作品タイトル不明
秘密にしてくれる?
「もしかして、ユリウスの婚約者についてかな?」
ラニアは少し考えるように言った。
「僕だけだと、厳しいんだよな……」
そう呟いて、ちらりとリリアーナを見る。
リリアーナは、その視線を受けてきょとんとした。
どうやら話を聞いていなかったらしい。
エドモンドの手が、いつの間にか自然にリリアーナの肩に置かれていた。
二人は並んで立っている。
「いや、その……」
ローデンは思わず口ごもった。自分でも、うまく説明できない。だがラニアは、そんな様子をまるで気にしなかった。
あっさりとリリアーナに声をかける。
「ねぇ、ローデンがまた、皇国に来て欲しいって」
「……え?」
リリアーナが目を丸くする。
その瞬間。
隣にいたエドモンドの表情が、はっきりと険しくなった。
「どういうことだ?」
エドモンドが低い声で言った。
ラニアは特に気にした様子もなく、あっさりと答える。
「ユリウスの婚約者が心配みたい。今日の口止め料だって」
さらりとした口調だった。
だが、ローデンは内心で眉をひそめた。
……誰も、ユリウスの婚約者を見ろとは言っていない。
そう思う。けれど、ラニアだけを連れて行く理由を説明することも出来なかった。
口を開けば、余計におかしくなる気がした。
「すぐには、決めれないな」
エドモンドが慎重に言った。
「……そうだろうな」
ローデンは、かろうじてそう返した。
しかし、さっき口にしてしまった言葉を撤回することも出来ない。
妙な沈黙が流れる。
「急ぐことは、ない」
ローデンは言った。
「まあ、あの葉を渡してあるしねぇ」
ラニアは軽く言って、ローデンを見た。
金色の瞳が、じっとこちらを見ている。
「それで、本当に秘密にしてくれるの?」
「ああ」
ローデンは短く答えた。ラニアは少しだけ目を細めた。
「向こうに行ったら、帰れなくなる、なんて無いよね?」
「そんなことは、しない」
ローデンは即座に言った。
迷いはなかった。
「騎士道に誓う」
その言葉に、ラニアは小さく頷いた。
「ふうん」
両手を後ろに組む。少し考えるような仕草。
「まあ、リリアーナの許可が必要かなぁ」
ラニアは軽く言った。ローデンは、胸の奥で小さく息をつく。
……確かに。リリアーナの治癒能力は凄い。
でも、俺が来てほしいのは、ラニアだけなんだ。
その言葉を、ローデンは口に出すことが出来なかった。
「ラニア、その……怪我は大丈夫なのか?」
ローデンは思いきって口を開いた。
今さらの言葉だった。ラニアはくるりとその場で回りながら、あっさり答える。
「うん。リリアーナが治してくれたからね」
軽い調子だった。
そして、ふとローデンを見て首を傾げる。
「……もしかして、怪我でもしたの?」
「いや、俺はしてない」
ローデンは慌てて答えた。
「そっか。良かった」
ラニアは本当に安心したように言った。
……ラニアが、俺の心配をしてくれたのか?
今。本当に?ローデンの胸の奥が、大きく揺れた。
その間に、ラニアはもう別のことをしていた。しゃがみ込み、ロキの頭を撫でている。
「治して貰ったんだ。良かったね」
優しく微笑みながら、ロキを見つめるラニア。ロキは気持ちよさそうに目を細めていた。
ローデンはその光景を見て、少しだけ複雑な気持ちになった。
……俺は、ロキと同等なのか?
これは、喜ぶべきなのか?どうなんだ?
答えは出ない。
ただ一つ、はっきりしていることがあった。
ラニアの微笑みが、やけに眩しかった。
「ねぇ、熊はあのままでいいの?」
リリアーナが、少し不安そうにラニアへ聞いた。ラニアはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと呟いた。
「……あの熊は、もう寿命だよ」
「え?」
リリアーナが目を見開く。
ラニアは続けた。
「強制的に使役されてね。ボロボロだよ」
その言葉に、リリアーナは言葉を失った。
「……そんな」
胸が締めつけられるようだった。
ラニアは遠くの森を見つめた。
「残り少ない時間だ」
静かな声だった。
それから、ふと視線を落とし――ロキを見る。
「……でも、選べる」
そう言って、ラニアはロキを抱き上げた。
ロキは嫌がる様子もなく、尻尾を振った。
ラニアの腕の中で、静かに体を預ける。
森はすでに静かだった。
この先――男達の姿を二度と見ることはなかった。彼らの部族も、いつしか名前を語られることはなくなった。
それが、他の部族に襲われたのか。熊に襲われたのか。あるいは、病が広がったのか。
真実は、誰も知らない。
ただ――彼らの姿は、いつの間にかこの世界から消えていた。