作品タイトル不明
ローデン、弓矢を覚えようとする
ローデンは、魔鳥襲来に備え、弓を習いたいとエドモンドに申し出た。
「簡単ではないぞ」
エドモンドは静かに言った。
弓は剣とは違う。力任せではどうにもならず、狙い、呼吸、――どれもが繊細さを求められる。
それでも、ローデンは引かなかった。
「しかし、何もしないのは性に合わない」
その言葉には、はっきりとした意志があった。
エドモンドはしばらくローデンを見つめ、それから小さく息を吐いた。
やがて、近くにいた兵士の一人を呼び寄せる。
若いが、確かな腕を持つ兵士。魔力を矢に乗せることができる、数少ない者の一人。
「ローデンに、弓を教えてやってくれ」
エドモンドが言う。
「はい」
兵士は短く応じた。
こうして、ローデンの、新たな訓練が始まった。
ローデンは、弓の扱いにおいて、意外にも筋の良さを見せていた。
構えも安定し、矢筋も悪くない。だが、この領地の兵士たちは別格だった。
日々魔鳥と対峙するために鍛えられた彼らの弓は、他の領地とは比べものにならないほど練度が高い。
ローデンの腕では、到底そこには届かない。
弓は、やはり簡単なものではなかった。
それでもローデンは、黙々と練習を続けていた。
汗を流し、何度も矢をつがえ、放つ。その真剣な姿は、誰の目にも明らかだった。
そんなある日。
ラニアが、ロキと共にその様子を見に来ていた。しばらく黙って見ていたが、やがてローデンが休憩に入ろうとした時、ラニアが口を開いた。
「ローデン、弓は止めた方がいいよ」
その言葉に、ローデンの表情が一瞬で険しくなる。
「だってさ……」
ラニアは言いかけて、ちらりと指導役の若い兵士を見た。兵士は何か言いたげに口を開きかけて、しかし言葉を飲み込んだ。
その空気を受けて、ラニアは軽く肩をすくめる。
「弓、貸して」
ローデンは無言で弓を差し出した。ラニアはそれを受け取り、少し重さを確かめるように持ち上げる。
「少し大きいけど……まあ、出来るかな?」
そう呟きながら、矢を一本手に取った。
構えは、迷いがなかった。
「こうだよ」
次の瞬間。放たれた矢は、風を裂いた。
速い。鋭い。そして、正確だった。
それは、ローデンに弓を教えていた兵士と同等。いや、それ以上とも思える一射。
少女の見た目でありながら。
ローデンは、言葉を失った。若い兵士もまた、わずかに目を見開いていた。
ラニアは弓を軽く下ろし、何でもないように言う。
「僕でも、これだよ」
そして、ローデンをまっすぐ見た。
「リリアーナは、僕より上手いよ。ローデンは、全部、足りない」
その言葉は、淡々としていた。
「俺の弓は、魔鳥には届かないのか?」
ローデンは低く呟いた。
……エドモンドから、耳が痛くなるほど聞かされていた。魔鳥は、ただの鳥ではない、と。それでも。どこかで、自分なら届くのではないかと、そう思っていた。
ローデンは、指導役の若い兵士を見た。だが、兵士は答えない。わずかに視線を逸らしただけだった。
「そうだよ」
代わりに答えたのは、ラニアだった。迷いのない声。
「矢が、無駄になるだけ」
ローデンの拳が、ぎり、と音を立てて握られる。
「ローデンの矢は、鳥には届かない」
ラニアは淡々と続けた。そこに遠慮はない。
「剣の練習をしたら?」
軽く言い放つ。ローデンの目が鋭く細まった。
「……じゃあ、相手をしろ」
低く、押し殺した声だった。ラニアは一瞬だけローデンを見て
「いいよ」
平坦に答えた。それで話は終わりだった。
若い兵士は、どこかほっとしたようにその場を離れた。
そして。場所を変えた。ローデンは剣を抜いた。ラニアもまた、迷いなく剣を構える。
刃がぶつかる。鋭い音が響いた。
その一撃で、ローデンは違和感を覚えた。
……重い。
次の瞬間、さらに強い斬撃が来る。受ける。
流す。だが。
……違う。
ローデンの中で、確信が生まれる。ラニアが、強くなっている。以前なら、この段階で、剣を弾き飛ばしていたはずだった。
だが今は違う。しっかりと握り、踏み込み、迷いなく攻めてくる。
「まだ、だよ」
ラニアが、口角をわずかに上げる。
その瞬間、剣に、魔力が乗った。
空気が変わる。
「くっ……!」
ローデンは必死に受けた。
重い。ただの力ではない。
受け流しながらも、腕に衝撃が走る。余裕は、もうなかった。ローデンは歯を食いしばり、必死に剣を繋ぐ。
ラニアに押されていた。明確に。
ローデン渾身の一撃で、ラニアの剣が手から離れた。
「あーあ。まだ、かぁ」
ラニアは残念そうに言った。
……俺の力は、こんなものだったか?
ローデンは、言葉を失っていた。