作品タイトル不明
ルイとラニア①
その日。
侯爵家の使用人達は、朝から妙なざわめきに包まれていた。
「……ルイ様が、庭に?」
「ええ。それも、ずっと」
「しかも、お一人ではなく……」
視線の先。
陽だまりのある中庭で、ルイとラニアが並んで座っていた。
ラニアは木彫りの動物を両手に持ち、真剣な顔で並べている。
「うま!」
ぽん、と馬を置く。ルイはその隣へ、鹿の玩具を置いた。
「これは鹿」
「しか!」
「そう」
ラニアは「しか……」と一生懸命繰り返している。
その様子に、ルイは少しだけ笑った。
最初、ルイはラニアを遠巻きに見ていただけだった。けれどもラニアはそんなことを全く気にしない。とことこと近づいてきて、玩具を押し付け。
「いっしょ!」
当然のように隣へ座った。
その勢いに押されたのか、ルイも断れなかったのである。
しばらくして。ラニアは突然、ルイの袖をちょんちょんと引っ張った。
「るい」
「……なに?」
ラニアはじっとルイの手を見つめる。
そして、自分の小さな手を、そっと重ねた。
「おてて!」
ぎゅっと、遠慮のない、小さな手。
ルイはぱちぱちと瞬きをした。
ラニアは楽しそうに、今度は自分の指を一本ずつ広げる。
「いーち、にー!」
当然、数は途中から適当だ。けれどもラニアは大真面目だった。
ルイは思わず吹き出す。
「……それ、違うよ」
「ちがう?」
「こう」
ルイは自分の指を折りながら、ゆっくり数え始めた。するとラニアは、じっと見つめながら真似をする。
途中で分からなくなり、今度はルイの指をむにむに触り始めた。
「るい、おっきー」
「ラニアが小さいんだよ」
「ちっちゃい!」
何故か得意げに胸を張る。
その後もラニアは、膝に手を置いたり、袖を引っ張ったり、肩へこてんと寄りかかったり。
幼い子ども特有の距離感で、自然に触れてくる。ルイは最初こそ戸惑っていたが、不思議と嫌がらなかった。
むしろ、少し安心したような顔をしていた。
アデライドは遠くからその様子を見て、目を見開く。
ルイは昔から、人との接触をあまり好まない子だった。侍女に髪を整えられる時も、どこか緊張している。
けれども今は違う。
ラニアに手を握られても、肩に寄りかかられても。困ったように笑うだけで、逃げようとしない。
使用人達もざわついていた。
「ルイ様が、あんなに自然に……」
「手を繋いでおられる……」
「しかも嫌そうじゃない……」
やがてラニアは積み木遊びを始めた。
「るい、みて!」
高く積み上げる。
しかし次の瞬間、ぐらり、と揺れて崩れた。
「あー……」
ラニアは目を丸くした。けれども泣かない。
じっと崩れた積み木を見つめた後、再び積み始める。
ルイは少し驚いたようだった。
「……泣かないんだ」
「ん!」
ルイは小さく笑った。
その笑顔を見て、遠くから見守っていた侍女達が息を呑む。
「今、笑いました?」
「笑いましたよね?」
「ここ数日、ほとんど部屋から出なかったのに……」
ざわざわと小声が広がる。
アデライドもまた、その光景を信じられない思いで見ていた。
ルイはずっと、少し遊べば疲れ、すぐ部屋へ戻る。食事も細く、昼には横になる日が多い。
それなのに今日は違った。
ラニアが転びそうになれば手を伸ばし、一緒に積み木を積み、本を広げれば隣で眺め。気づけば、ずっと動いている。
しかも、楽しそうなのだ。
やがて昼の鐘が鳴った。
侍女が恐る恐る近づく。
「ルイ様。お昼のご用意が……」
するとルイは、ぱっと顔を上げた。
「……今日は、行く」
侍女は目を見開いた。
「え?」
「お腹、空いた」
それは、侯爵家の使用人達にとって衝撃的な言葉だった。
ルイはいつも、「食欲がありません」としか言わない。無理に運んでも、数口で終わることが多いのだ。
アデライドも思わず呟く。
「……珍しいわ」
ルイ自身も少し不思議そうだった。
「何だか、お腹がすいたのです」
ラニアが、とことことルイへ近づいた。そして当然のように、その手を握る。
「いっしょ、たべる?」
にっこり。満面の笑みだった。
ルイは一瞬きょとんとした後、微かに笑った。
「……そうだね」
その笑顔を見て、アデライドは息を呑んだ。
廊下の奥では、使用人達がざわついている。
「ルイ様が昼食だと……?」
「ずっとラニア様と遊んでいたぞ」
「途中で横になられなかった……」
「……しかも、笑顔」
誰もが信じられないものを見る顔だった。
ラニアはそんな周囲など全く気にせず、ルイの手を引っ張る。
「ごはん!」
「そんなに引っ張らなくても行くよ」
「いく!」
てちてち歩く小さな背中。
それを追いかけるように歩くルイ。
その光景を見ながら、アデライドは静かに口元を押さえた。
そうして。侯爵家では、久しぶりに穏やかな空気の中で、昼食の時間が始まったのだった。