作品タイトル不明
皇国の王
セリウスの婚約者の部屋から、リリアーナとラニアが出てきた。その姿を見た瞬間、ローデンはわずかに目を細めた。
……ラニアの顔色が、少し悪い。
ほんのわずかな違和感。だが、見過ごせるものではなかった。
「……大丈夫か?」
声を落として、そっと問う。
「……ん。少し疲れた」
ラニアは、ローデンを見ないまま答えた。
「……そうか」
それ以上、踏み込めなかった。
……おそらく、ラニアはあの泉から離れられない。ローデンの直感が、そう言っていた。
視線を外すと、少し離れた場所ではエドモンドとリリアーナがセリウスから礼を受け取っていた。
マルグリットから頼まれていた、皇国特産の織物だが、明らかに量が多い。
「では、残りは送りましょう」
セリウスが苦笑混じりに言う。謝礼も、織物も、決して少なくない。
「彼女がね、沢山お礼をして欲しい、って。処置については秘密だけど、って言うからね」
セリウスはそれ以上、踏み込まなかった。
囲えば、逃げる。それが分かっているからこそ、余計なことは言わない。
その日は、そのまま一泊することになった。
そして翌日、リリアーナたちが皇国を発つ時。
「ローデン、帰り道の護衛頼んだよ」
セリウスが軽く言う。
「当然だ」
ローデンは、迷いなく答えた。
「ローデン、大変だぞ。別に他の護衛でも問題無いのだが?」
エドモンドが、少し探るように言った。
……冗談じゃない。これで最後の別れなど、望んでいない。
ローデンは、その言葉は口には出さなかった。
昨夜、ローデンは密かに皇国の王でもある父のもとを訪れていた。
「戻らなかったら、死んだと思って欲しい」
そう告げた時、王はわずかに目を細め、口元を緩めた。
「お前が、そんな言葉を言うとはな」
感心とも、呆れともつかない声音。ローデンは、何も答えなかった。ただ、黙って立っていた。
「儂にも見せぬときた。残念だ」
軽く笑いながらも、王はローデンの表情をじっと見ていた。少しだけ、険しくなったその顔を。
「……わかった」
やがて、王は頷いた。
「まあ、戻って来たら、必ず報告するのだぞ」
……振られること、前提か。
ローデンは、心の中で苦く思う。
「……わかりました」
それ以上は、何も言わなかった。
翌日、ローデン達が発った後セリウスは皇国の王に呼び出されていた。
広い謁見の間。静まり返った空気の中で、王はどこか愉快そうに口元を緩めている。
「ローデンは、面白くなったな」
くく、と喉の奥で笑う。
「……そうですね」
セリウスは一歩下がった位置で、静かに答えた。わずかに息を吐く。
……リリアーナとラニアの存在は、できる限り伏せておきたい。軽々しく触れていい話ではない。あの二人に関わることは、あまりにも“話せない”。
「婚約者の調子も、悪くないとか」
不意に落とされた言葉に、セリウスの視線がわずかに揺れた。
……やはり、知っているのか?
王は何もかも見透かしているような目をしていた。
「そうですね。おそらく、無事に式も挙げられます」
慎重に、しかし曖昧にせず答える。
「何よりだ」
王は満足げに頷いた。そして、ふと声音を落とす。
「同じ轍は踏むなよ」
その一言に、セリウスの拳がわずかに強く握られた。過去をなぞるような言葉。だが、責める響きではない。むしろ、警告に近い。
「……心してます」
短く、頭を下げる。王はそれを見て、また表情を緩めた。
「なあ、賭けをしないか?」
唐突な言葉だった。セリウスは顔を上げる。
「ローデンが、ラニアという少女を手に入れるか、否か」
王の口元は、はっきりと弧を描いていた。まるで面白い見世物でも見つけたかのように。
「……王は、どちらに?」
静かに問い返す。
「セリウス。お前から答えよ」
試すような声音。セリウスは、ほんの一瞬だけ考えた。
……読めない。ローデンの不器用さも、ラニアの底の見えなさも。どちらも、簡単に測れるものではない。
「……保留で」
結局、そう答えた。王は肩をすくめる。
「つまらんな」
だが、その目は楽しげだった。沈黙が落ちる。セリウスは、ふと遠くを思う。
……ローデン、頑張れよ。
声には出さず、胸の内だけで呟いた。