作品タイトル不明
リリアーナの一年
ラニアが庭で遊んでいた。
葉っぱを掴んだり、ロキを追いかけたり。リリアーナは少し離離れた所で座ってその様子を見ていた。
そして、ふと思い出した。ラニアが産まれてすぐの頃。
小さい身体、か細い泣き声。息をしているかどうか、何度も確かめた夜。
「……生きてる」
そう呟いても、不安は消えなかった。眠っている間さえ、気が抜けない。少しでも泣けば飛び起き、抱き上げる。何が正しいのか分からないまま、それでも手を止めることは出来なかった。
……この子を、死なせてはいけない。
ただ、その一つだけで動いていた。
疲れていた。理由もなく涙が出る日もあった。
「ちゃんとしなきゃ」
そう思うほど、うまくいかない気がした。
それでも、腕の中の温もりだけは、確かだった。
やがて、少しずつ変わっていった。
ラニアが、声を出して笑うようになった頃。
「あー……」
その小さな声に、思わず顔を近づける。
「どうしたの?」
そう問いかけると、また声が返ってくる。まるで、応えているみたいに。その瞬間、胸の奥がふっとほどけた。
……この子は、ちゃんと“ここにいる”。
ただ守るだけではない、触れれば返ってくる。呼べば、見てくれる。
一方通行だったものが、少しずつ“やり取り”に変わっていく。
「ラニア」
名前を呼ぶたびに、応えるような気がして。その度に、愛しさが増えていった。
泣き方の違いも、少しずつ分かるようになった。お腹が空いた時、眠い時、なんとなく不安な時。全部は分からない。でも、“前よりは分かる”。それだけで、少し自信が持てた。
さらに時が過ぎると、また違う感情が生まれた。
ラニアが自分の意思で動くようになった頃。
手を伸ばし、物を掴み、気に入らなければ泣く。思い通りにいかないと、身体を反らせて拒む。リリアーナは一瞬、戸惑った。
……どうして?
さっきまで笑っていたのに。同じように接しているのに。
……ラニアは、“違う存在”。
リリアーナは気づいた。ラニアは、好きなものも、嫌なことも、ちゃんと持っている。
「……そうなんだね」
小さく呟いた。
可愛いけど、思い通りにはならない。そのもどかしさに、戸惑う時もあった。何も出来なかった頃の方が、楽だったのかもしれないと、一瞬だけ思ってしまうこともあった。
けれど、その“意思”こそが、成長なのだ。
「ラニアは、ラニアだね」
そう思えた時、不思議と心が軽くなった。
そして、一年。ラニアに、
「まんま」
そう呼ばれるたびに、胸が温かくなる。
歩いて、転んで、でも泣かないで立ち上がって。小さな身体が、自分で進もうとしていた。
「……すごいね」
その言葉には、驚きと尊敬が混じっていた。
一年が過ぎて、理解した。
守るだけでは、もう足りない。この子は、自分の世界を持ち始めている。
「ねえ、ラニア」
そっと話しかけると、ラニアは顔を上げ、ふわりと笑う。
リリアーナは、感じた。
この子は“守るもの”であると同時に、“一緒に生きている存在”なのだと。
「……相棒、みたいだね」
小さく呟やくと、ラニアはリリアーナにぎゅつとしがみついた。
この一年で、世界の見え方は変わった。
今日、ラニアがちゃんと食べて、よく眠って、笑って。そんなことで、心が満たされる。同時に、この子がこれから生きていく未来を考えるようになった。
守りきれるものではないけれど、願わずにはいられない。
「……大丈夫だよ」
ラニアを抱きしめながら、そう呟く。
それはラニアに向けた言葉であり、同時に、自分自身への言葉でもあった。
未熟でも、迷いつつも。
それでも、この一年を越えてきた。