作品タイトル不明
魔鳥襲来 六日目
前回と比べれば、戦況は明らかに優勢だった。
五日目が過ぎても、負傷者がいない。魔鳥は確実に数を減らし、こちらの連携も乱れてはいなかった。
しかし、疲労は、確実に積み重なっていた。
誰もが、口には出さない。それでも、わずかな動きの鈍さや、呼吸の乱れがそれを物語っている。
それでもなお。矢は、まだ残っている。
――あと二日。それを乗り切れば終わる、そう思えるだけの状況だった。
ローデンは、物陰からそれを見ていた。
相変わらず、自分は手を出せない。ただ、見ていることしか出来ないのが、歯痒かった。
異変が訪れたのは、六日目の午後だった。
ラニアの様子が変わった。周囲の誰もが、空を旋回する魔鳥に意識を向けている中で、ふっと目を細める。ラニアだけが別の一点を、見ていた。遠い、空のある方向へ。
……どうしたんだ?
ローデンは、思わずそう思った。
次の瞬間。
「……来る」
ラニアの声が、いつもより大きく聞こえた。
「え?」
リリアーナは、ラニアの見ている空を見た。
それは、魔鳥のはずだった。
だが、今までのそれとは明らかに違っていた。胸にあるはずの白い弱点がない。全身が、隙間なく鱗に覆われている。
色も濃い。鈍く重い色を帯びていた。
他の魔鳥と大きさは変わらない。けれど速さが、これまでとは比べものにならない。
「……っ」
誰かが息を呑む。
「変異だ」
ラニアが、小さく呟いた。その声は、やけに冷静だった。遠くで、声が上がる。
「矢が、効かない!」
「他のと群れて、来るぞ!」
焦りが、伝播していく。
オルフェウスの表情が、明確に変わった。
これまでとは違う――そう判断したのだ。
変異した魔鳥は、ただ突っ込んでくるわけではなかった。
守りの薄い場所。そこへ、他の魔鳥と連携して襲いかかる。二体、若しくは三体が牽制していた。まるで、人のように。
だが、オルフェウス、エドモンド、リリアーナのいる場所には、近づかない。
明確に、避けていた。
「……知能も、あるね」
ラニアが、静かに言った。その言葉が場の空気をさらに冷やす。リリアーナは、弓を構えたままだった。視線は空を追う。
けれど、リリアーナの射程に入らない。
じりじりと。距離を保ったまま、状況だけが悪くなっていく。
焦燥が胸の奥で膨らむ。それが、何よりも重かった。
六日目の戦いは――惨憺たる結果に終わった。
襲われたのは、領地の中でも最も手薄な場所、守りは最小限の家畜小屋だった。
しかし、これまでならそれで十分だったはずの場所。そこを狙われた。
無残に崩された屋根。そして、守っていた兵士が二人、消えていた。
血の跡と、争った形跡だけが残されている。
その近くには――魔鳥避けを使った跡もあった。
最後まで、抵抗はしていたのだろう。それでも、足りなかった。
誰も、口を開かなかった。沈黙が、重くのしかかる。これまで保たれていた均衡が、崩れたことを、誰もが理解していた。
やがて、エドモンドが口を開く。
「明日の、配置は……」
だが、その先の言葉は続かなかった。
予定では、あと一日。それを乗り切れば、終わるはずだった。
けれどこのまま、これまで通りに薄く広く守るのは、逆に、隙を晒すことになるかもしれない。
「……しばらく、考えさせてくれ」
オルフェウスが、苦々しく言った。
その声には、明確な焦りと、迷いが滲んでいた。
リリアーナは、わからなくなっていた。
魔鳥避けが効かなかったのか。それとも、外されたのか。
どうして――。思考が、うまくまとまらない。ただ、現場で見た光景だけが、何度も脳裏に焼き付いて離れなかった。
守りたかった命が、失われた。その事実だけが、どうしても、目の前から消えてくれない。
リリアーナの手が、無意識にぎゅっと握られる。白い指先が、わずかに震えていた。
……十分だと、思っていたのに。
魔鳥避けも作った。準備もした。弓の練習だって、してきた。
それでも――足りなかった。
胸の奥に、鈍い痛みが広がる。悔しさなのか、無力感なのか、自分でもわからなかった。
ただ、何かが決定的に足りなかったことだけは、はっきりとしていた。
その様子を、ラニアは少し離れた場所から、静かに見ていた。声をかけるでもなく、ただ、じっと。
その金色の瞳には、いつもの軽さはなかった。