軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔鳥襲来

北の領地に、張り詰めた空気が戻りつつあった。魔鳥の渡りの時期が近づいていた。

魔鳥は、ただの獣ではない。

空から急降下し、鋭い爪で人も家畜も引き裂く。対処が遅れれば、被害は一気に広がる。

そして何より――空にいる限り、手が届きにくい。

「屋根の補強は?」

「進めていますが、完全ではありません」

「急げ。急降下を防げるだけでも違う」

オルフェウスは即座に指示を飛ばした。

その時だった。

「……一つ、試したい方法があります」

エドモンドが口を開いた。

視線が集まる。

オルフェウスは、静かに息子を見た。

「言え」

短く促す。エドモンドは一歩前に出た。

「魔鳥は、獲物に反応して降りてきます」

「……そうだな」

「ならば、意図的に“降ろす”ことができます」

わずかな間の後、オルフェウスの目が細くなる。

「囮か」

「はい。家畜を使います。開けた場所に出し、魔鳥を誘う」

「……損害は出るぞ」

即座に返された言葉。それでもエドモンドは、目を逸らさなかった。

「承知の上です、空から襲われ続けるよりは被害を限定できます」

「……続けろ」

「誘い出したところを、伏せていた部隊で叩きます」

エドモンドの視線が、地図へと落ちる。

「長柄武器を持たせた兵を配置します。槍や長斧なら、降りてきた瞬間を狙える」

「地に降ろして、仕留めるか」

「はい」

さらに続ける。

「屋根の補強も併用します。急降下の直撃を防ぎつつ、狙いを囮へ誘導する」

オルフェウスは、しばらく何も言わなかった。ただ、じっとエドモンドを見ている。

「……お前が指揮を執るのか」

「はい。責任も、すべて負います」

迷いはなかった。

その言葉に、周囲がわずかにざわめく。

オルフェウスは、ゆっくりと息を吐いた。

「理屈には、適っている」

それが、最初の評価だったが、視線が鋭くなる。

「しかし、囮にした家畜だけで済むとは限らん。誘導に失敗すれば、被害は広がる」

「分かっています」

「それでも、やるか」

「……やります」

エドモンドは即答した。その目は、揺れていなかった。オルフェウスは、わずかに口元を緩めた。

「いいだろう、準備しろ。配置も、お前に任せる」

決断は早かった。

「ありがとうございます」

エドモンドは深く頭を下げ、そのまま踵を返し、外へ出る。

家畜を移動させる者、武器を整える者、屋根を補強する者がすでに動き始めていた。

オルフェウスはその背を見ながら、ぽつりと呟いた。

「……ああいう顔をするようになったか」

かつての少年はもういない。守るべきものを持ち、そのために手段を選ぶ覚悟を持った男の顔だった。

家畜は広場へと集められていた。

牛や羊が落ち着かない様子で鳴き声を上げ、鼻先を揺らす。

だが――空気が、去年とは明らかに違っていた。

ざわめきはある。だがそれは活気ではなく、戸惑いと不安に近いものだった。視線が、どこか空白を探すように彷徨っている。

リリアーナの姿はない。

そして、ラニアも――いない。

理由は、誰もが知っていた。

リリアーナは母となり、この場には立てない。ラニアは、不慮の事故で命を落とした。

その事実が、言葉にならない重さとなって、この場に沈んでいた。

「……去年とは、違うな」

誰かが小さく呟く。

その声に応じる者はいない。だが皆、同じことを感じていた。

――前回、魔鳥の動きは異様だった。

群れの統率、狙いの鋭さ、何か意図を持った動き。だからこそ、今回の準備は違う。

「……本当に、これで出来るのか」

不安の滲む声。

しかし、その問いに答えたのは――エドモンドだった。

「出来る」

短い、断定だった。

その声には迷いがなく、冷静な確信だけがあった。視線が自然と彼に集まる。

エドモンドは、家畜の配置、兵の位置、風向き、すべてを静かに見渡していた。

その横顔は険しい。しかし、それ以上に――揺るがない意志があった。

オルフェウスは、その様子を少し離れた場所から見ていた。

あえて、指示も、助言も、与えない。

今回の指揮は、すべてエドモンドに委ねている。

――自らが動くのを、妨げてはならない。

もし失敗したとしても、それは無駄にはならない。血肉となり、次へと繋がる。

誰もが、最初から完璧ではないことを知っているからこそ、任せる。

オルフェウスは、静かに腕を組んだ。

(……いい顔だ)

かつての自分を思い出すように、目を細める。広場の中心で、エドモンドが一歩前に出た。

「――配置を維持しろ。合図までは動くな」

低く、よく通る声だった。

兵たちの背筋が伸びる。恐れはあるが、それ以上に従う理由があった。

エドモンドは空を見上げる。まだ、何もいない。しかし――

「……来るぞ」

誰にも聞こえないほどの声で、そう呟いた。

風が、わずかに変わった。

魔鳥は、やがて空に影を落とした。

甲高い鳴き声とともに、旋回しながら獲物を探る。やがて、地上に集められた家畜の群れを見つけた瞬間――その軌道が変わった。

一直線に、降りてくる。

風を裂く音が、鋭く耳を打つ。

「来るぞ!」

誰かの声と同時に、兵たちの気配が一斉に張り詰めた。屋根の下、息を潜めていた部隊が、槍を構える。魔鳥は疑いもなく、家畜へと狙いを定めていた。

地上に降り立つ、その一瞬――

「今だ!」

掛け声とともに、槍が突き出される。

硬い羽根に弾かれる音、しかし隙間を縫うようにして刃が入り込む。

悲鳴にも似た鳴き声が響き、暴れる巨体が土を蹴り上げた。

さらに、次の一撃。

別の兵が横から打ち込み、魔鳥は大きく体勢を崩す。

空へ逃げようと羽ばたくものもいたが、上空へ上がる前に、長柄の刃が届く。

低く抑え込まれたその動きは、以前より明らかに鈍っていた。

だが――すべてを防げるわけではなかった。

別の個体が、屋根の外側から急降下し、家畜へと爪を突き立てる。

悲鳴が上がり、血の匂いが広がる。

「止めろ!」

声が飛ぶ。

兵たちは即座に動いたが、間に合わないものもあった。戦いは、短くも激しく続いた。

「やはり、弓矢で迎え撃つべきだ」

そんな声も上がった。

けれども、エドモンドは動かなかった。

――七日後。

空は静けさを取り戻していた。

結果は、明確だった。

家畜の被害は大きい。柵の内に残った数は、見るからに減っていた。

けれども、兵の損耗はほぼ無かった。

その事実だけが、今回の戦の成果だった。

エドモンドは、その報告を受けながら、険しい顔を崩さなかった。

「……」

魔鳥の羽根と鱗は集められ、少しずつ商人へと渡される。それによって、ある程度の損害は補填できるだろう。

それでも――

「足りないな」

小さく、呟いた。

エドモンドは、ゆっくりと拳を握りしめた。

その横顔には、迷いではなく、次を見据える意思だけがあった。

一方で――リリアーナは、静かな部屋の中にいた。外の騒がしさは、ここには届かない。

それでも、何が起きているのかは、痛いほど分かっていた。

魔避けは作った。できることは、やった。

けれど――ラニアを、見る。

そこにある、小さな命。

今の自分が守るべきものは、はっきりしている。外へ出ることも、戦うこともできない。

ただ――

「無事で、いて……」

小さく、祈る。

それしか、できなかった。

けれどその祈りは、確かに強く、深く、胸の奥に根を張っていた。