作品タイトル不明
魔鳥襲来 始まり
魔鳥の襲来が、始まった。
その前触れのように、ラニアとロキは並んで空を見上げていた。そこにはまだ、何の変化もない。ただ静寂だけが広がっている。
ふいにロキが視線を外し、ラニアを見上げた。それに気づいたラニアも、静かにロキへと目を向ける。
一瞬、言葉のないやり取りが交わされた。
やがてロキは、わずかに頭を下げると、何かを決意したように身を翻した。
音を立てぬよう物陰へと滑り込み、そのまま低く伏せる。そして息を潜め、周囲の気配を探るように、じっと動かずにいた。
まるで――これから起こる出来事を、すでに知っているかのように。
空気が変わる。遠くから聞こえてくる羽音。
それだけで、人々の顔に緊張が走った。例年のように、弓と矢が用意されていた。
よく整備された弓と束ねられた矢。その中には――魔石のついた、特別な矢も当然のように用意されている。
誰もが、自分の役割を理解している。
エドモンドは射手として持ち場に立ち、オルフェウスは、全体を見渡せる位置に構えた。
指示を飛ばし、状況を見極めるその姿には、一切の迷いがない。
そして、リリアーナも、そこにいた。
戦うと決めた日から、弓の練習を改めて積み重ねてきた。その手には、しっかりと自分の弓が握られている。
不安がないわけではない。それでも、視線は前を向いていた。
その少し離れた所には、ラニアがいた。
いつもと変わらないようでいて、しかし注意深く周囲を見ている。
「大丈夫?」
軽く、そう声をかける。リリアーナは小さく頷いた。ラニアはそれ以上何も言わない。
ただ、そこにいるだけだった。自分の弓矢を持って。
鋭く、空気を裂くような音。
魔鳥の群れが、こちらへと迫っていた。リリアーナは、ゆっくりと息を吸い、一本の矢を手に取った。それは、魔石のついていない普通の矢だった。
かつては、魔石のついた矢でなければ、魔力を乗せることは出来なかった。
けれど、今は違う。何度も練習し、繰り返し確かめた。
――出来る、という確かな手応えが、今のリリアーナにはあった。
弓を構え、指先に意識を集中させ、魔力を流す。
矢に、静かに、確実に。
リリアーナの中にある魔力は、誰よりも多い。それは確かな力だ。けれど、リリアーナの胸の奥で、鼓動が速くなる。
緊張、不安、そして恐れ。
それでもリリアーナは、弓を握る手を緩めなかった。
「……大丈夫」
小さく、自分に言い聞かせる。
力になりたい、皆を守りたい、ただそれだけだった。その想いが、恐怖を押し留める。弦を引き狙いを定め、リリアーナは矢を放った。
前回の襲来の時――エドモンドは、この地にいなかった。
戦地に赴いていたため、魔鳥が現れたその場に立つことはなかったのだ。
だから、リリアーナがどれほど頑張ったか。ラニアが、その小さな身体に似合わぬほど奮闘したか。すべて、後になって聞いたに過ぎなかった。
今回は、エドモンドはここにいる。
その姿を見た瞬間、人々の間に静かな安堵が広がっていた。リリアーナの姿も、ラニアの姿も。もう、誰も戸惑わなかった。
彼女たちがどれほどの力を持っているのか、知っているからだ。
不安よりも、信頼が勝っていた。
そして、ラニアの側にいる存在だけが、少しだけ目を引いた。
見慣れない犬。……狼にも見えるが、犬だろう。だが、ラニアがその頭を軽く撫で、何気なく話しかけている様子を見て、不思議と違和感は薄れていく。
むしろ、その光景はどこか穏やかで、悪くないものに思えた。