軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

出立

そして、出発の時間になった。

馬車の周囲には護衛達が並んでいた。

エドモンドが最終確認をし、オルフェウスが静かに頷く。マルグリットは最後まで荷物を見直していた。

「絶対に無理しないこと」

「はい」

「子供優先よ」

「はい」

「あと、服は本当に足りなくなるから」

「……はい」

妙にそこだけ力が入っていた。

リリアーナはラニアを抱き上げ、馬車へ乗り込む。

ラニアは窓から身を乗り出しそうになりながら、外へ向かって手を振っていた。

「ばいばーい!」

「危ないから座って」

早速だった。

護衛達の合図と共に、馬車がゆっくり動き出す。北の領地を離れ、リリアーナとラニアを乗せた旅が始まった。

小さな子供を連れた旅ということで、馬車はかなり余裕を持った行程になっていた。

無理に急がず、一定時間ごとに必ず休憩を取る。それは護衛達にも徹底されていた。けれど――。

「……お利口すぎませんか?」

最初に呟いたのは、若い護衛だった。

休憩の度に、ラニアは馬車から降りる。

そして当然のように、携帯用おまるへ向かうのだ。

「んー……」

小さな体で一生懸命座り、きちんと済ませる。終わると満足そうに立ち上がり、

「でた!」

と誇らしげに報告する。

リリアーナは思わず瞬きをした。

「……本当に、毎回」

失敗が、ほとんど無い。

マルグリットから散々脅された未来が、今のところ全く来ていなかった。

護衛達も感心したように頷いている。

「普通、この年頃の子供は嫌がりますよね」

「泣くか、遊び始めるか……」

「というか、馬車で粗相しないだけでも凄いのでは」

ラニアはそんな周囲の視線など気にもせず、今度は小さな靴を鳴らしながら歩き回っていた。馬車に戻れば、窓から外を眺める。

「おうち!木!あっ、とり!」

見つける度に嬉しそうに声を上げる。かと思ったら、護衛の馬をじっと見つめては手を振る。護衛の一人が試しに変な顔をすると、ラニアはきゃらきゃら笑った。

空気が自然と柔らかくなる。

「……癒やされる」

「わかる」

「総出で守りたくなるな」

ぼそぼそとそんな声が飛び交っていた。

けれど、一歳半の子供だ。ずっと元気ではいられない。昼を過ぎる頃には、ラニアも少しずつ静かになっていく。

さっきまで外を指差していた小さな手が、今度はリリアーナの服を掴んだ。

「……だっこ」

眠そうな声だった。

リリアーナは優しく抱き上げる。

「疲れた?」

ラニアはこくりと頷いた。そして、リリアーナへしがみつくように抱きつく。

小さな身体は温かくて、そのままリリアーナの胸元へ顔を埋め、ゆっくり目を閉じていった。

馬車の揺れ、規則正しい車輪の音、護衛達の遠い声。その全てに包まれながら、ラニアは安心したように眠っていく。

リリアーナはその髪をそっと撫でた。

「……いい子」

小さく呟く。すると近くで見ていた護衛が、しみじみと言った。

「本当に、賢いお嬢様ですね」

リリアーナは少しだけ笑ったけれど、胸の奥では、思っていた。

……ラニア、とても頑張ってる。

旅が始まって数日。

ラニアは驚くほど順調だった。きちんと休憩のたびにおまるへ行き、食事もよく食べ、夜も比較的穏やかに眠る。護衛達ですら感心するほどの“良い子”ぶりだった。

けれど、それは唐突にやって来た。

「……ラニア?」

馬車の中で、リリアーナは異変に気づいた。いつもなら窓の外を見たり、クッションを触ったりしているラニアが、今日は妙に静かだった。顔色も少し白い。ぼんやりとリリアーナにもたれかかっている。

「どうしたの?」

「……ぅ」

返事も弱い。その時、馬車が少し大きく揺れた。ラニアの身体がぴくりと震える。そして。

「ぅぇ……」

「……っ!」

リリアーナは慌ててラニアを抱き寄せた。

小さな身体が、明らかに気持ち悪そうにしている。

「もしかして……馬車酔い?」

今まで平気だったのに。成長したとはいえ、まだ一歳半の子供なのだ。体調や揺れ方次第では、十分起こり得る。

リリアーナは慌てて荷物を探り始めた。

「えっと、酔い止めの薬草……」

乾燥させた薬草袋を取り出し、そこで動きを止める。

「……でも、小さい子には駄目だったような?」

量を間違えれば刺激が強すぎる。そもそも、一歳半へ使った記憶が無い。リリアーナは完全に困惑した。

「どうしよう……」

ラニアは、ぐったりしたまま小さく口を開く。

「……ねんね、する」

たどたどしい声だった。そして、自分でぎゅっと目を閉じる。小さな手が、リリアーナの服を掴んだまま動かなくなった。

「……ラニア?」

返事は無い。そして、しばらくすると、すぅ……すぅ……と規則正しい寝息が聞こえ始めた。

リリアーナは呆然とラニアを見つめた。

「……寝た?」

本当に寝ていた。あれほど気持ち悪そうだったのに、自分で「寝る」と決めて、そのまま眠りへ落ちていった。

馬車の中に微妙な沈黙が広がる。

「……嘘だろう?」

護衛の一人が思わず呟いた。別の護衛も小さく頷く。

「普通、泣き続ける年頃ですよね……?」

「いや、吐くだろう?」

「自分で対処した……?」

リリアーナも、つい頷いていた。

「……信じられない」

思わず同じ言葉が漏れる。

ラニアはリリアーナへ抱きついたまま、安心したように小さな寝息を立てていた。