作品タイトル不明
生後四ヶ月
ラニアが生まれて、四ヶ月が過ぎた。
腕に抱いたときの安定感が、以前とはまるで違う。首はしっかりとして、縦に抱いてもぐらつかない。
「高い、高い」
リリアーナがそう言ってラニアを抱き上げると、ラニアは嬉しそうに「きゃっ」と声を上げた。
顔を上げ、周囲を見回す。
以前はぼんやりと眺めているだけだったのに、今ははっきりと“見る”ようになっていた。
「もう、ちゃんと首がすわってるのね」
マルグリットが穏やかに言う。
「はい。抱きやすくなりました」
リリアーナはそう言って、ラニアの頬に軽く触れた。するとラニアは、ぱたぱたと手足を動かして応える。
その動きは、力強く、はっきりとしていた。
そして。
「あ、」
リリアーナが小さく声を漏らす。
ラニアが、身体をひねるようにして動いたのだ。仰向けのまま、ぐっと横へ体重をかける。
「寝返り、しそうだな」
エドモンドが腕を組んで見ていた。
「……もう少しかかるだろうが」
そう言いながらも、その視線はしっかりラニアを追っている。ラニアは少し不思議そうに顔をしかめ、それからまた身体を戻した。
その日の午後。ラニアは目の前に置かれた、色のついた柔らかい布をじっと見つめていた。ゆっくりと手を伸ばして――ぎゅ、と掴む。
「ふふ」
リリアーナが声を上げる。
ラニアは、そのまま迷いなく口へ運んだ。
「やっぱり、入れるのね」
リリアーナは少し呆れた声で言った。
マルグリットが隣で見ていた。
「何でも口で確かめるのよ。だから近くには気をつけるの」
ラニアは満足そうに「うー」と声を出した。
掴んで、口に入れて、また振る。
その一つ一つが、初めての発見のようだった。
「……忙しそうだな」
エドモンドがぽつりと言う。その言葉に、リリアーナは笑った。
「本当ね」
ラニアはちらりとエドモンドを見たが、直ぐに視線を外した。そしてその後も、目に入るものを追い続けた。動く手、揺れる布、差し込む光、首をしっかり動かして、追いかける。
リリアーナと視線が合えば、ぱっと笑う。同時に。
「あー!」
「きゃっ」
声も増えていた。
ただの音ではなく、楽しさを伝えるような響き。オルフェウスがそれを見て、嬉しそうに目を細める。
「よく笑う子だな」
「ええ、とても。愛情をいっぱい受けているからよ」
マルグリットが頷いた。
その言葉に、リリアーナは少しだけ照れたように笑った。
やがて、リリアーナはラニアを連れて外へ出るようになった。
「気持ちいいね」
柔らかな風が頬を撫でる。ラニアは縦に抱かれたまま、きょろきょろと周囲を見ていた。
空、木々、揺れる葉、見るものすべてが新しい。
「……よく見てるな」
隣を歩くエドモンドが言う。
「うん。楽しいみたい」
そのすぐ後ろを、静かに影がついてくる。
ロキだった。音もなく、一定の距離を保って歩く。時折、ラニアの様子を確かめるように視線を向ける。ある日、ふと戻ってきたのだ。
「ロキも、来てくれてるね」
リリアーナが微笑む。
ロキは何も言わない。ただ、尾を一度だけ静かに揺らした。それが答えのようだった。
ラニアは、ロキをよく見ていた。
散歩の時間は、穏やかに過ぎていった。
けれど、夜になると少し様子が変わった。
寝かしつけたはずのラニアが、また起きていた。少しぐずり、抱いてもすぐには眠らない。
「最近、寝付きが悪いな」
エドモンドが言う。
「うん……。昼間はとてもよく寝てたのだけど」
リリアーナはラニアを揺らしながら、少し困ったように笑った。
次の日、マルグリットにラニアのことを相談してみた。マルグリットは、静かに言った。
「……昼寝のし過ぎかしら?」
「え?」
「ええ。きっと、大人に近い眠り方になってきてるのよ」
リリアーナは、腕の中のラニアを見つめた。
ラニアは小さく声を出しながら、リリアーナの服を掴んでいる。
「……そっか」
困っているのは、自分だけじゃない。
ラニアもまた、変わっていく途中なのだ。
ロキは、少し離れた場所で丸くなっていた。
それでも、耳だけは静かに動いている。
すべてを見守るように。
ロキだけが、知っている。
ラニアが、ロキを見つめる瞬間。それは、いつも瞳が金色なことを。
それがほんの少しずつ、増えていることを。