作品タイトル不明
皇国への道中②
「そうそう、路銀とか大丈夫なの?」
ラニアが、何気ない調子で言った。
「セリウスに、リリアーナ達を連れて行くからと費用を請求したからな。問題無い」
ローデンは、淡々と答える。
出発前に、既に手は打ってあった。皇国へ向けて手紙を送り、事情と目的を伝えている。
ほどなくして届いた返事は――早かった。
セリウスは、皇国の織物についても快く応じていた。
それどころか、リリアーナたちが来ることを楽しみにしている、とまで書かれていた。婚約者についても、現状は順調らしい。けれどその文面の端々に、わずかな違和感があった。
僅かに陰りを感じる。そう、セリウス自身が書いていたのだ。結婚の日程もすでに決まっている。だからこそ、念には念を入れたい。その一文が、妙に印象に残っていた。
ローデンは、視線を少しだけ遠くに向けた。
「余裕はあるぞ。何か欲しい物があったら、言えよ」
ローデンは、少しだけ胸を張るように言った。
「買ってくれるの?」
ラニアが、わずかに目を見開く。
「あまりにも高いのは、無理だけどな」
肩をすくめて付け足す。
……こんな会話でいいんだろう。
女には、物と金だ。酒場で酔っぱらい達がそんなことを言っていたのを、思い出す。
ローデンは、内心で小さく頷いた。
それでも、ローデンは、ふと考えた。
……もし自分がラニアに、髪飾りを贈ったら。あの紫の髪に似合う色のものを選んで、さりげなく渡したら。喜んで着けてくれるのだろうか。
想像が、浮かぶ。風に揺れる紫の髪に、小さな飾りが光る光景。
似合う。きっと、よく似合う。だが、その次の瞬間。
「いらない」
そう言われる光景も浮かんだ。
……駄目だ。それを想像しただけで、胸の奥がぎゅっと縮む。立ち直れないかもしれない。
贈る前から、勝手に傷つく自分に、ローデンは小さく息を吐いた。
しばらく考えていたラニアは、あっさりと言った。
「うーん。でも、今はいらない」
……終わった。
あまりにもあっけなく、会話が途切れる。しかし、
「でも、気持ちは嬉しいかも?」
ふいに、ラニアがローデンを見た。その言葉に、ローデンの思考が一瞬止まる。
「じゃあ、何か望みとか無いのか?」
少しだけ、踏み込む。ラニアは、きょとんとしたように目を瞬いた。
「……望み?」
「そうだ」
短く返す。ラニアは少し考えるように視線を落とし、それからゆっくりと口を開いた。
「そうだね……。僕とリリアーナが、もし危険な目に遭ったら」
一拍、置く。
「リリアーナを助けて欲しい、かな?」
「……嫌なこと言うな」
ローデンは、すぐに顔をしかめた。軽く流せる話ではなかった。
「もしも、だよ」
ラニアは、静かに言った。その声音は、いつもと同じようでいて、どこか違っていた。
軽さの奥に、何かが沈んでいるような。
ローデンは、何も言えなかった。
少し離れた場所でローデンとラニアが並んでいるのを見て、リリアーナはそっとエドモンドの耳元に顔を寄せた。
「やっぱり、二人はお似合いだよ」
小さな囁き。
「……そうか?」
エドモンドはわずかに眉を寄せた。視線はラニアに向けたまま、やはり納得しきれないような声音だった。そして、そのまま言葉を続ける。
「皇国行きに、不安は無いのか?」
不意に現実へ引き戻すような問いに、リリアーナは少しだけ黙り込んだ。
風が、二人の間を静かに通り過ぎる。
「好きな国では無いけれど……」
ぽつりと、言葉を選ぶように口を開く。
「セリウスとローデンは、信頼できると思う」
小さな声だった。
「……そうか」
エドモンドは、それ以上は何も言わなかった。その横顔を、リリアーナはじっと見つめる。
……だって。大切な人のために動けるのは、凄いことだと思うから。
「……どうした?」
視線に気づいたエドモンドが、わずかに首を傾げた。
「……何でもない」
リリアーナは小さく笑って、こてん、と頭をエドモンドの肩に預けた。その温もりに、そっと目を閉じる。
……やっぱり、どうしても、赤ちゃんが欲しいな。喉元まで出かかった言葉を、静かに飲み込む。
今でも、決して悪くない。
そう、自分に言い聞かせるように。