作品タイトル不明
ラニアと泉
いつものように、ローデンはラニアと剣の稽古をしていた。一番、余裕な時間があるのか、ラニアだったからだ。
「今日は、終わり」
不意に、ラニアがそう言った。
張り詰めていた空気が、そこで途切れる。
そしてラニアは、少し首を傾げてローデンを見た。
「ローデン、腕が鈍った?」
軽い調子の問い。だがローデンの中で、何かが引っかかった。
……そんなはず、ない。鈍ったのではない。おかしいのは――ラニアの方だ。
ローデンは、そう思った。
ラニアはもう興味を失ったように、ロキに視線を向ける。
「ロキ、行こうか?」
「何処に行くんだ?」
ローデンはすぐに聞いた。
「泉だよ?」
あっさりとした返答。
「ロキと、だけか?」
「そうだけど?」
何でもないことのように言う。ローデンの眉が寄った。
「待て。俺も行く」
即座に口にする。ラニアは一瞬だけローデンを見て、わずかに首を傾げた。
「……大丈夫だと思うけど?」
「駄目だ。着いていく」
言い切る声に、迷いはなかった。
その強さを受けて、ラニアは小さく息を吐く。
「……わかった」
静かな了承だった。
こうして、ラニアとロキ、そしてローデンの三人は、森にある泉へと向かった。
道中、ローデンの視線は何度もラニアの背に向けられていた。その肩にかかる鞄。以前よりも、一回り大きい。そして、弓矢。
……何が入っている?弓矢も持って行くのか?
気にはなる。だが問いかけることはしなかった。
やがて辿り着いた泉で、一つの疑問は自然と消えた。ラニアが鞄を下ろし、中身を取り出したからだ。玉が、三つ。見覚えのあるそれが、並べられる。
「しばらく、待っててね」
そう言って、ラニアは泉の縁へと歩いていった。ローデンはその場に立ったまま、泉を見た。
……相変わらず、嫌な場所だ。
空気が重い。息が詰まるような感覚。魔力溜まり、その存在自体が、他者を拒絶している。
ローデンは無意識に、一歩、また一歩と後ろへ下がった。近づくことを、本能が拒んでいる。
……この場所で、人が潜むことなど出来るはずがない。出来るとすれば、人外くらいだ。
そう思って、ローデンはラニアを見た。
ラニアは、泉の前で膝をつき、玉を抱いている。
まるで、祈るように。静かに。穏やかに。
……人外なのに、どうしてなんだ。
その姿はあまりにも“普通”で、あまりにも“人らしく”見えた。
ローデンの胸が、ざわりと揺れる。言葉に出来ない違和感が、静かに広がっていった。
ローデンは、ロキの鳴き声で我に返った。
はっとして視線を上げると、目の前にはラニアが立っていた。
「……立ちながら、寝てたの?」
小首を傾げるラニア。
ローデンはわずかに眉をひそめた。
「……違う。瞑想していたんだ」
短く言い返す。
……まさか、見惚れていた、のか?俺が?
「ふうん」
ラニアは興味なさそうに頷いた。それ以上追及する気はないらしい。
「お待たせ」
そのまま軽く言って、歩き出した。
泉からは、すでにかなり離れていた。ラニアもロキも楽しそうに歩いていた。
ローデンは少し迷ってから、口を開いた。
「何で、三つなんだ?」
ラニアは振り返らない。ただ、前を向いたまま答えた。
「大きくなったから」
それだけだった。
……やっぱり、わかんねぇ。
ローデンは内心でそう呟いた。
しばらく無言で歩いた後、ローデンはふとラニアの背の鞄を見た。
「荷物、持つよ」
自然に口から出た言葉だった。
……気づくのが、遅過ぎたか?言ってから、ローデンは気がついた。
ラニアは少しだけ振り返り、
「ん。ありがと」
あっさりとそう言って、鞄を差し出した。受け取ると、見た目以上に重い。
「そろそろ、かな?」
ラニアはそのまましゃがみ込み、ロキに顔を近づける。
「ロキ、よろしく」
優しく声をかけた。ロキは短く鳴く。
ラニアは立ち上がり、今度は自分の弓と矢を手に取った。ローデンはその様子を見て、問いかける。
「……どうするんだ?」
ラニアは、わずかに口角を上げた。
「夕御飯だよ」
その直後、茂みの奥から、ロキの鳴き声が聞こえた。ラニアの動きが一瞬で変わる。弓を構え、呼吸が、止まる。
次の瞬間、茂みから兎が飛び出した。逃げる。だが、ラニアの矢は、速かった。
放たれた矢が、一直線に兎を貫く。一切の迷いも、ぶれもない。
「何かは、貢献しないとね」
ラニアは、何でもないことのように言った。
ローデンは、言葉を失った。
……能力が上がった?いや、それだけじゃない。思考も、判断も。すべてが洗練されている。
「ロキ、もう一匹いける?」
ラニアが言う。ロキは迷いなく森の奥へと消えていった。
それは、あまりにも自然な光景だった。
ローデンは、ただラニアの横顔を見つめていた。
何も、言えなかった。