軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

公爵夫人からの手紙

それから、時が流れた。

空を覆う魔鳥の襲来は、前回とほぼ同じ結末を迎えた。家畜の被害は大きい。けれど、兵士達の損耗は驚くほど少なかった。

エドモンド達は対策を重ね、以前より冷静に動けるようになっていた。

完全な勝利ではない。

それでも、生き残る術は確かに積み重なっていた。

リリアーナは忙しい日々を送っていた。

甘甘草の生育管理、乾燥、調合作業。そして子育て。

ラニアは、一歳半を過ぎていた。

もう赤ん坊というより、小さな子供だ。よちよちと歩き回り、気になる物を見つければすぐ手を伸ばす。リリアーナの後ろを追いかけ、時々ロキと一緒に転がるように遊んでいる。

そんなある日、一通の手紙が届いた。

差出人を見て、リリアーナは目を見開く。

「……公爵夫人?」

マルグリットと公爵家は、甘甘草の件で頻繁に手紙をやり取りしていた。けれど、リリアーナ個人宛は珍しい。

封を開き、読み進める。そして、リリアーナの表情は次第に曇っていった。

夫人の娘、アデライド。かつて、リリアーナが関わった少女。

そのアデライドは、今では宰相の息子に嫁いでいたた。

しかし、人間関係でアデライド自身が塞ぎ込んでいるという噂を聞いていた。

『昔、アデライドを元気にしてくれたあなたなら、何か出来るのではと思いました』

丁寧な文字が続く。

『旅費、滞在費、護衛費はこちらで負担します。もしアデライドが良くなったなら、お礼も考えています。ラニアというお子さんも、一緒で構いません』

そこまで読んで、リリアーナは手を止めた。

ラニアは、まだ小さい。長旅だ。危険もある。

リリアーナは、その日のうちに皆へ相談した。

「断っても良い」

オルフェウスは静かに言った。

「ラニアの身を第一に考えるならな」

その言葉は厳しいようで、優しかった。

マルグリットは少し考えてから口を開く。

「でも、お世話になっている公爵家だもの。出来れば、応えて欲しいわ」

そしてエドモンド。

「心配なら、行っておいで」

リリアーナは目を瞬かせる。

「……いいの?」

「ああ。俺は呼ばれていないし、領地の事がある。残念だけど行けない。でも」

エドモンドはラニアを見た。

床に座り、木の積み木を並べている。

「護衛は付けるし」

「……」

「それに」

エドモンドは少しだけ視線を逸らした。

「昔、お世話になったのだろう?本当に気にしてるなら、行った方がいい」

リリアーナは何も言えなかった。

それでも、迷った。

本当に連れて行って良いのか。もし途中で熱を出したら。危険があったら。環境が変わって泣き続けたら。

夜、リリアーナはラニアを膝に乗せ、小さく聞いた。

「……どう思う?」

もちろん、本気で答えを期待した訳ではない。一歳半の子供だ。意味など分からないはずだった。けれど。

ラニアはじっとリリアーナを見た。

銀色の瞳が、まっすぐに向けられる。そして、にっこりと笑った。

「いっしょ、いく!」

たどたどしい声。

意味を理解して言ったのか、ただ響きで真似しただけなのか、それは分からない。

でもリリアーナはその瞬間、胸の中の迷いがすっと消えていくのを感じた。

ラニアを強く抱きしめる。

「……うん」

小さく、微笑んだ。

「行こうか」

出発の日が近づくにつれ、屋敷の中は少しずつ慌ただしくなっていった。

長旅になる。しかも、一歳半の子供連れだ。

リリアーナは、ラニアの負担を少しでも減らそうと、馬車の中へ羽毛のクッションを幾つも運び込んでいた。

「これなら、少しは楽かな……」

ふかふかの座席を押して確かめる。

そこへ、マルグリットがやって来た。

「それだけじゃ足りないわよ」

「……え?」

リリアーナが振り返ると、マルグリットは慣れた顔で荷物を確認していた。

「着替えは多めに持った?」

「はい」

「シーツの替えは?」

「あります」

「布は?」

「布?」

マルグリットは、はあ、とため息をついた。

「一歳半の子供が長時間馬車に乗るのよ?」

嫌な予感がした。

「まず、酔うわ」

「……酔う?」

「吐くの」

リリアーナの顔色が変わった。

「それから、お腹も壊すかもしれない」

「え」

「揺れが嫌で泣き続けることもあるわね」

「……」

「途中でおまるを嫌がるかもしれないし、眠くて機嫌が悪くなるかもしれない」

マルグリットは淡々と続ける。

「しかも、子供って、何故か一番大変なタイミングで粗相するのよ」

「粗相……」

「食事の直後に服を汚す」

「……」

「やっと眠ったと思ったら、お漏らし」

「……」

「護衛が真剣な顔で周囲を警戒してる横で、子供は突然『いや!』って叫びながら暴れるの」

リリアーナは、だんだん青くなっていった。

「……まさか、そんなにも大変なのですか?」

マルグリットは不思議そうに瞬きをした。

「当然よ」

そして、じっとリリアーナを見る。

「勿論、覚悟していたのでしょう?」

「…………」

リリアーナは言葉に詰まった。

考えていませんでした、そう言いたかったが、流石に言えない。

ラニアはそんな二人を見ながら、羽毛のクッションに顔を埋めて楽しそうに笑っている。

「ふわふわ~」

呑気だった。

リリアーナは頭を抱えたくなった。