軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

生後一年

季節は更に巡り、ラニアは一歳を迎えた。

もう「赤ちゃん」と呼ぶには、どこか違う。

床の上、ラニアは、何も掴まずに立っていた。

「……ラニア」

リリアーナがそっと呼ぶ。その声に、ぱっと顔を上げて、とん、と一歩。少し揺れながらも、もう一歩。

「……歩いた」

小さく呟いたのはエドモンドだった。

ラニアは数歩進んだところで、ぺたりと座り込む。

「まんま!」

嬉しそうに手を伸ばした。

リリアーナはすぐに近づき、その手を取る。

「上手だよ、ラニア」

そう言って抱き上げると、ラニアは安心したように笑った。その腕の中が、何より好きなのだと分かる。

「……完全に、あっちだな」

エドモンドがぽつりと呟く。

ラニアはその声にちらりと視線を向け、すぐに、ぷいと顔を背けた。

「……やはりか」

「うん……ごめんね」

なぜかリリアーナが謝る。マルグリットは小さく肩をすくめた。

「好みは、変えられないわ」

その日の午後。

ラニアは床に座り、積み木を手にしていた。

ひとつ、ふたつ、慎重に重ねると少し傾く。

「……」

じっと見つめる。そして、もう一つ乗せようとして、崩れた。

「……あ」

小さく声を漏らす。

けれど泣かない。もう一度、やり直す。

今度は、ふたつ、みっつ。

「できたね」

リリアーナが優しく声をかけると、ラニアは振り向き、誇らしげに笑った。

「どーぞ」

そう言って、積み木を差し出す。

「……ありがとう」

リリアーナは受け取り、軽く頭を下げる。ラニアも、少し遅れてぺこりと頭を下げた。

「……言葉も、覚えているわね」

マルグリットが感心したように言う。

言葉も、仕草も、ちゃんと始めている。

食事の時間になると、ラニアは自分でスプーンを握ろうとした。

「自分でやるの?」

「ん!」

力強く頷き、すくって――落とす。またすくって、少しだけ口に入る。

「……難しいな」

エドモンドが見ている。ラニアはその視線に気づき、一瞬動きを止めた。そして、明らかに不満そうな顔をする。

「……あー」

小さく声を出し、スプーンを置く。

「まんま」

リリアーナに手を伸ばした。

「……俺がいると駄目か」

「そんなこと……」

否定しきれないリリアーナに、エドモンドは小さく息をついた。それでも、何も言わずに少し距離を取る。ラニアは安心したように、再び食事を始めた。

「……」

その後。

外に出ると、ラニアはロキを見つけて声を上げた。

「ロー!」

まだ言葉にはなっていないけれど、明らかに“呼んでいる”。ロキは静かに近づき、その前に座る。ラニアはよちよちと歩いて近づき、その毛並みに手を伸ばした。

ロキは動かない。ただ、静かに受け入れている。ラニアは嬉しそうに笑い、体を寄せた。そのまま、ぽんぽんと叩いたり、掴んだり。

「……楽しそうだな」

エドモンドが言う。

「うん、ロキのこと好きみたい」

リリアーナは微笑んだ。

ラニアはロキの周りをぐるぐると回り、時々転びそうになりながらも、何度も近づく。その様子は、まるで遊んでもらっているようだった。

けれど、ふと動きが止まる。ラニアは、その場で立ち止まり、何もない空間を見つめた。

「……?」

リリアーナが首を傾げる。

ラニアの視線は、何か、を見ているようだった。じっと、瞬きも少なく。その幼い顔に、不思議なほどの落ち着きが宿る。

「……ラニア?」

呼びかけても、すぐには反応しない。やがて、ゆっくりと視線を戻す。

「まんま」

何事もなかったかのように、手を伸ばした。

「……どうしたのかしら」

マルグリットは何も言わなかった。

ただ、少しだけ目を細める。その様子を、ロキだけが静かに見ていた。

夕方。

ラニアはリリアーナの腕の中でうとうとしていた。小さな手が、しっかりと服を掴んでいる。

「……離さないな」

エドモンドが言う。

「うん」

リリアーナは優しく頷いた。ラニアは眠りに落ちる直前、小さく呟く。

「まんま」

その声は、とても穏やかだった。

赤ん坊は終わり、幼児へ。自分で歩き、自分で選び、自分の意思で関わる。その中心にいるのは、やはりリリアーナだった。

ラニアは、確かにラニアで、この世界で生きていた。