作品タイトル不明
皇国への道中①
皇国へ向かう道中――。
一行は穏やかに進んでいたが、その中でひときわ目立つ光景があった。エドモンドが、ぴたりとリリアーナの隣を離れないのだ。
歩く時は半歩後ろ。休憩になれば自然と隣に座り、少しでも周囲がざわつけば、さりげなく前に出る。
まるで、隙という隙を埋めるように。
「……エドモンド様、そんなに近くなくても大丈夫ですよ?」
リリアーナが少し困ったように言うが、
「何があるか、わからないからな」
返ってくるのは、相変わらずの言葉だった。
視線は常に周囲へ。だが、意識の半分以上はリリアーナに向いているのが、誰の目にも明らかだった。
――完全に、囲っている。
ラニアは少し離れた場所から、その様子を静かに眺めていた。何も言わずに、じっと。口を挟む気も、からかう気もない。
その視線はどこか冷静で、観察するようですらあった。
そしてローデンは、落ち着かなかった。視線が、何度もリリアーナとエドモンドの方へ向く。
……なんだ、あれは。あまりにも自然に近い。入り込む余地が、まるで見当たらない。
そして、ふと気づく。
……ロキが、いない。
いつもなら、ラニアの側にいて、時に間に入り、距離を作る存在。だが、今はいない。
……これは。
ローデンの胸の奥で、何かがざわついた。
ローデンは、何気ない顔を装ってラニアの隣に腰を下ろした。ほんのわずかな距離。
いつもなら、そこにはロキがいるはずの場所。いないという事実だけで、妙に意識がそわつく。
「そういえば、あれは持ってきてるのか?」
とりあえず、口を開いた。
……俺は、他に話すことがないのか?
言ってから、自分で思う。
「あれ、って?」
「泉で見た、玉」
「……重いから、持ってきてない」
ラニアはローデンを見ることもなく、淡々と答えた。
「……そうか」
それで、会話は終わった。沈黙がすとんと落ちる。
……何を言えばいいんだ。
視線が、自然と少し離れた前へ向く。そこでは。
「これ、前の店で買ったの。とっても、美味しい」
リリアーナが、楽しそうに焼き菓子を差し出していた。それを、エドモンドが穏やかな表情で見ている。受け取る仕草も、視線も、すべてが自然で――甘い。
……なんだ、あれは。
ローデンは、わずかに眉を寄せた。
……俺も、何か持っていたか?
思いついたように、鞄を漁る。何か、話すきっかけになるもの。何か、渡せるもの。
だが、手に触れるのは実用的な物ばかりで。
場に合うものは、何一つなかった。
……何をやっているんだ、俺は。
ローデンは、鞄の中を見つめたまま、小さく息を吐いた。
ラニアは、ローデンをちらりと見た。
「小腹空いたの?」
何気ない一言。そしてそのまま、自分の鞄を漁り始める。ごそごそと手を動かし、やがて何かを取り出した。
「城でこっそり焼いてみたんだ。けど、リリアーナに渡し損ねた」
そう言って差し出されたのは、素朴な焼き菓子だった。
「食べる?」
「……ああ」
ローデンは、短く答えた。
「ふふ。僕が作るなんて貴重だよ」
ラニアが、少しだけ楽しそうに言う。
……食べたら、無くなるけどな。
ふと、そんなことを思う。
……いや、誰かに渡す前に、全部食べてしまった方がいいのか。
そんな、どうでもいいようで、妙に引っかかる考えが頭をよぎる。
ローデンはそのまま焼き菓子を受け取った。
隣ではラニアが再び視線を前に向け、リリアーナとエドモンドの姿を、静かに見ていた。
ローデンは、焼き菓子を一口かじる。
「旨いぞ」
思ったままを口にする。
「……まあね」
ラニアはそっけない言い方で答えた。
けれどその声には、ほんの少しだけ、柔らかさが混じっていた。
……もしかしたら?
ローデンは少しだけ、拳を握り締めた。