことがない。
いつもは静かで、大人びていて。感情を表に出すことも少ないのに。
今は完全に、幼い子どもの顔をしている。
アデライドは口元を押さえながら微笑んだ。
「今日は、ラニアがいるから特別にお休みにしてもらいましょう」
ルイはぱっと顔を上げた。
「……ありがとうございます」
その返事が妙に早くて、今度こそアデライドは笑いそうになる。
ラニアは、こてん、と首を傾げた。
「いっしょ?」
ルイは少しだけ照れたように視線を逸らした後、小さく笑う。
「……ふふ。仕方ないね。一緒に昼寝してあげる」
「ん!」
ラニアは嬉しそうに頷いた。
そして当然のように、ルイの手を握る。小さく柔らかな手。
ルイは一瞬だけその手を見た後、握り返した。
そのまま二人で並んで歩いていく。
てちてち歩くラニアに合わせて、ルイもゆっくり歩調を落としていた。
その後ろ姿を見ながら、リリアーナはぽつりと呟いた。
「……ラニアが、私を選ばないなんて」
無意識だった。
本当に、無意識に零れた言葉。
アデライドは聞こえていたが、聞こえない振りをした。少しだけ肩を震わせる。
「ラニアはいつでも、リリアーナにべったりなのにね」
喉まで出かかった言葉を、やっとの思いで飲み込んだ。
そして、それ以上に衝撃を受けていたのは、侯爵家の使用人達だった。
「……見ました?」
「見ました」
「ルイ様が、自分から誰かと昼寝を……?」
「しかも手を繋いで……」
「逃げられなかった……」
「いえ、むしろ嬉しそうでしたよね?」
小声が廊下の端で飛び交う。
侍女の一人は、半ば呆然としていた。
「乳母ですら、最近はあまり触らせてくださらなかったのに……」
別の使用人が頷く。
「ラニア様、本当に不思議なお子様ね……」
部屋へ案内されたラニアは、寝台へ上がると、すぐにぽすんと横になった。そして隣をぺしぺし叩く。
「るい」
「はいはい」
ルイも苦笑しながら隣へ座る。
するとラニアは満足そうに身体を寄せた。
ぴたり、とくっつく。温かな体温。
ルイは少し驚いたようだったが、嫌がらない。むしろ、安心したように目を細めた。
「……あったかい」
「んー」
ラニアはもう半分寝ていた。
小さな手が、ルイを掴む。それは、無意識なのかわからない。
そのまま数分もしないうちに、すうすうと寝息を立て始めた。
ルイはそんなラニアを見つめた後。そっと、目を瞑る。そして小さく呟いた。
「……今日は、楽しかったな」
それから程なくして。ルイもまた、静かに眠りへ落ちていった。
昼下がりの柔らかな陽射しが、部屋の窓辺を淡く照らしていた。
アデライドとリリアーナは、そっと寝室の扉を開ける。
起こさないよう、ほんの僅かな隙間だけ。そこから覗き込めば、小さな寝息が二つ聞こえてきた。
ルイとラニアだ。
並んで横になった二人は、しっかりと眠っている。ラニアはいつものように、何かを抱えるように眠っていた。今日はその小さな手が、ルイの袖を掴んでいる。
そしてルイもまた、安心したような穏やかな顔をしていた。
いつもより呼吸が深い。
アデライドは目を細めた。
「……よく寝てるわね」
隣でリリアーナも、小さく頷く。
「はい……」
自然と声も小さくなる。
静かな空気を壊したくなかった。
アデライドはそっと微笑む。
「ルイも、心なしか顔色が良いわ」
「本当ですね」
リリアーナは安堵したように息を吐いた。ルイが倒れずに過ごしていることに、屋敷の誰もが驚いている。
けれど一番驚いているのは、きっとアデライド自身だろう。
「……そっと、しておきましょうか」
アデライドが囁く。
「そうですね」
リリアーナも微笑んだ。
するとアデライドが、ふと思い出したように口元へ指を当てた。
「……少し、お茶にしましょうか」
「お茶、ですか?」
「ええ。特別なお菓子も一緒に」
その声音に、リリアーナは瞬きをする。
「……それは、子どもには秘密の?」
「そうよ」
アデライドは悪戯っぽく笑った。
「良いですね……」
「でしょう?」
二人は顔を見合わせ、くすりと笑う。
それから再び眠る二人をそっと見つめた。
「本当に、良く、寝てるわ……」
リリアーナは小さく言う。
そして、アデライドとリリアーナは静かに扉を閉め、起こさないよう足音を忍ばせながら、ゆっくりと部屋を後にしたのだった。