作品タイトル不明
小さき存在の努力
僕は小さくため息をついた。
ようやく、自分の意思で身体を動かせるようになった……。
まだ完璧ではない。けれど、「食べる」「出す」という、ごく当たり前の行為を自分の意思で行えることが、こんなにも素晴らしいものだったとは。改めて、人間という身体の不思議さを思い知る。
この身体は、あまりにも多くの可能性を秘めている。それなのに、どうして誰も、その事実に気づかないのだろう。
僕は見てきた。
――精霊の愛し子。
それは後天的に得るものではない。
人間が生まれながらに持つ“資質”そのものなのだ。
そして、スキル鑑定。
あれも本来は、精霊の愛し子を見つけ出すために生まれた技術だった。なぜなら、スキルとはその人間が持つ本質――数ある資質の中でも、とりわけ突出した部分を映し出すものに過ぎないのだから。
資質を調べる作業は、同じということ。
僕は知っている。
この世界で“治癒”と呼ばれているものの正体は、奇跡なんかじゃない。本来、人が持っている自己治癒力を活性化しているだけだ。
傷を塞ぐ力、熱を下げる力、壊れた身体を元へ戻そうとする力。
それは最初から人間の中に存在している。それを異常なほどに加速、修正を加えているのだ。
そして“スキル”。
あれも神から与えられる絶対の力なんかじゃない。
自己が選択した方向性――生き方や思考、積み重ねによって形作られた力だ。
ならば、“魔力”とは何か。
答えは簡単だ。
あれは生体エネルギー。
誰もが持つ、命そのものの力だ。
使える者と使えない者。強大な者と、そうでない者。
その差は、生まれつきだけではない。
その差は、意識だけのものではない。
むしろ、赤子の時代。この何もできない、無力に見える期間こそが決定的なのだ。
僕は、それを知っていた。
だから必死に、努力した。
この小さな身体、この弱い手で。
呼吸を意識し、身体の内側を感じ、微細な循環を整える。眠り、食事、感情、意識、その全てを使って、自分の生体エネルギーを少しずつ育てていった。
まるで動く瞑想だ。
時には、泣くことすら制御し、感情の暴走を抑え、自律神経を整える。身体の奥で巡る熱を感じながら、少しずつ魔力の通り道を広げていく。
当然だろう?
でなければ、リリアーナを守れない。
彼女を守るには、強くならなければならなかった。つまり、誰より最大限に、この力を扱えるようにならなければならなかった。
……もっとも。
ロキは、たぶん薄々気づいている。僕が普通じゃないことを。
けれど、ロキ賢い。何も知らないふりをしている。その距離感には助けられていた。
この一年。
僕は初めて、自分を褒めたいと思った。
赤ん坊という不自由な縛りの中で、必死に人間の子供を演じ続けた。本当に。
……まあ、“人間の子らしく”は続けないといけないけどね。
だって、リリアーナが一番の愛情を注いでくれるのだから。
あれは凄い。
抱き上げられ、頬を寄せられ、優しく名前を呼ばれる。あの幸福感は、何物にも代え難い。
エドモンドですら入れない境地。
ふふふ。
……笑えるよね。
そしてある日――。
今にも消えてしまいそうな、弱々しい精霊が現れた。
淡い光を揺らしながら、はるか遠くから辿り着いたのだろう。その姿は酷く不安定で、風に吹かれれば消えてしまいそうだった。
精霊は真っ直ぐに僕を見ていた。
何かを伝えようとしている。必死に、途切れそうになりながらも。
けれど、今の僕には届かない。
言葉も、意思も、力も。まだ、この未熟な身体では受け取れない。僕にできたのは、ただ目で追うことだけだった。
もどかしかった。
今の僕は、あまりにも何も出来ない。
すると、ふとロキの視線が動いた。
……ああ、やっぱり。
ロキも気づいている、あの精霊の存在に。
けれど、あいつは何も見えていないような顔をしていた。完全に知らないふりだ。
狡いよね。
絶対に気になっているくせに。
でも、今はまだ、それでいい。
この件については――先なのだから。