作品タイトル不明
皇国への旅立ち
三日後――。
領地には、少しずつ日常が戻りつつあった。
壊れた家畜小屋は修繕が始まり、人々は黙々と手を動かしている。
被害の爪痕は大きいが、それでも立ち止まる者はいない。
リリアーナもまた、いつものように、甘甘草の様子を見ていた。成長は順調だと、穏やかに報告していた。
そんな中でローデンは、オルフェウスのもとを訪れた。
「魔鳥の襲来も終わった。ラニア達に、皇国にもう一度来て貰いたい」
真っ直ぐに告げる。
その言葉に、場の空気がわずかに変わった。
「しかし、リリアーナは……」
オルフェウスは何か言いかけた。
「無論、謝礼はする。何なら、特産の織物を付けてもいい」
続けて出された条件にマルグリットの眉が、ぴくりと上がる。
「……それは、皇国特産の織物かしら?」
静かな声。だが、その奥にあるものは鋭い。
ローデンは、当然のように答えた。
「そうだ。我が国の織物は随一の品質を誇っている。それ以外は考えられない」
その言葉に、マルグリットの目がわずかに細まる。
その織物がどれほどのものか、有名なのだ。この国ではほとんど流通しない。仮にあったとしても、目を疑うような高値がつく。とてもではないが、簡単に手に入る代物ではない。
「相応の量を、求めるわ」
迷いなく、そう言い切った。
「いや、まだ、許可は……」
オルフェウスが口を挟みかける。だが、その言葉は途中で止まった。マルグリットの気配が変わったのだ。
「織物を、手に入れるのです」
決定事項。そう言わんばかりの無言の圧力が、その場を支配した。一瞬の静寂後。
「……まあ、いいだろう」
オルフェウスが、諦めたように言った。
その瞬間、張り詰めていた空気が、ふっと緩む。まるで何事もなかったかのように、マルグリットの圧が消えていた。
「感謝します」
ローデンは、丁寧に一礼した。その表情は変わらない。だが、内心では。
……怖ぇ。
そう思ったことを、口に出すつもりはなかった。
「良いですか、貰える物は必ず貰って来るのです」
マルグリットは、にこやかな笑みを浮かべながらそう言った。柔らかな声音だが、その言葉には一切の揺るぎがなかった。
その前に立つリリアーナたちは、揃って小さく頷くしかない。リリアーナの横には、当然のようにエドモンドの姿もあった。
「ちょっと、面倒なんだけど」
少し離れた場所にいたラニアが、ぼそりと本音を漏らす。しかし、その言葉に被せるように、ローデンが口を開いた。
「ラニアも、来て欲しい」
強い声だった。迷いも遠慮もない。
ラニアはちらりとローデンを見る。その直後。
「行って、くれるわよね?」
マルグリットがにっこりと微笑んだ。とても良い笑顔で。
「……行って来ます」
ラニアは、ほんの少しだけ声を小さくして答えた。
その後、マルグリットの姿が見えなくなってから。ラニアは、ロキの耳元に顔を寄せて、小さくぼやいた。
「……リリアーナが行くなら、当然ついて行くのに」
ロキは何も言わない。
ただ、静かに耳を動かしただけだった
出発の日。
リリアーナは、ふと違和感に気づいた。
「……ロキは、一緒に行かないの?」
辺りを見回すが、いつもラニアの側にいるはずの姿が見えない。ラニアは、あっさりと答えた。
「ロキは、この地を離れたくないんだって」
まるで、当たり前のことのように。
「……だからと言って、城からいなくなるなんて」
オルフェウスが、わずかに沈んだ声で言う。
「……まあ、たまには自由が欲しいんじゃない?」
ラニアは、いつもと変わらない調子だった。
深刻に考える様子はない。それが、余計に周囲との温度差を際立たせる。
「それよりも、出発しよう」
エドモンドが、力強く言った。空気を切り替えるように。
「早く行って、早く帰る。次の魔鳥対策を練らないといけないからな」
その言葉に、リリアーナが小さく頷く。
……どうにか、なるものなのか?
ローデンは、内心でそう思った。
あの異様な魔鳥、あの連携、簡単に対策できるとはとても思えない。
……おそらく、もう関わることはないが。
自分は、この地の人間ではないのだから。
「では、急ぐか」
短く言ってローデンは歩き出す。それに続き、一行も動き出した。
こうして、彼らは城を後にした。