作品タイトル不明
ローデンの誇り
ローデンは、弓の訓練をやめた。
迷いはなかった。きっぱりと、切り捨てるように。
その代わりに選んだのは、剣だった。エドモンドに、リリアーナに、そしてラニアに。他の兵士に。相手を頼み、ひたすら剣を振るう日々が始まった。
……絶対に、ラニアには負けられない。
その思いだけが、胸の奥で静かに燃えていた。
ある時、相手をしたのは、リリアーナだった。
……楽な相手だ。剣を専門にしているわけではない。細い腕。華奢な体。
「……っ」
刃を交えた瞬間、その認識は覆された。
ラニアと同じ位に、重い。鋭い。リリアーナの剣は、想像以上に研ぎ澄まされていた。
何合か打ち合った後、ようやく隙を突いて勝つ。
ローデンの眉がわずかに歪む。
……リリアーナにすら、辛勝なのか?
その事実は、想像以上に重くのしかかった。
「もう少し、かな?」
リリアーナは、柔らかく微笑みながら言う。
その声音には、悔しさも焦りもない。ただ、当然のように。
リリアーナは、当たり前のように剣に魔力を乗せていた。それが、威力を底上げしていた。
ローデンの国では、そんな技は存在しない。
否。そもそも、魔力というもの自体が否定されている。
筋肉こそが全て。力こそが正義。それが、ローデンの生きてきた世界だった。
だからこそ。この差は、大きい。
ローデンは、静かに剣を握り直した。掌に力を込める。
……それでも。剣だけは、誰にも負けん。
それは、彼が積み上げてきたもの。否定されることのなかった、唯一の誇り。
だからこそ、折れるわけには、いかなかった。
数日後、真面目に剣を振るうローデンの姿を、少し離れたところから眺めながら、ラニアがぽつりと口を開いた。
「お水くらい、差し入れしようかな?」
その言葉に、隣にいたリリアーナがすぐに応じる。
「それなら、これが良いよ。丁度冷めてるし」
そう言って差し出したのは、なみなみと注がれたコップだった。
「ラニアもいる?」
「僕は、水筒持ってるから」
ラニアは軽く振って見せる。ちゃぽん、と中の水が音を立てた。最近は、それを持ち歩くのが気に入っているらしい。
ラニアはロキと一緒に、ローデンの元へ向かった。ロキは、ラニアから少しだけ離れていた。
「ローデン、飲み物」
軽い声。
「悪いな」
ローデンは深く考えもせず、差し出されたコップを受け取り、そのまま口をつけた。喉が、ひどく渇いていた。
――一口。そして、気づく。
……これは。
ローデンの動きが、一瞬止まった。
……無理だ。
人の飲み物じゃない。頭の中で、冷静な判断が下る。
だが。ラニアが、じっとこちらを見ていた。その視線が、やけに気になる。ローデンは、心を殺した。
そのまま、無言でコップの中身を飲み干す。
それは、甘甘草のお茶だった。
飲み終えたローデンは、ほんのわずかに顔を歪めて言った。
「……水」
ラニアはぱちぱちと目を瞬かせ、すぐに持っていた水筒を差し出した。
ローデンは迷わなかった。一気に口をつける。冷たい水が喉を通る。
……生き返る。
「あー、僕の水筒」
ラニアの声で、ローデンははっと我に返った。
手元を見る。空になったコップ。そして、空になった水筒。
「まだ、飲みかけだったのに」
ラニアはそう言って、水筒を逆さにした。
ぽとり、と最後の一滴が落ちる。
「……すまない」
ローデンは、かろうじて言葉を絞り出した。
……飲みかけ、だと?
「まあ、良いか」
ラニアはあっさりと言った。
「とても、喉が乾いてたんだね」
にこり、と、笑顔だった。
「……そう、だな」
ローデンは、何も考えないまま答えた。
ふと、ラニアの薄紅色の唇が視界に入った。
さっき、そこに……。
ローデンは、ラニアが持っている水筒を見た。
ラニアは楽しそうにロキを呼び、コップを持ってその場を去っていく。
その背中を見送ったあと。ローデンはその場に座り込んだ。
片手で顔を覆う。
しばらく――そのまま動けなかった。