作品タイトル不明
生後二ヶ月
生後二ヶ月が過ぎた頃、ラニアはすっかり“赤ん坊らしい”姿になっていた。
頬はふっくらと丸く、腕や足にも柔らかな肉がついている。抱き上げると、以前よりもずしりとした重みがあり、その確かな成長が手の中に伝わってきた。
リリアーナは、そんなラニアを胸に抱きながら、静かに微笑む。
「大きくなったね」
語りかけると、ラニアは「あー」と小さな声を返した。
以前はただ泣くだけだった声が、今は少しずつ意味を持たない“言葉”へと変わり始めている。
「……今の、聞いた?」
嬉しそうに振り返るリリアーナに、エドモンドは一瞬遅れて頷いた。
「ああ……今、何か言ったな」
だがその表情は、どこかぎこちない。どう反応していいのか、まだ掴みきれていない様子だった。
ラニアは、ゆっくりと視線を動かす。光の差す窓、揺れる布、そして――声のする方へ。
「……見てる」
リリアーナがそっと呟く。
ラニアの視線は、確かにエドモンドの方を向いていた。
「……俺を、か?」
少し戸惑いながらそう言うと、ラニアはまた「あぅ」と声を出した。
エドモンドはわずかに目を見開き、それから小さく息を吐く。
「……そうか」
それ以上は言わなかったが、その声はどこか柔らかかった。
その様子を、少し離れたところから見ていたオルフェウスが、ふっと笑った。
「ちゃんと分かってるな」
ゆったりとした足取りで近づき、ラニアを覗き込む。
「こっちだ」
指を軽く動かすと、ラニアの目がそれを追う。ゆっくりと、だが確かに。
「追ったぞ。見えてるな」
どこか誇らしげに言うその様子は、まるで自分のことのようだった。リリアーナはくすりと笑う。
「すごいね」
「当然だ。儂の孫だからな」
オルフェウスは胸を張った。その横で、エドモンドは腕を組みながら静かに見ている。
「……そんなものか?」
「そんなものだ。お前もそのうち分かる」
オルフェウスは軽く笑った。
ラニアは再び声を出す。
「くー……あー」
その声に、リリアーナはすぐに応える。
「どうしたの?」
顔を覗き込み、指を差し出すと、小さな手がそれをぎゅっと握った。
まだ弱々しい力。それでも、確かに“掴もうとする意思”があった。
「……すごい」
思わずこぼれた言葉。
ラニアは満足したように、小さく声を漏らす。その様子を見て、マルグリットが静かに言った。
「この時期はね、こうして少しずつ世界と繋がっていくのよ」
穏やかな声だった。
「声を出して、見て、触れて……全部が初めてなの。この時は、今しかないわ」
リリアーナは頷きながら、ラニアを見つめる。
「……全部、覚えていくのね」
「ええ。だから、たくさん話しかけてあげなさい」
マルグリットは微笑んだ。
「その分、ちゃんと返してくれるから」
その言葉の通りだった。
ラニアはまた、小さく声を上げる。まるで応えるように。エドモンドは少しだけ迷ったあと、ぎこちなく口を開いた。
「……ラニア」
低い声だれど、確かに呼んだ。
その瞬間――ラニアの視線が、ぴたりとエドモンドに向いた。
「……」
エドモンドは言葉を失う。
オルフェウスが、横で小さく笑った。
「ほらな」
エドモンドは何も言わず、ただラニアを見つめた。
「……」
ゆっくりと、エドモンドは手を伸ばす。
ラニアの頬にそっと触れると、とても柔らかくて、温かい。
その感触に、思わず表情が緩む。
まだ不器用なままだけれど。
それでも確かに、彼もまた、少しずつ“父”になり始めていた。