作品タイトル不明
魔鳥襲来とローデン
ローデンは、物陰に身を潜めていた。
視界の先には、空。そこを覆うように、黒い影が旋回している、魔鳥。
実際に目にするのは、これが初めてだった。
皇国には存在しない。話には聞いていたが、
それでも、実物が放つ圧は、想像とは比べものにならない。
空気が、重い。羽音が、耳の奥にまとわりつく。
そして何より、オルフェウスやエドモンドの、あの表情。張り詰めた気配。周囲の兵たちの、息を潜めたような緊張。
それだけで、理解できた。簡単な相手ではない。
ローデンは、静かに息を吐いた。
ふと、手元に視線を落とす。そこにあるのは、小さな魔獣避けの袋。今回のために用意されたものだった。
主に作ったのはリリアーナだが、ラニアもそれを手伝っていた。同じものが、兵士一人ひとりにも配られている。
……子供騙しのようだ。
最初に見た時、正直そう思った。こんな小さなものが、何の役に立つのかと。しかし、誰もがそれを大切そうに、身につけていた。
軽んじる者は、一人もいない。
それを見て、ローデンも黙ってそれを身につけた。布越しに感じる、小さな重み。
使い方は、聞いている。もし魔鳥と対面したら、迷わず投げつけて逃げるのだと。
……剣があれば、十分だ。隙を作り、斬りつける。もし、その時が来たのなら。ローデンは密かに思った。
ローデンは、物陰に身を潜めたまま、ずっと見ていた。オルフェウス達の動きを。空を舞う魔鳥の群れを。そして、その戦いのすべてを。
……なんだ、あれは。
初めて魔鳥を目にした瞬間、思わずそう思った。冗談のような姿。鳥でありながら、異質。鱗混じりは、作り話ではなかった。
胸元にある白い部分。あれが弱点だと聞いていた。しかし、あまりにも小さい。それなのに魔鳥の動きが速い。空を裂くように飛び、軌道は読みにくく、不規則だ。
普通の矢では、身体に当たったところで弾かれる。
それでも、オルフェウス達は、確実に撃ち落としていた。異常なほどの精度で。無駄のない動きで。
ローデンの目には、それがはっきりと映っていた。
そしてあの、少し変わった矢。
放たれた瞬間の軌跡、当たった時の反応が違う。おそらく、秘匿された技術。
簡単なものではないのだろう。
リリアーナに視線を移した。彼女は、その特別な矢を手にしていなかった。
それでも、放たれた矢は確実に魔鳥を落としていた。的確な一撃。
……強い。
ラニアに視線を移した。彼女は空を追わない。近くに降りてきた魔鳥、その瞬間だけを、狙っていた。
一歩も引かず、近づいた敵だけを確実に仕留める。その立ち回りは、明らかに役割として成立していた。
……ラニアが、頼られている。
その事実が、はっきりと伝わってくる。
ローデンは、自分の知らない強さを、目に焼き付けていた。同時に、頭の中では別の光景を描いていた。
もし――魔鳥が、この場に降りてきたら。どの間合いで踏み込むか。どこを狙うか。あの速さに対して、自分の剣は間に合うのか。
視線は、ただ眺めているのではない。魔鳥の軌道を追い、その癖を探る。一瞬の隙を見逃さぬよう、意識を研ぎ澄ませていた。
その時が来れば、迷わず動けるように。
狙いを、外さぬように。たとえ――出番がなかったとしても。
ローデンは、剣を手にして、身構えていた。
その緊張を、誰も知ることはなかった。