作品タイトル不明
セリウスの婚約者 再び
一行は、皇国へと辿り着いた。
休む間もなく、その足でセリウスの婚約者のもとへ向かう。セリウスはすでにそこに滞在し、彼らを待っていた。
「久しぶりだな。お帰り」
穏やかな声で、まずローデンにそう言う。
そして、視線がラニアへと向いた。
「……更に綺麗になったな」
その一言に、ローデンはわずかに動いた。
自然なようでいて、はっきりと――ラニアを隠すように、前へ出る。
「この年頃は、日に日に変わるんだよ」
ローデンは、ぶっきらぼうに言った。
セリウスは少しだけ目を見開く。
……速いな。
一瞬の動きだった。
「無礼だったかな?」
苦笑を浮かべる。
「まあ、疲れているかもしれないが……婚約者を見て欲しい」
そうして、室内へと案内された。
――セリウスの婚約者は、確かに歩き、言葉を交わせるまでに回復していた。
ぱっと見れば、健康そうにも見える。けれども最近、化粧が濃くなっている。セリウスは、そこに違和感を覚えていた。
リリアーナとラニアは、一目見た瞬間、わずかに目を細めた。
「肌を出します。殿方は退室して下さい」
リリアーナが、静かに言う。その声音には、迷いがなかった。セリウスとローデンは顔を見合わせ、何も言わずに部屋を出る。
室内には、婚約者とその付き人、そしてリリアーナとラニアだけが残った。
「……無理をして」
リリアーナの一言に、婚約者と付き人の体が、ぴくりと強張る。
「……わかりましたか」
婚約者が、静かに問う。
「これでも、調合師ですから」
リリアーナは、穏やかに答えた。
「まず、これを飲んで下さい」
それは、どこにでもあるような、ごく普通の薬草だった。強い効能を持つものではない。ただ、ほんの少しだけ気分を和らげる――それだけの、穏やかな作用しかない。
結果は“薬の効果だ”と説明するつもり、それが、リリアーナなりの誤魔化しだった。
「少し、マッサージをしますね。ラニアも、お願い」
そう言って、そっと婚約者の体に触れる。
ラニアもまた、言葉もなく手を伸ばした。やるべきことは、わかっている。
触れた瞬間に、確信した。
……やっぱり、再発してる。
かつて渡したラニアの葉は、すでに効力が薄れている。体の内側で、歪みが広がり始めていた。ラニアは、不要なものを消していく。
リリアーナは、必要なものを整え、増やしていく。
二人の力が、静かに重なる。
「貴女達は……」
婚約者が、何かを言いかけた。
「静かに」
リリアーナが、やわらかく言葉を重ねる。
「無理をしてはいけません。辛いと思ったら、休んで下さい」
穏やかで、しかし確かな声音。しばらくして二人は、手を離した。
「ラニア」
呼びかけに応じて、ラニアは鞄から葉を取り出す。甘甘草の葉。それには、ラニアの魔力が静かに込められていた。
「……ありがとう」
婚約者は、小さく言った。
「お礼は、セリウスとローデンに」
リリアーナが、微笑む。
「結婚すると聞きました。おめでとうございます」
その言葉に、婚約者は一瞬、言葉を失った。
「……はい」
「きっと、大丈夫です、あと、この事は……」
リリアーナは少し言い淀んだ。
「あの、私、言いませんから」
婚約者はかすかに返事をした。その声は、僅かに震えていた。
「ありがとうございます」
婚約者は深く頭を下げた。
リリアーナとラニアはそれ以上何も言わず、静かに、その場を後にした。
その頃――ローデンは、セリウスに捕まっていた。
「なんだ、告白してないのか」
開口一番、遠慮のない言葉が飛んでくる。
「……そんな関係じゃ無い」
ローデンは、視線を逸らしながら答えた。
「いや、行動からしておかしいだろ」
「……気のせいだ」
即座に返す。だが、説得力はない。
セリウスは小さく肩をすくめた。
「あんな美人だ。直ぐに誰か来るぞ」
「……わかってる」
短く返す声に、わずかな硬さが混じる。
……ラニアは、人外だ。普通の枠で測れる存在ではない。けれど、このまま何もせず終わるのは、ありなのか。胸の奥で、言葉にならないものが燻る。
「王には会わないのか?」
「会わない」
ローデンは、間を置かずに答えた。
「まあ、会ったら確実に執着しそうだしな」
セリウスの言葉に、ローデンは小さく息を吐く。
……それが、一番嫌なんだよ。
ラニアに余計なものが向くのは、避けたい。
「しかし、心配だから帰りは送って行く、か」
セリウスは、にやりと笑った。
「心配性だな」
ローデンは、淡々と返す。
……わかっている。本気で望めば、このまま皇国に留まり、他の者に帰りの護衛を任せることだって出来る。でも、もう少しだけ、ラニアとの距離が近くなったら。
そんな考えを、どうしても捨てきれなかった。
言葉にできないまま、沈黙が落ちる。その様子を見て、セリウスは肩の力を抜いたように言った。
「……まあ、良いけどね」
ローデンは、その声を遠くに聞いていた。
セリウスは、そんなローデンを静かに見ていた。