軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

シルヴァルナ島①

時と場所は移り変わる。

ここは、時を遡ったシルヴァルナ島。

海に囲まれたその島で、セレナ王女はただ静かに、姉の帰りを待っていた。

あの日、セラフィーネは慌ただしく島へ戻ってきた。

「ラディンを泉から助ける」

そう告げた声には、迷いがなかった。

けれどその奥に、深い焦りと責任が滲んでいるのを、セレナは見逃さなかった。

島に戻ってからのセラフィーネは、ほとんど休まなかった。技術者たちと何度も話し合い、方法を探し続けた。そして、再び島を発つ前。

「ごめんなさい、セレナ」

そう言った姉の表情は、どこか痛々しかった。

「どうしても、助けたいのよ。私の責なのだから」

その言葉に、セレナの胸はわずかに締めつけられた。本当は、引き止めたかったのかもしれない。けれど。

「私も、成長してるわ。大丈夫よ」

気づけば、そんな言葉が口をついていた。なぜ、あんなふうに言ってしまったのか。今でも、はっきりとは分からない。

ただ、姉の足を止めたくなかったのだと、今なら思える。

「荷物が多いから、通信魔道具は置いてくわ。身軽で行きたいの」

そう言って、セラフィーネは旅立った。

その姿に、島の者たちは戸惑った。王女でありながら、あまりにも無防備で、あまりにも一途だったからだ。

それでも誰も止めなかった。いや、止められなかった。

それはきっと、ラディンのことだったから。

かつてこの島に訪れた、あの存在。島に確かな何かを残していった人物。そのラディンを救うためだと知れば、反対の言葉は自然と消えていった。

セラフィーネが島を発ってから、時間が過ぎた。順調に進んでいるのなら、もう、いつ帰ってきてもおかしくない。

けれど、帰ってこない。

セレナは今日も、海の向こうを見つめる。風は穏やかで、波も静かだ。まるで何事もないかのように、島は変わらずそこにある。

……お姉様。

心の中で、そっと呼ぶ。

あの日の言葉が、ふと蘇る。

……私も、成長してるわ。大丈夫よ。

あれは、本当に姉を安心させるための言葉だったのか。それとも――自分自身に言い聞かせるためだったのか。

答えは、まだ出ない。

ただ一つ、確かなのは。

セレナもまた、待つだけの少女ではいられなくなっていたということだった。

シルヴァルナ島での時間は、静かに、しかし確かに流れていた。

セレナ王女は、姉がいない間、自ら積極的に動いた。人々の声に耳を傾け、島の隅々を巡り、失われかけていた技術の記録を紐解いた。

そして何より、精霊に語りかけた。

長い時を生き、人を見守ってきた存在は、問いかければ応えるだけの理を持っていた。

寂しい夜、答えの出ない問題に行き詰まった時、セレナは、そっと目を閉じて呼びかける。どうすればいいのか、と。

精霊は多くを語らない。だが、その言葉はいつも誠実だった。曖昧な慰めではなく、事実と、選択と、覚悟を示す。

それが、セレナを支えていた。

そうして積み重ねた日々の先で、ようやく、セラフィーネが帰還した。出立の時と同じく、たった一人で。

けれども、その姿を見た瞬間、セレナの胸に冷たいものが走った。

あまりにも、違っていた。

あれほど強い意志を宿していた瞳は、今はどこか揺らぎ、顔色は青く、立っていることすら辛そうに見える。

セレナは迷わず歩み寄った。

「……もしかして、失敗したのですか?それとも、間に合わなかったのですか?」

声は抑えたつもりだったが、わずかに震えていた。それほどまでに、姉の様子は尋常ではなかった。

セラフィーネは、ほんの一瞬だけ目を伏せ

「……いいえ。ラディンは助けたわ」

そう答えた。

そして、弱々しく微笑む。

その言葉に、セレナは息を呑んだ。

助けた、確かに、そう言った。

「それなら、何故……」

問いを重ねようとして、セレナは言葉を止めた。

周囲に、人の気配があった。島の者たちが、距離を保ちながらこちらを見ている。安堵と、不安と、そして拭いきれない緊張を含んだ視線。

ここで聞くべきではない、セレナは一瞬でそう判断した。言葉を飲み込み、代わりに静かに息を整える。

「……お帰りなさい、お姉様」

そう言って、そっとセラフィーネの手を取った。

その手は、驚くほど冷たかった。